40.耳舐めボイスっていうのもあるのよ?

 この日。


 渡会わたらいにしては珍しく、漫画雑誌を読みながら、


「守れない約束をするやつってクソよねえ」


 脈絡がなかった。


 脈絡が無さすぎてなんのことかさっぱりだった。


 ただ、なんとなく予想することは出来る。


「もしかして、この間休載してた作品がまた休載でもしましたか?」


 渡会はそんな言葉に驚くようにして、視線を四月一日わたぬきに向けた上で、


「え、なんで?もしかして、私の読んでる漫画をこっそりチェックして自分でも読んでるのかしら?嫌ね、気持ち悪い。声優の使ったシャンプーを調べて買ってくるオタクみたいよ四月一日くん」


 酷い。


 酷すぎる。


 何が酷いって、こっちが頓珍漢なことを言おうものなら「いやぁねえ四月一日くん。この間休載したっていったじゃない?もう忘れたの?頭が鶏なのね?」などといった罵倒が飛んでくるのは想像に難くないことだ。どっちに転んでも罵倒。地獄でしょうね。


 四月一日はひとつ咳ばらいをし、渡会の罵倒を無視し、


「んで?休載したんですか?」


 渡会はじっとりとした視線を投げかけ、


「貴方…………無視すればいけると思ってるわね……」


「んで?休載したんですか?」


 渡会はこっちにも聞こえるように舌打ちをし、


「……まあ、いいわ。休載っていうかね、雑誌を移動したのよ。月刊誌に」


「月刊誌、ですか」


「そ。おなじ編集者のね、ようは、週間連載だと間に合わないから月刊に移動するってことね。いいわよねぇ、一度人気の出た作家様は気楽で」


「あの、ちょっと聞きたいんですけど、渡会さんはその作品のファンなんですよね?」


「んー…………」


 渡会は空中に視線を泳がせたうえで、


「ファンだった、かしらねぇ。最初の頃は面白かったのよ?いい作品じゃないとも思った。けど、段々とトーンダウンしていった。まあ、要するに風呂敷だけ広げて、その後の展開難か考えてなかったんでしょうね。だから連載速度も遅くなっていくし、内容もつまらなくなっていく。でも、人気だけはある。面白いわよねぇ」


 そんなことをぶつぶつ呟きながら、ぱらぱらと漫画雑誌をめくり、


「この雑誌も駄目ね。面白いのが無くなって来たわ」


 ぱたんと閉じて、自分の机にしまい込む。


 ちなみに、渡会の机には勉強道具といった殊勝なものは何一つ入っていないのを確認済だ。大抵は他のものすら入っていないし、何か入っていたとしても漫画雑誌か文庫本が関の山だ。


「やっぱり、連載間隔が長くなっていくときって駄目よね。最初は毎日とかだったものが、週数回になって、それが週一回になって、気が付いたら止まってるの。スケジュールがどうとかじゃなくて、普通に思いつかないだけなのにねぇ」


「…………あの、時々場外乱闘を仕掛けるのはやめません?」


 渡会はなんとも不満げに、


「えーいいじゃないの。考えても見なさいよ四月一日くん。これだけの美少女を擁しておきながら未だにアニメ化のひとつもないのよ?ありえないと思わないかしら?」


 思わない。


 と、いうか、その前にまず書籍になることじゃないだろうか。


 渡会さらに続ける。


「やっぱりあれね。世間はお色気を求めてるのよ。きっとそうね」


「お色気ってまた表現が……要するにエロってことですか?」


 渡会は縦に頷き、


「そう。エロよ、エロ。別に本番がなくたっていいのよ。いい、四月一日くん。人間はね、スカートとソックスの作り出す絶対領域にすらエロを感じる生き物なのよ。セーラー服だって、スクール水着だって、元々は健全さを目標として用いられたのに、今じゃすっかりフェチの対象なんだから、エロはその辺にいくらでも転がっているのよ」


 長々と講釈を垂れた。四月一日が、


「はあ、具体的にはどんな感じですか?」


 と曖昧に返事すると、渡会が一気に四月一日に近づき、耳元に口を当てて、


「例えば、こうやって耳元で囁くとか。ほら、あるでしょう?そういうボイスが。そうだ、四月一日くん、そういうのを作ったら売れるんじゃないかとか言ってたわよね?ふふっ……なんなら今からやってみましょうか。大丈夫よ、私に任せておけばいいの。ほら、リラックスして、」


 四月一日は思わず耳を抑えて後ずさる。渡会は「心外だ」という感じに、


「なんでそんな反応するのよ……貴方が言い出したことじゃないの」


 言い出していない。


 言い出していないし、突然耳元で囁かれたら誰だって驚く。余りも予備動作が無さすぎる。ノータイムでいきなりスマッシュ攻撃を放つのはやめて欲しい。


 こっちだって心の準備が必要なんだ。いきなりやられたら、その、びっくりするじゃないか。


「…………言いたいことは分かりました。分かりましたけど、いきなりはやめてください。全く……」


 渡会はくすくすっと笑い、


「嫌よ、いきなりじゃないと身構えちゃって反応が面白くないじゃないの」


 要するに「びっくりするところが見たい」と。なんて意地が悪いんだ。


 …………間に机があって良かった。ホントに。

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