13.もう一度、提案をして……


 少年は、目をそらさなかった。


 ジッと、力強い光をもって問いかけてくる少女の瞳に、彼は自分の姿を見ていた。


 セクリアは自身に、映る彼の姿に、問う。


 [魂間契約]


 彼女が持ちかけてきた、案。


 それを受け入れるか、受け入れないか。


 ……いや、それよりも、一つ。


 決めなければいけないことが、ある。



(……俺、は……、何を、したい…………?)



 ああ、違う。


 『生きたい』とか『強くなりたい』とか、そういう表面的なものじゃなくて。


 なんで、生きたくて、強くなりたいのか、という。


 願いの、原点は。


 いったい、なんだ――?


 ……目の前にいる彼女は、気づいている。


 なんとなくだけれども、そう感じる。


 自分でもまだ、気づいていない、願いに。


 はたして自分は、何を求めているのか。




 セクリアは問い続ける。




 前にいた場所。


 そこにいたときも、きっと、求めていたこと。


 求めて、求め続けて、結果、何も叶わずに、何も変わらずに、こうして、今も、逃げようとしていた。


 ……この少女に出会わなければ、もう、逃げていたかもしれない。


 でもこうやって、改めて考えることのできる時間を得ることができた。


 自分自身を見つめてみようと、思えたのなら。


 心にすっぽりとはまり込むような、そんな答えを、探してみよう。


 自分の納得いく、そのときまで。


「……《空転する想像の欠片》」


 声量ができる限り絞られ唱えられた、彼にしては珍しくたどたどしくない発声による呪文に対し、ウルティナが疑問を覚えて口を開こうとする前に。


 ひた……と、その口の動きが止まる。


 否、止まったかのように錯覚する。


 それは魔法。


 気絶によって回復した魔力を源にセクリアが発動した、超常現象。


 効果は単純明快なもので。


 『思考のスピードを速くする』こと。


 その中でも最高のスピードを出すために、満タンまで回復した魔力を全て使い切るつもりで、魔法を使用したのだ。


 少しでも、本当の自分を見つける時間を手に入れるためだけに、彼は魔法を発動した。


 とはいえ、セクリアの魔力量では《空転する想像の欠片》を今の状態で発動し続けられる時間はほんのわずか。

 そう思えば焦りたくもなるが、ここは抑えるべきだ。急かされて出さざるを得なかった解答は、正直あまり意味がない。

 落ち着いて、きちんと、導きだそう。


(俺、が……望ん、で、いた……もの、こと)


 彼が生まれた集落。




 そこで彼は、――迫害されていた。



 禁忌に触れたとか、そういうたいそうな理由があるわけではなく。


 ただ単にこちらの土地が実力主義で、こちらの土地の人々はウルティナが過ごしていた側の土地の人よりも魔力を有していて。


 その中でセクリアは、ウルティナがいた方の土地の人の魔力量の平均よりも少ないくらいの魔力しか持っていなかった。


 魔力の件を除けば、特段彼が弱いわけではない。

 むしろ細剣術のみならば強いくらいだ。[勲章持ち]でもあるのだから。


 だが、こちらの土地では魔力の多さがものをいう。

 近接系の戦士であろうと、手や足に魔力を込めて、擬似的な身体強化をその身に宿して戦闘することが主流。[勲章]を持っていなくて魔法が使えなかったとしても、慣れさえすれば誰にでも使える方法。

 もちろん、あちらの土地と比べて平均の量が二倍以上もある魔力の多さがゆえんする。


 ゆえに、魔力の少ないセクリアは、[勲章]によって本当の身体強化は使えるのにも関わらず、それを満足できるほどに持続させることが魔力の少なさのためにできなかった。

 だからこそ、総合的に彼は彼が生まれた集落の中で一番弱い存在となってしまい、そしてセクリアは最弱者として卑下されていた。


 両親は幼い頃に他界してしまったため、彼に味方と呼べる人は友達として仲良くしていた同い年の少年しかいなかった。


 そして、唯一味方であった彼からも、裏切られてしまう。


(……………………ッ!!)


 悲しかった。


 苦しかった。


 心に大きな、穴が開いた気がした。


 ウルティナから問われて、何も答えられないくらいには、心が悲鳴をあげていた。


 だからといって、裏切られ直後に嘆き悲しむ余裕はなかったが。

 集落の皆から『力もないくせに卑怯な罪人』として、襲われそうになったからだ。


 身体強化もろくに使えないセクリアは、必死で逃げた。

 ぼろぼろと涙を流しながらも、全力で逃亡した。

 捕まったら殺される。

 そのことがわかっていたから、そのときは何も考えずに、ただただ走った。


 走って、走って、逃げて逃げて。


 ようやく誰も追ってこなくなったときにはもう、彼は集落から山を越えた先の森の中にいた。


 疲れがとれると、そう思って休もうとした瞬間に、次は魔物に狙われる。


 おちおち休んでなどいられない。


 続けざまに襲いかかってきた魔物を、彼は腰にさげてあったレイピアでなんとか撃退した。


 それからも、セクリアは次々と魔物からの襲撃にあいながらも、移動を続ける。

 一度、追ってきていた五体のポープルがなぜか急に消えてしまったこともあり、わずかな休息をとることができたことがあったことは、まだ不幸中の幸いといえるのか。


 ともあれ、セクリアの体力も魔力もすでに限界を迎えていた。

 なぜ逃げているのかも、なぜ生きようとしているのかも、わからなくなっていた。


(……そ、っか……。逃げる、の…に、必死、で、考え、る、暇……なん、て、なか、ったん、だ……)


 何も考えられないままに、とりあえず逃げていた。


 生き物としての生存本能にしたがっていただけであるが。


(な、ら……俺、の、願い……は……?)


 生存本能だけで、生きたいなんて、強くなりたいだなんて、言えやしない。そこにはセクリアの心の奥底に眠る『何か』が影響を及ぼしているはずだ。


(迫害……され、て、でも、……あの、集…落、から、……抜け、出、さなか…った、のは)


 なぜ?












(……………………、――ああ、そうか)




 すとんっ、と。


 セクリアは自分の心の中から、そんな音が聞こえた気がした。


「そっ、か。……認め、られ…て、いた…から、……集…落、で、暮らし、て、いた、んだ」


 


 人は、自分を受け入れてくれる存在がいるだけで、生きる希望もそこから見いだした願いさえも、手にできる。


 彼が集落に残っていた理由は、友達という居場所があったから。


 彼が集落から逃亡してきた理由は、友達という居場所は単なる勘違いでしかなかったと、知ったから。




 そして。


 セクリアは、自分の願いの原点を、見事さぐりあてることができて。


 同時に、ウルティナの唇が、元の速さで動き始めた。


(魔力、が……、もう、ほとんど、ない……)


 だから。


 彼女が話し始める前に、伝えないと。


 打算的なものでも、裏切りのない、居場所。


 かりそめに過ぎないのかもしれない。


 でも。


 居場所が欲しいなら、それにみあった努力は、しないと、いけない。


 チャンスだと思え。


 何も知らない相手と、一生をかけた居場所をつくるための、きっかけになるのだ。


 [魂間契約]は、そういう使い方も、できるはず。


 セクリアは、小さく息を吸って。




「……――受けて、たつ。その、契約、」


 ――結ぶ、と。



 薄れゆく意識の中で、しかし少年は、はっきりと、そう告げた。

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