11.対等な立場になって……


「それで、答えてくださりません? 何があって、あそこまで酷い状態に?」


 セクリアに干し肉と木の実を改めて渡し、自身もポシェットから取りだした木の実を食べようとしながらウルティナは問いかける。


「…………」


 だが何も言わずに顔に影を落としたセクリア。

 それを見やって、ウルティナは言葉を追加する。


「無理にとは言いませんわ。ですけどあなたのお手伝いをする上で、ある程度はあなたについて知っておきたいですの。

 『生きたい』『強くなりたい』とおっしゃられたことについて、どのような意味でかをしっかりと理解するためにも」


「…………」


 それでもセクリアは口をつぐんだまま。


「……ねえ、ティナ」


 とここで、フィーディーが話に割り込んできた。


「どうしましたの、フィーディー」


「あのさ。契約、結ぶの、どうかな?」

 ほら言ってたじゃん。良さそうな人なら結んでもいいかも、って。


 そうやって人形は話を続けたが、ウルティナは動きを止めてしまっていた。

 話なんぞ、左から入って右から出て行ってしまうような状態だった。


「……けい、やく」


 たしかに彼女は、『契約を結ぶこと』をこちらの土地へ棄てられてすぐの目的設定のときに一つの案として出している。


 あのときは、あくまで可能性として、提案した案。


 …………それなのに、なぜなのだろう。


 なぜこんなにも急に、心臓がバクバクと鼓動を波立たせているのだろう。


「あれ、どうしたの?」


「……ど、うか……、し…ま、した……か?

 一体と一人が心配そうに声をかけてくる中、ウルティナは、小さな声で「大丈夫ですわ」と告げる他に取れる行動がなかった。


 なぜなら、この不可解な現象は、前にも味わったことがある気がしてならなかったから。


 そのことを突き止めるのに、頭をフル回転させていたから。


 なんだったか。


 そのときも、そう、たしか。


 今のように、なにかを決めないといけないような、そんなときだったか。


 それも、今よりもずっと、重大な決断を――、



 ――……ああ、思い出した。


、ですわ」


「?」


「…………?……」


 不思議そうな顔をしていることすら視界に入らず、少女は脳みそをフル回転させる。


 そう、だ。


 も今みたいに、迷った瞬間にバクバクと心臓の音が鳴りはじめた。


 まるで。


 そうまるで。


 ここで判断を間違えたら、取り返しのつかないことになる、ような。


 そんな、気がする。


「……いいえ、さすがに気のせいですわよね。こんな、それこそ予見みたいな能力。……私に備わっているはずなど、ありませんもの……」


 自嘲気味にそうつぶやいて。


 でも、と、思ってしまった。


 それにしては、タイミングがおかしい。


 何かの病気なら、普段からこのような発作が起きているに違いない。


 ならば、やはりこの現実は――――?


「だから、どうしたんだってば!? さっきから様子、おかしいよ? 具合が悪いなら、ちゃんと言ってよ」


「――っ! ご、ごめんなさい」


 フィーディーに肩を叩かれた。


「考えごとに、夢中になっておりましたわ」


 そのおかげで、ウルティナは我にかえることができた。あいかわらず心臓は高鳴ったままだけれども。


「それで……、契約――ッ!」


 ドクンっ。


「……の話、でしたわよね」


 今一瞬、強く胸がはねた気がする。


「…………? ……大丈夫なの?」


「ええ。大丈夫ですの」


「ホントに? なんかブツブツ言ってた気もするんだけど」


「本当に、大丈夫ですのよ。心配してくれてありがとう」


 とりあえず、にこりと笑っておく。


「契約ッ!、ねぇ……」


 やはりウルティナが『契約』の単語を口にするたびに心臓がより強くはねている。


「フィーディーとセクリアは、どう思いますの? たしかに手を貸すとは言いましたけれど」


「んー、ボクはどっちでもいいと思うよ。一つの考えとして提示しただけだもん。決めるのは、ティナとセクリアさ」


「えっ……と、……俺、も……、な…の……?」


 いきなり話を振られたセクリアは、戸惑っているようでおろおろしていた。


「もちろんですわよ。あなたと私の、契約なのですから」


 三度目となれば、心臓がトクンと大きくはねても驚かずにいられる。


「セクリア、あなたの身に起こったことに関して話すことはできませんのね?」


 少年は、小さく、うなずく。


「その理由だけでも話せません?」


「…………」


 どうしても答えてはくれないセクリアに対し、ウルティナは軽いため息を吐いた。


「……わかりましたわ。セクリアが頑なにも話したくないといいますなら、今は聞きません。私の生い立ちもまだ、話していませんしね。

 いつか話せそうなときに話してくださいな。そのときに、私も私について語りましょう」


 では、と両手を合わせて、ウルティナは話題を切り替える。


「あなたが私たちに助けを求めたことについて、詳しくお聞きしますわね。今から質問にはきちんと答えてくださいな。これからのことに直結する内容ですので」


「……わか、っ…た……」


 セクリアは肯定の意を示した。ウルティナはそれを見てうなずく。


「セクリア。あなたは私に『生きたい』とおっしゃりましたわね? それから『強くなりたい』とも。

 ここまではよろしくて?」


「……大、丈…夫」


「そうしますと、単純に『生きたい』だけなら最悪私たちがあなたを守ればよいですけれど、そうしてしまうとあなたの望みからズレてしまいますわよね?」


「……うん。

 ……俺、は……、守、られ…る、……存…在……、じゃ、……なく…って……、自分、で……たた、か、え…る、……存、在……に、なり…た、い」


「自分で戦える、ですの。

 それは、自分一人で、という意味でして?

 それとも、仲間と……、現時点を例に出しますと、私たちと一緒に戦える、という意味でして?」


「……仲、間……と、一、緒…に……、……足……を、引、っ張…ら…な、い、……程、度……で」


「へぇ〜。一人じゃないんだね。孤高の戦士とかに憧れたりしてないんだ?」


 物珍しそうにフィーディーはセクリアを見上げた。

 人形の手には魔光石がたずさえられていて、二人と一体を照らし出す程度の明るさを保っている。


「……むか、し…は、……目指…し、て…た。……で、も……、無理、……だっ、た」


「ん? じゃさ、できるんなら今もなりたかったりするの? 自分一人で戦うのができそうになかったから諦めた、っていうなら」


「…………そう、か、も……し…れ、な……い」


 答えてセクリアは、干し肉を一切れ、口に含む。

 その干し肉はウルティナが屋敷に戻ったときに調達したもので、実は意外といい素材を使っていたりもする。彼女の中では、なぜ頼んだら干し肉を用意してくれたのかは未だに謎ではあるが。

 元ウルティナ付きの使用人が食料に関しては用意してくれた。しかも別れ際には涙まで流してくれるという、思いもよらないサプライズ付きで。

 今になってもその涙が嬉しさゆえであったのか悲しさゆえであったのかの判断がついていないウルティナであった。


「なぜそのような結論に?」


「……俺、……魔、力……が、少…なく…て。……だ、から……[勲、章]……持、って…い、る…のに……、全…然、たた、か、え…ない」


「セクリアって[勲章持ち]なんだね」


「それ以前に、こちらの土地でも[勲章]とお呼びしますのね。ごく一部の人が生まれつき持っている能力ことを」


「……えっ…………う、ん……」


 セクリアは不思議そうにうなずく。


「まあ、[固有武装]と言ってきちんと通じておりましたし。こちらの土地でも同じ名称なのですわね……」


「たしかに。不思議だね、偶然なのかな?」


「ここまで同じで偶然はないでしょう。今更ですけど、言葉も通じていますし。言語が確立した時代では、もしかすると共存していたのかもしれませんわね。

 それで、セクリアはどのような[勲章]をお持ちでして?」


「……補助、系。

 ……身…体、強…化、系…統……と、か……、障、壁…系、統……と…か、……それ、から、……空、間、系…統、も……補、助……関、連……な、ら……使、え…る…………と、……思、う……」


「思う?」


「……魔、力……少、な…く……て、……簡、単…な……もの、し…か、試…し、た……こと、が……、な…い、から……」


「ちなみに扱う武器は、レイピアでよろしいですのね?」


 こくんと少年は首を縦にふった。


「なるほど、ねぇ。魔力が少なく、近接系の武器を操れる」


 ふとウルティナの頭の中に、一つの単語がよぎる。


 ――――契約。


 心臓がまた、はねた。


 たしかに魔力の量というものは、ある程度伸ばすことはできるものの一定量に達したらほとんど伸びなくなる。もちろん個人個人によって一定量というものは大きく違う。

 ゆえに、セクリアの魔力量はもうほとんど伸びないであろうことは火を見るよりも明らか。

 だいたいここまで傷ついている人が、なんの努力もせずにいるはずがない。

 精一杯魔力が上がるように努力して、それでも現実という名の壁を突きつけられてしまったのだろう。


(前世の私と似た境遇、ですこと)


 努力をして、報われずにきている、というところが。


 けれど、とウルティナは思う。


(私と違って、彼はまだ現実から逃げておりませんわ。それどころか、立ち向かおうとさえしておりますもの)


 もしかすると、セクリアも心のどこかで気づいているのかもしれない。


 これ以上努力をしたところで、現実は変えられないのだと。


 魔力の絶対量は、伸びないのだと。


 もしも伸びたら、それは奇跡のもたらす産物に違いない。


 そうやって、思っているのかも、しれない。


 そこまで考えて、ウルティナは小さな笑みを浮かべた。


 奇跡。


 普通ではあり得ないような、まさしく神のなせる技。


 けれども、起こり得ないわけでは、ない。


 なぜならば。


 ウルティナは前世の想いをもって、今この時を転生という『奇跡』のおかげで生きることができているのだから。


 それに、現実から逃げた彼女でさえにも、奇跡は起こったのだ。


 今もなお、冷酷な現実に抗おうとしている彼に、起こらないはずがない。


 いや。



(私が、起こしてみせましょう)



 その手立ては、一つだけにすぎないけれど、思い当たる。


 


 その中でも、アレならば。


 『魔力が多くなる』という奇跡を、現実のものにできる。


「ねぇ、セクリア」


 そっと、問いかける。






「私と、……――[魂間契約]を、結びません?」

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