38.理解を妨げる専門用語なんて必要ないわよね?

 ある日。


「どうして人っていうのは分かりにくい専門用語を作り出すのかしらね?」


 渡会わたらいは実にストレートに問題提起をしてきた。


「専門用語って…………例えばどんなのですか?」


「そうね…………」


 渡会は暫くスマートフォンを弄ってなにやら考え事をしてたが、やがて思いついたように、


「ほら、プロットとか。どう思うかしら?」


「プロット……っていうとあれですか?小説とか、そういうのを書くときに作るやつ、ですよね?」


「そ。それよ。そのプロット。私、思うのよ。あれって実は過半数が意味を分かってないんじゃないかって」


「そんなもんですかね?」


「そうよ。意味なんて分かってないのよ。分かってないやつが分かってないまま、分かってないやつに教えるの。自分の解釈を正解だって言い張って。くだらないことだと思わないかしら?」


「かしら?と言われても……」


 反応に困る。


 確かに、世の中にはそういった用語の類が少なくない。


 細かな定義が決まっているものなら問題はない。が、時として専門用語は誰一人定義を理解していないことも珍しくないような気はする。


 ダウンスイングもアッパースイングも、開きも、ワレも、その実誰一人同じ解釈はしていないように、百人いれば百人分の解釈がある。


 だからこそ難しいともいえるし、だからこそ面白い、ともいえるのかもしれない。


 と、まあそんな玉虫色の答えを渡会が好むわけもなく、


「なによ、つまんない男ねぇ。いい?一つの用語があったら、その解釈がぶれちゃ駄目なのよ。貴方だって困るでしょ?ツンデレが好きなんだって言ったら、突然ただの暴力女が出てきたら。定義ははっきりさせておかないといけないの」


 言いたいことは分からなくはない。


 が、その例を出す意味はよく分からなかった。


 四月一日わたぬきはやや論点を変え、


「それは分かりましたけど……また、なんでそんなことを言い出したんですか?」


 ところが渡会は突然、


「さ、次の授業はなんだったかしら?あ、英語よ、英語。四月一日くん。予習はしたのかしら?」


「なんでそんなことを言い出したんですか?」


「あ、ほら、今日から新しいところに入るのよ。予習しなくちゃ駄目よ、予習。四月一日君は私と違ってアホなんだから」


「なんでそんなことを言い出したんですか?」


 渡会は眉根をひそめ、


「貴方…………日に日に私の扱いが雑になってないかしら」


 なってない。


 むしろ雑になってるのは渡会の四月一日の扱いではないだろうか。


 最近はもうずっとこんな感じだが、最初の頃はまだある程度こちらの話に耳を傾けてくれたような気がする。


 それが今はどうだろう。自分の都合の悪い話題になろうものなら、するはずもない次の授業の話に逃げ込んで、


「………はぁ、分かったわよ。ほら、これよ、これ」


 ため息一つに渡会がスマートフォンの画面を見せてきた。その画面には、


「これは…………ツイッ○―ですか?」


 ツ○ッターだった。画面に表示されている片方のアカウントは渡会のものだろう。以前に一度だけ見せてもらったことがあるので覚えている。


 そしてもう一つは……誰だろう。見たことのないアカウント名だ。恐らく本名だ。アイコンも本人の写真と思われるものを使っており、何なら公式マークまでついていた。どうやらそのアカウントからリプライを貰ったようだ。内容はこうだ。



“私は基本的に多くの人と交流し、意見を交換するために、こういうことはしないのですが、今回ばかりは流石にブロックさせていただきます”

 

 渡会は涼しい顔で、


「嫌よねぇ……痛いところつつかれたからってすぐにブロックするやつって」


「…………何したんですか一体…………」


 ちなみに後日その名前で検索をかけたところ、著名な編集者のアカウントだった。本当に何をしでかしたんだ、一体。

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