12.提案をして……
沈黙が、場を支配した。
その中でウルティナは、感じる。
(心臓の鼓動が、少し、収まりましたかしら……?)
それは、決断を下したからなのか、それとも偶然なのか。
だが今は、どちらが正しいのかを考えているときではない。
ウルティナが提示した、案。
[魂間契約]という名前の、契約の締結。
本来契約は、複数人の間で定めた条項を力のある拘束によって縛ることで、その条項を破らないようにするために結ぶ。
拘束の具合によって、いくつかの種類が存在する。
そしてその中でも[魂間契約]は一番拘束が強いとされていた。拘束が強く、細かい点で条項を定めることができる、と。
その理由は、契約を執り行うときの媒体にある。
契約を行う際、普通は特殊な紙やインク、契約者それぞれの魔力、さらには血液などを用いる。特に拘束が強く複雑にくめるものほどより大層なものを必要としていた。
だが。
[魂間契約]に必要なものは、
なぜか。
[魂間契約]は、
ゆえに、他の契約とは違って、一度締結したらもう二度と取り消すことはできない。
ゆえに、契約を締結したうちの誰か一人でも命を手放したら、道連れとして他の締結者も死ぬ。
ゆえに、心臓を始点とする血液が体力の源となっているように、
正確には、魂を結びつけるほど強力な契約の力によって強制的に共有させられるのだが。
どちらにせよ、これがウルティナの持ち得る、奇跡を引き起こす手札。
ウルティナ自身が所有する、膨大な量の魔力。
たとえ相手が魔力を一滴たりとも所持していなかろうと。
魔力総量のうち半分を分け与えたところで、まだ普通の人と比べれば有り余るほどの魔力を有する。
――ゆえに、ウルティナだからこそ取れる手法。
切れる、手札。
「…………いかがかしら?」
張り詰めた沈黙を、少女は小さくノックした。
本来ならば、このような初対面とほぼ同じ人に対してする提案ではないこと。
それは、ウルティナも理解している。
彼女自身、突然[魂間契約]を結ぼうなんて言われたら、戸惑い混乱してしまうことは想像についていた。
結ぶにしても、出会ってから途方のない時間を共に過ごし、その上で提案するべきであることも。
けれども。
なぜかはわからないが。
ウルティナの中で。
今ここで、助けて助けられる関係になったとはいえ、まだ知り合いとも呼べないような仲であるこの瞬間に。
[魂間契約]を結ぼう、と。
そう発案することに対して。
違和感を、覚えていなかった。
むしろここでないといけないと、思えてしまうほどであった。
非常識にもほどがある、と
しかし彼女は、たった一つの目標のために貴族の地位さえも棄て去った少女。
ここまできて、果たして何が非常識なのか、と彼女は言える。
常識非常識に左右されるならば、きっとウルティナは婚約破棄を望まぬ方向に力を入れていたに違いない。
そちらの方が、生きる上では安寧だから。
それを知り、そして選んだこの道を。
もう誰にも、邪魔などさせない。
[魂間契約]の提言に違和感を覚えないのは、あるいは彼女自身のどこかでこの出会いが二度もないものであると感じ取っているからか。
普通、魔物渦巻く森の中で人と出会うことはない。
それこそ『奇跡』と呼べるのかも、しれない。
少女は静かに、問いかけた相手の反応を待つ。
やがて。
「…………な、んで……?」
少年は、純粋な疑問として問いかけに応じた。
小人の人形は、またしても静かに魔光石を持ってたたずんでいる。
「私が[魂間契約]を提示した理由、かしら。それならば、三つ、ありましてよ」
一つ目。
「[魂間契約]で結ばれた人同士は、魔力を共有することとなりますの。このことは知っておりますわよね?
あなたが自身を弱いと思っておられる理由は、魔力が少ないから。そして私は、前に測ったときのデータですけれど、平均の二十倍ほどの魔力を有するそうですの。
そのため、あなたの弱点を補強することが可能ですわ」
二つ目。
「[魂間契約]は契約の中でも特例中の特例。私たちだけで契約を結ぶことができますもの。他の道具は必要ありませんから」
そして、三つ目。
「[魂間契約]で縛れば、条文にもよりますけれど、互いが互いを裏切ることができなくなりますわ。たとえ相手が、初対面の人であったとしても。
あなたは最初、私に『助けて』とすがりつきました。ええ、たしかにあなたは最初から今の今まで『生きたい』とはおっしゃっておられましたが。
……あなたのその『生きたい』と思う気持ち、最初と今では違うのでなくて?」
そこで一度、ウルティナは言葉を区切る。
それがセクリアへ疑問を投げかけたがためであると彼が気づくのにいささか時間がかかり、気づいてからも言葉を吟味しているのか、口を開くのに迷う時間があった。
けれど、答えを返さないわけにもいかず、セクリアは自身に問いながらもゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
「…………そう、か…も、し、れ…な、い。…………今、……思…い、返、し…て、みる、と……、混、乱、して…た、か…も……。
……自棄……に、な…って、て……、……本、当……は、……『生き、たい』……なん、て……思…って、いた、のか、どう……か」
「わからない、と」
たしかにそうかもしれないと思いつつ、ウルティナは想像する。
もしも、一番最初にセクリアから助けを乞われたときに協力するフリをして、彼が油断した隙に襲いかかっていたら。
いやそもそも、助けすらも無下にして、彼の心臓を狙っていたら。
はたしてセクリアは、抵抗するそぶりなど見せていたのだろうか。
ウルティナが寝ている間にフィーディーによっていとも簡単に気絶させらてしまったときの、セクリアが。
「……きっとあのときのあなたは、私から殺されることになっても、抵抗をしなかったでしょう。むしろ、やはり無理だったと、そう諦観し、為すがままにされていたと、そう思いますわ。
あくまで私の想像に過ぎませんけれど」
あのときの瞳は、たしかに現実を諦めかけていたようにも思えるから。
……自分を受け入れてくれる、そんな場所がなのではないかと、そう諦めかけている、瞳。
そしてウルティナは、最後の理由を述べる。
「だからこそ、私は[魂間契約]を提示しましたの。
互いを裏切り、突き放すことができない、そんな契約ですから。たとえ契約の力による、打算的で感情などこもっていない関係でも、まあ、居場所を作ることはできますわね」
[魂間契約]を締結したが最後、二度と解消することはできない。
ゆえに、互いが互いの居場所と、なり得る。
両親や兄弟姉妹とは縁を切ろうと思えば切れるが、この契約によってもたらされる縁は、死ぬその瞬間まで、切ることは不可能。
そう話すウルティナこそが、もしかすると棄てられることのない居場所を、欲しているのやもしれぬが。
「さて」
もう一度、ウルティナはしっかりと、セクリアの瞳を見つめて。
「理由をお聞きされた上で、もう一度尋ねますわ」
今度は、きっちりと意思を問う声で。
「私と、[魂間契約]を結びません?」
そう、問いかけた。
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