春の断章②-1
あの頃に戻りたい。人生をやり直したい。
そんな空想に思いを馳せた経験は、どのような人間にも一度はあるはずだ。
どれだけ現状に満足している人間だとしても、それは例外ではないだろう。
もっともその動機は、現状に絶望している人間とはまったく趣を異にしている。
前者は自らの人生をより盤石なものとするために、後者は自らの失われた可能性を取り戻して、理想の自分に成り代わるためにそう願う。
……苦笑してしまう。実に大言壮語な野望じゃないか。
アドベンチャーゲームに例えよう。
予備知識や経験、ヒントが与えられている者がグッドエンディングを目指すのと、何も与えていない者が同じエンディングを目指すのとでは埋めがたい落差がある。
何が失敗だったかを心得ているということは、成功する道筋を心得ていることと必ずしも同義ではない。
だから俺は、実際に精神はそのままに十年前に戻ったとしても、将来台頭するはずの企業株を買って大儲けしようとか、将来起こるはずの災害から人々を救おうなどという考えは微塵も抱かなかった。
すでに俺は、一回目の人生をこれ以上ないバッドエンドで終えている。
意中の女性を喪うという未来に絶望しきって、虫けらのように潰されて絶命した。
そんな奴が人生をやり直したとして、一体何を取り戻せるというのだろう。
それにもう一つ、人生のやり直しには問題があった。
人生をやり直すというのは、実際に体験してみたらみたで、とても一筋縄ではいかないものだと常々思っていたのだ。
二十五歳の精神のまま、中学生に戻ってしまうという事態において、それは
中学生の精神に順応するには、俺はあまりに年齢を重ね過ぎてしまった。
今さら十年前の行動原理や人物像を取り戻して、誰の目にも違和感のないように振る舞えと言われても、難しい相談だった(それに付随して、どうしても拭えない小恥ずかしさもある。それはまあ、仕方のない問題だと妥協するしかない)。
第二に大人と比較して、中学生にはあらゆる点で制限がかかり過ぎている。
経済的にも、法令的にも、立場的にも、学生はありとあらゆる点で不自由を強いられている。
その分、保護も厚いのだから、仕方がないではないか。
そう言われてしまえばそれまでだが、人は簡単に生活の水準を下げられないものだ。
表立って、煙もアルコールも摂取できないというのは、実際的な問題として辛いものがあった。
こうやって、中学の三年間慣れ親しんだ制服に袖を通し、かつて何百回も往復した通学路を歩いていても、やはり現実味は湧いてこなかった。
実家を出る前に、何度も顔を洗ったり、身体に痛みを与えてみたりしてみた。
が、それで本当の現実へ引き戻されるということはなかった。
この世界は、事故によって意識をなくした俺が創り出した精神世界。
……いわば、
もしくは脳に障害を負った二十五歳の俺が、自分を十四歳だと錯覚して
とはいえ、こんなにも鮮明な景色が眼前に広がっている以上、この世界をただの妄想の産物と片づけることはできなかった。
つまるところ、哲学者や神経学者たちが机に座って議論し合う懐疑論など、目の前の現実に比べればはるかに弱いのだ。
結局人は、最後には自明なものに寄りかかって生きていくことしかできない。
何はともあれ、俺は元の人生になるべく沿うように生きようと思った。
相変わらず虫けらのような人生を送っていれば、もう一度未来で彼女に会うことも可能かもしれない。
そして今度こそ……、間違えずに最後の時まで彼女に寄り添おう。
それだけが、目の前の奇跡に対して俺が出した、とりあえずのアンサーだった。
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