10.助けを求める言葉を聞いて……
ウルティナは怪訝そうに顔をしかめる。
「助けて……? どういう意味ですの?」
それは前にフィーディーが思ったことと同じもの。
ウルティナは直接問いかけたが。
「ああ、食事の手を休めずともよろしいですのよ? 食べながら、話しましょう」
干し肉の包み紙を開くところで手を止めてしまっていたセクリアを見て、彼女は優しく告げた。
セクリアは遠慮をした様子を見せつつも、やがて手を動かしはじめた。
ウルティナはセクリアが干し肉を一切れ食べ終わるまで待ってから、口を開く。
「セクリア様。先ほどの『助けて』とは、どのような意味を指し示しますの?
あなたは何がしたくて、そしてそれを成し遂げるために、私たちにどのようなことを要求していらっしゃるのかしら?」
問われ少年は言葉を吟味するかのようにしばし瞳を閉ざし、そして答えた。
「…………俺、は、……生き、る…た、め……に。……死に、た…く、なく…て……。
……で、も……、俺……だけ、じゃ……無、理……だか、ら。
…………だか、ら……、助け、て……、くだ…さ、い……」
開かれた瞳に宿るソレは、他人に救済を乞い求めるかげろう。弱々しく、ともすれば音もなく消えてしまいそうなほどに、揺らめいた光。
その瞳を見て。
ウルティナは、緩やかにまぶたをおろした。
「あなたのそれは、癖ですの?」
いくどめかの、問いかけ。
バッと開いた彼女の目の奥には、獅子のごとく強い輝きをもつ光があった。
「まだ出会って間もない他人に、それも手傷を負わされたという相手に、救済を乞い求めようとする自虐的な態度は。
ねえ、どうですの? 答えてくださいまし!!」
普段の彼女とはうって変わったその姿に。
彼女を慕う人形は、動揺することなく、ただ静かに二人の様子を見つめていた。二人の対話の行く末を、見守っていた。
「……っ、う、……あ、っ……」
ウルティナに気圧され、セクリアは。
言葉を詰まらせるのみならず、ぼろぼろと目からしずくをあふれさせる。
それを見た少女は、いやらしく、口角を上げた。
「あら? 泣き落としでもするつもりかしら? みっともないですわね、たかだか口上で責められただけで泣いてしまうなんて」
ゆがんだ口元に手を当てる彼女の見た目は、いつかのときの『悪役令嬢』と、まったくもって同じであった。
全てに傲慢で、全てを自分のものと思い込んでいて、気に入らない奴にはたとえ意味がなくとも平気で手をあげるような、そんな『悪役』と、同じだった。
セクリアは、唇を少し噛み締めながらも、何も言わずに涙を流している。
「本当に、情けない。あんな低級の魔物にも勝てず逃げまわっていただけなんて。貧弱すぎて、逆に笑えてきますわ」
フッと、少女は鼻で笑った。
「しまいにはフィーディーに気絶させられてしまったのでしょう? 人が、人形に、負けるだなんて。
あなた、私までもが哀しくなってしまうほどに、
生きてる価値なんて、ないんじゃあ、なくって?」
嘲笑。
そして、少年は。
――グッと唇を噛み締めた。
「…………う」
「何かしら? 聞こえないわ、声が小さすぎて」
少女の高笑いに。
「……――だ、からっ」
少年は、セクリアは、はねるように顔をあげて。
「ち…が、う……っ!!」
その瞳に、揺るぎない力をもった炎を灯した。
「…………」
少女、ウルティナは、ついさっきまでのとは一転して、またしても静かな水面のような光を目の奥に宿す。
そして、膝の上に両手を重ね、背筋をまっすぐに伸ばし、口をつぐんで、セクリアを見つめた。
「俺、は…っ、生き、る…ん、だ……っ。
強、く……、なるっ、ん…だ……っ。
だか、ら……っ!」
セクリアは、大声で、望む。
「救、済、……じゃ、なくっ、て……、
力、をッ、貸し…て、欲し、い……ッッ!!」
その声は、静かな夜の森に、波紋をもたらした。
程なくして静まり返った木の下で、セクリアとウルティナは互いに互いを見据える。
周囲に沈黙がおり、そして先に視線を閉ざしたのは、――ウルティナだった。
同時に、パチンッという音がセクリアの足元から聞こえた。
「……あ、……っえ……?」
突然の異音に、彼は呆気にとられた顔をする。足首に手をあてると、足を縛っていたはずの枷がなくなっている。
「……わかりましたわ」
再びセクリアが顔を上げた先にいたウルティナは、優しく、微笑んでいた。
「セクリア様。あなたの想い、受け取りました。私でよければ、手伝わせてくださいな」
そう言われて差し出された手に、先ほどまでとは違った様子のウルティナに戸惑いながらも、セクリアは、自分の手を、重ねた。
「ボクも手伝うよっ!」
……と。
フィーディーも、その小さな両手で、二人のそれぞれの手に重ね合わせた。
☆☆☆
「ふぅ……。ようやく一息つけますわね……」
ウルティナとセクリア(、そしてフィーディー)が堅い握手を交わした後。
話し声によって魔物を引き寄せてしまっていたらしく、二人は食事をするどころではなくなってしまった。幸いにもフィーディーが事前に感知してくれていたおかげで不意打ちに困ることはなかったが。
そして今。
周りにうようよと寄ってきた魔物をあらかた討伐し、ようやっと食事を再開するところである。
「……え……っ、と……、あり、が…と、う……、ご…ざ、い、ま…す。……それ、か…ら、ごめ、ん、な…さ、い……。
た、だ……、座、って…い…る、だけ、で……、何、も……、で…き、ま、せん…で…した」
「お気になさらないでくださいな。いくら傷は治したとはいえ、まだ疲労はたまっているはずですわ。
それに、武器もお持ちではありませんし。私が預かっていますもの」
ウルティナがちらりと向けた視線の先には、一振りのレイピアがあった。セクリアが腰に下げていたものだ。
しかし、現在の状態はあまり良くはない、むしろ悪いとさえいえる。
刀身の白は錆びによってくすんでいて、一般的には汚れが目立ちにくい黒色の部分でさえも砂埃によって汚染されていた。
「[固有武装]は、いわば私たちの半身のようなものですのよ? それがあれほどまでにぼろぼろになっていますわ。話せる範囲でよろしいですの、何があったか、話していただけないかしら?」
ウルティナはセクリアがもたれかかっている木の横の木のふもとに座り、ポシェットの中から木の実と干し肉の入った包み紙を取りだす。
「これを食べながらで構いませんわ。結局、干し肉一切れしか口にしていませんものね」
「……さっ、き……、も…らっ、た……もの、が……、あ、り…ま、す」
それで構わないと、セクリアは視線を下に向けて気づく。
「……あっ………………」
「干し肉も木の実も、セクリア様が私と口論なさっていたときに衝撃で膝から落ちておりましたわよ。木の実はまだ洗えば食べれるでしょうが、干し肉はやめておいた方が賢明ですわね。危険ですし」
「…………すみ、ま…せん」
「謝らないでくださいまし。むしろ、私の方が謝罪しないといけませんわ。先ほど、いくら演技とはいえ人として最低な真似をしてしまいました。
本当に、申し訳ございません」
ウルティナは深々と頭を下げる。
「……え……ん、……ぎ?」
だがそれよりもセクリアは、ウルティナが『悪役』を演じていたことに驚きを覚えているようだ。動きが固まっている。
「……ええ、そうですわ。本心からあのようなこと、決して言いませんわよ。まだ相手のことをほとんど知りませんのに、勝手に思い上がっての発言なんて、絶対にしませんわ」
「…………じゃ、あ……、ウル、ティ…ナ、さ…ん、は……、俺、か…ら、本…音を、ひき、だ…す、ため…に……?」
「ご想像にお任せしますの。
ですが、セクリア様は気分がハイになると周りが見えなくなることはわかりましたわ。
気絶なさる前まで魔物に襲われていたにもかかわらず、結構な声量で話しておられましたもの。干し肉や木の実が落ちたことも気づいておられないようでしたし」
ふふっと笑うウルティナに、セクリアがそっぽを向いて顔を赤く染めているのは、さっきまでの自分を改めて思い返して羞恥心が湧き出てきたからだろう。
「それから、無理をして敬語を使わなくてもよろしいわ。私、おそらくはフィーディーも、あなたとは対等な関係の上で力を貸すと決めたのですもの」
ウルティナはセクリアに微笑みかける。しばらくして、セクリアは小さくうなずいた。
「…………な、ら」
視線をウルティナとフィーディーに向け、彼も言葉を紡ぎだす。
「……俺、も……『様』……は、いら…な、い」
その頼みに、ウルティナとフィーディーは、声をそろえて返答した。
「「わかりましたわ(わかったよ)、セクリア」」
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