39.昔に流行ったものにミーハーもなにもないのよ。

 渡会わたらいは基本、学校では水しか飲まない。別にこれは彼女が禁欲的に生活しているわけでもなければ、水が極端に好きなわけでもなく、単純に「気分」なのだそうだ。


 その彼女が今、見慣れないものを持っている。


 プラスチックの容器に太めのストロー。色の付いた液体に加えて、そこの方には何やら黒いものが沈殿している……と、字面にするとなんともおどろおどろしいものを飲んでいるようにも見えてしまうが、なんのことはない。タピオカドリンクだった。


 少し前に大流行し、各地に専門店がばかすか出来たあのタピオカである。しかも渡会が、である。


 違和感しかなかった。


「あの…………それって、タピオカですよね?」


 渡会はずずっと吸引する音をさせたのち、


「そうよ?もしかして四月一日わたぬきくん、タピオカも知らないの?いやぁね、これだから時代についていけないロートルは嫌なのよね」


「ロートルって……あの、一応俺、渡会さんより」


「そんなの関係ないわよ。こういうのは気持ちよ、気持ち。心がロートルなのよ」


 遮られた。まあ、女性相手に年齢の話をするのもあまりよろしくなかったかもしれない。


 四月一日は話題を戻し、


「まあいいですけど……それで?なんでまたタピオカなんですか?なんか渡会さんってそういうの好きじゃなさそうですけど」


 渡会は「心外だ」という表情をして、


「そんなことないわよ。私だって甘いものは好きよ?」


「いや、そうじゃなくて。流行りものって話ですよ」


 渡会は漸く合点がいったといった感じで「ああ」と呟き、


「別に流行りものだから飲んでるわけじゃないわよ?と、いうか、流行りものの話をするなら、これが最初に流行ったのは貴方が生まれてくる前の話よ?そんなものに流行りものもクソもないでしょ?これで三回目よ?ブームも三回目まできたら、それは立派な文化の定着よ、定着」


 四月一日はなおも納得がいかず、


「うーん…………そうだったとしても、渡会さんだとわざと敬遠しそうな気がするんですけどね」


 渡会は眉間にしわを寄せ、


「貴方…………私のことなんだと思ってるのよ……」


 と、言われても困る。


 だって、いつもなら真っ先に否定しにかかりそうじゃないか。


「流行りものなんてくだらないわよね」とか言って。なんなら流行ってる作品には名作なんてないって言ってた気がするのだが、気のせいなのだろうか。


 渡会は再びずずっと音を立たせたうえで、


「そんなに言うならこれ、あげるわよ。はい」


 手元のタピオカドリンクを四月一日に手渡してきた。


 四月一日は「差し出されたから思わず受け取った」といった塩梅で手に取り、


「え?要らないんですか?これ」


「そうね。それ、コンビニで買ったやつなんだけど、やっぱ駄目ね。コンビニが猿真似で出してるやつは。月と鼈だわ。なんでも真似ればいいと思ってるから質悪いわよねぇ。大手のコンビニにありがちだわ」


「そのコメントを聞いて俺が飲むと思います?」


 渡会はさらりと、


「別にいいじゃない。専門店とは違うってだけで、初見で飲む分には問題ないと思うわよ?ただ、専門店と比べると落ちはするけどね。ほら、それを飲んでおけば、専門店にいったときに感動があるかもしれないわよ?」


 と言ってくる。どうやら飲まないと駄目なようだ。多分渡会は飽きたのだろう。


 まあいい。特にタピオカドリンクにフェティシズムはない。コンビニのものでも、いや、コンビニのものだからこそ飲めないものは出していないはずだ。専門店との差はあるのかもしれないけれど。


 そう思い、四月一日はストローに口をつけ、一口飲み、


「うん、甘い」


「なんか、普通の感想ねぇ…………」


「仕方ないでしょう……別にグルメリポーターかなんかじゃないんですから」


 と文句を言いつつもう一度ストローに口をつけて吸い込む。独特の食感をしたタピオカと、甘めのドリンクの相性はまあまあと言った感じ。別にこれらが一緒である必然性は、


「それ、間接キスよね」


「ぶっ!…ゲホゲホッ!…………突然何を言うんですか」


 ちょうど固形物を飲み込もうとしたタイミングだったので、思いっきりせき込んでしまう。渡会は軽く手を叩いて笑い、


「やだ、間接キスってワードだけでむせるなんて……ふふっ、これだから童貞は駄目ねぇ……ふふふっ……あー、面白い。タイミングを見計らった甲斐があったわね」


 見計らってたのか。


 なお質悪いわ。


 渡会は付け加えるように、


「なんなら直接キスしておけば、間接キスくらいで動揺しなくなるかもしれないわよ?」


 そんなことを言い出した。一体どこまで本気なのだろう。

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