9.目覚めそうになって……
「起きて、ティナ。ほら起きて、ってば」
ゆさゆさゆさゆさ。
フィーディーがウルティナの肩を揺さぶるたびにウルティナの頭がぐらんぐらんと揺れている。
「……ぅんあぁ、……どぉし…
…………はっ!」
パッと目が開かれる。
「あ、あら、私、寝ていましたのね……。申し訳ありませんわ、起きていると言っておいて」
ウルティナの頰が朱に染まっていることは、フィーディーが魔光石を置いてから両手を使ってウルティナを起こしたことで辺りに光源といったものがなかったことが幸いして、誰にも見られることはなかった。
「寝ちゃったのはしかたないよ。それより、目を覚ましたっぽいんだ!」
「目を覚ました……? ああ、彼のことですの?」
フィーディーは大きく首を縦に振る。
「それで起こしてくださったのね。ありがとう。それと、わかりましたわ。フィーディー、魔光石はどちらに置きました?」
「んと、ちょっと待っててね」
そう言うと、人形さんはウルティナから少し離れた地面から魔光石を拾い上げた。
「はい、ティナ」
「ありがとう、フィーディー」
フィーディーから渡された魔光石をウルティナは受けとる。それをすぐに光らせ、セクリアを照らし出した。
一人と一体は、ゆっくりと彼に近づく。
「……ぅん、んうぅ……」
ほんの少し、時が流れて。
眠りについていた少年は、そのまぶたを開いた。
「……っ!!」
瞬間、彼は身体をこわばらせる。
「落ち着いてくださいな。あなたをとって食おうなどとは考えておりませんのよ」
そんなセクリアに、ウルティナは優しく声をかけた。
「私はウルティナと申しますの。姓はつい先日失いましたわ。あなたはなんておっしゃるの?」
「……………………」
戸惑ったような様子を見せていたが、やがて彼は唇を小さく動かしはじめる。
「…………セク、リ…ア、……で、す。……俺、も、姓は……、あ…り、…ま、せ……ん」
「セクリア様、と申しますのね?」
たどたどしい言葉を、それでもウルティナはしっかりと聞き取った。
そのあかしに、セクリアはわずかにだがうなずいている。
「お尋ねしたいことは色々とありますけど、先に一つ、答えてくれませんかしら? 身体、痛いところはありませんわね?」
ウルティナが問うと、セクリアは身体をピクリとさせ、そこでようやく自分の身体から痛みが引いていることに気づいたようだ。
「…………は、い。……痛く、な…い、で、す」
「それなら、良かったですわ」
夕方に一度、彼女が目を覚ましたとき。
傷だらけのセクリアの身体を見て、ウルティナは治療をすることにした。
見ていてとても痛々しかったから。
それから、外からでも身体を治癒させておけば、させないよりも早く目覚めるかもしれないと考えたのだ。代わりに彼が腰から下げていたレイピアは預かっているが。
手と足も縛りつけてある。もちろん地面に
そうしてウルティナは質問をしようと、口を開――
グウゥゥゥ
――こうとする前に、セクリアのお腹の虫が泣き叫んだ。
「…………」
ぽっ、と顔を真っ赤にして顔を背けた彼の姿を、ウルティナの瞳はしっかりと捕えていた。
「……木の実と、それから干し肉ならばありますけれど、どうします?」
ウルティナはセクリアの手を縛っていた枷を外し、ポシェットから木の実と、それから一食分の干し肉が入った包みを取りだす。
お腹を減らした少年は、小さな声でお礼を言い、木の実を選んで、受け取った。
「良ければ干し肉もいっしょに食べてくださいな。こちらの土地にお住まいなら、木の実だけでは飽きてしまっているのではなくて?」
ウルティナが笑顔(を貼り付けた状態)でそう告げると、セクリアは緩慢な動作で干し肉も受け取る。
「では、先に食事としましょうか。フィーディー、魔光石を持っていていだだいてもよろしいかしら」
「……っあ、うん。わかったよ」
フィーディーが魔光石を光らせることを確認し、ウルティナはセクリアのとなりに座った。
「どうぞ、お食べになさって」
少年はしばらく固まっていたが、ややあって干し肉の包み紙を留めている紐をほどきはじめる。
その様子を見て、ウルティナも「いただきます」と手を合わせてから、木の実をかじった。
「んむんむ……、っくん。ここの森になっている木の実、とても種類が豊富ですわよね。まるっと一日の食事が全て木の実でも、未だ飽きておりませんわ」
「もとからティナは果物とかが好きでしょ。栄養的にはあんまよくない気もするけどね」
フィーディーが苦笑まじりに告げたのを聞いてか、セクリアはピクリと肩を震わせた。おおかたウルティナが寝ているときの光景が脳裏に蘇り、恐怖の感情が湧いてきたのだろう。
「あら。そういえばまだ紹介していませんでしたわね」
その様子から、自分が寝ているときに一体と一人の間に
「こちらは私の大事な友達であり仲間である、フィーディーですわ。根はとても優しい子ですの。
……過激な対応を取ってしまうこともありますけれど……」
今度はフィーディーが肩を震わせた。
「あっ、えっと……」
気まずい人形さんは二人から視線をそらすために顔を背けて、何やらモゴモゴと言っている。
「どうしましたの、フィーディー」
素知らぬふりをしているが、彼女の目は筆舌に尽くしがたい圧力を小人の人形にかけていた。
「ゔっ、あ……」
そして。
音速に近い速度で、フィーディーはセクリアの近くに座り込んで。
「ごめんなさいっ!! 傷だらけなのに、こっちの考えだけで縛りつけたりしてっ」
額を地面に追突させる勢いで、土下座をかました。
「…………は……?」
謝罪を受けた本人は、何が起きたのかを飲みこめずに、ぽかんと口を開けている。
「…………」
謝罪をした人形も、相手の出方をうかがっているのか、土下座の格好で黙ったまま。
仕方なくウルティナが口火を切ることにした。
「セクリア様、私からも謝罪いたしますわ。この子も悪気があってやったわけではございません。あなたに不快な思いを感じさせてしまったことは事実ですが……」
彼女の言葉を聞いて、ようやく状況を把握できたようだ。セクリアは小さく息を吐いてから、微笑を浮かべた。
「……気…に…し……ない、で……くだ、さ、い……。…………俺、も……と…つ、ぜん、……たす、け、て、……って……。しか、も……、魔物……、ひき、つ…れ、て。
……うた、が…う、の、……当、然…で、す」
相変わらず、セクリアの話し方はたどたどしい。もとより話すことが苦手であるからかもしれないが。
「それ、に……、傷、……治、し…て、くれ、た……、だけ……じゃ、…なく…て、……食べ…物、も、くれ、……て。……お礼……言わ、ない、と……い…けな、い、くら…い……で、す……」
干し肉の包み紙を取ろうとする手を止めて、少年は静かに告げた。
視線は手元に送られていて、その手は意味もなく絡まれてはほどかれる動作を繰り返している。
「それこそ、お気になさらないでいただけるかしら。干し肉は余っていたものですし、治療の方はせめてもの償いですので」
それで、とウルティナ。
「失礼を承知で述べますけれど、あなた、結構汚れていらっしゃいますわね。傷も膿んでいたものが複数箇所、見受けられましたわ。その上、[固有武装]も錆びておりました。魔力を使って手入れをすれば、良い状態を保つことができるますのに」
はっとして、セクリアは自分の腰を探る。自身が腰から下げていた武器が無くなっていることに気づいたようだ。
「あなたの武器はこちらでお預かりさせていただいておりますわ。万が一がないとは、言い切れませんので」
ウルティナは傍に置いてあったレイピアを手に取った。
それを見て複雑そうな顔をしたセクリアだが、何も言わずに先を促す。
「無数の傷を負い、身なりを整えることもできず、[固有武装]の手入れさえできないくらいに魔力を失って。
セクリア様、あなたは一体、何をなさりたいのですか?」
問いかけ。
笑顔でいながらも、瞳に鏡のごとく静まり返った水面のような光を宿して、少女は問う。
はたして少年は、ほどなくして、答える。
「……――たすけ、て、くだ、さ、い……」
かつて人形に対して発したものと同じ言葉を、今度は主人に対して、告げた。
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