39:血潮龍《イーコール》

「君の故郷を含めた地帯……空の龍を祀る神殿がかつて在った地域には、我が国の恥ずべき汚点が封じられていたのだ」


「汚点?」


血潮龍イーコール。ドラゴンの体をその身に取り込み、ドラゴンの血を飲むことで人を超える力を手にしたものたちを指す言葉だ。我々は、血潮龍イーコールを表向きは神聖なものとして祀ってきたが、それは我々の祖先の罪を忘れてはいけないという戒めの意味もあった」


 何故、この人は俺にそんなことを話すんだ?

 警戒していることが伝わってしまったのか、王はこちらを見て柔らかく微笑んだ。

 少しホッとしながらも人心掌握術に長けている王の掌の上で転がされている自分が……と悔しくなる。


「我らの子孫は、血潮龍イーコールの力を使い、殺戮を繰り返しこの領土を手に入れた。これは、我ら王家の者にしか伝えられていないが、君には必要な知識かもしれないと思ってね」


 神話を調べていたからか? 

 それとも、どこかでニュイのことを聞いたのか?

 様々な可能性が頭の中をぐるぐると回る。しかし、こうやって二人きりで話すということは、俺をうまく使おうと思っているだけで、すぐに捕らえるとか殺すつもりではないのだろう。


「いつどのような知識が必要になるのかなんてわからないですからね。非常にありがたい情報です」


 声が震えていないだろうか。

 ゆっくりと瞬きをして、再び王の顔を見つめ返すと、真紅の瞳が妖しく揺れる。

 ふっと口元を緩めて、王は話を再開した。


「空の龍も姿を消し、太陽の巫女が代々生まれる村とやらも人が減ってしまってな。空の龍の神殿が野盗に荒らされてしまったことがあるのだ。神殿から野盗が出てこなくて不気味だと便りが届いた。そこで私は血潮龍イーコール騎士団を派遣したのだが」


 思わず息を呑む。

 血潮龍イーコール騎士団が派遣された話は知っていた。

 泥岩河馬ベヘモトをなんとか倒して、俺がまだ昏睡していたときに近くに来ていたらしいと噂があったくらいだから、本当かどうかわからなかったが。

 母さんが「王様の騎士団が近くに来てるって知っていたらあんたに無茶をさせないで済んだのにねぇ」と俺の左に嵌められた義腕をさすりながら漏らしたのを思い出す。


「神殿から帰ってきた彼らは、私に隠れて自然の名を冠する龍グランドドラゴンの無茶な狩猟や孤児や浮浪児を攫い、実験に使っていたのだ」


「裏切りですか? でも、何故? 古代の兵器の為に王を裏切り野盗たちの味方になるにはメリットが少なすぎる」


血潮龍イーコールの姫が目覚めたのだ。野盗共がおもしろ半分に起こしてしまったらしい。不老不死のは人もドラゴンも魅了すると言われている。恐らく、神殿へ踏み込んだ血潮龍イーコール騎士団の面々は姫に操られていたのだろう」


 魅了……そんな子供向けのお伽噺みたいなことが……とまで言いかけ、ニュイの体質を思い出す。

 滅多に他人を背に乗せない龍騎士ドラグライダーのドラゴンに一日経たないうちに懐かれ、野生のドラゴンをも惹き付ける性質……。あいつが、もしかして?

 背中を冷たい汗が一筋伝っていく。

 思わず生唾を飲み込んだ俺の背を、王の大きな手がゆっくりとさすった。


「大丈夫です。興味深い話で聞き入ってしまっただけです。続きを」


「嘆かわしいことに、一部の龍騎士ドラグライダーが、堕落していることは……私よりも君が知っているな? 金に目が眩んだ一部の龍騎士ドラグライダーたちも悍ましい実験に協力しだしたのだ。腕や足、羽根などを移植された子供たちを性能テストと称して自然の名を冠する龍グランドドラゴン狩りへ連れだしたという記録も残っている。そして、そのほとんどは死んだという報告も……」


 ニュイの態度や、あいつの口から語られた言葉を思い出して、膝の上に置いている拳に力が入る。

 あいつは、その悍ましい実験の生き残りってわけか。

 なるべく平静を保とうと、息を深く吸った。


「数年前、噴火アグニが暴れたという事件を聞いたか? それも、操られた血潮龍イーコール騎士団と実験体にされた子供たちを連れていった一部の龍騎士ドラグライダーたちの仕業だ。私にバレぬよう、わざわざ遠くの領地にいる何も知らない龍騎士ドラグライダーたちまで駆り出してまでやった結果、多くの犠牲を生んだ」


 しんみりとした口調で王はそう言って一息吐いた。

 王都に来たばかりの頃、やたら王城が騒がしかったときのことを思い出して「アレか」と呻くように呟いた。

 大々的なパレードと共に空の龍エアの死体が王都へ運ばれてきた日のことだ。

 自然の名を冠する龍グランドドラゴンと争ったにしては傷が小さいし、伝承と違う色褪せた灰色の鱗を見て「伝承も知らないやつがデカいだけの偽物を造りやがって」と憤っていた。

 それに、決して人には慣れない自然の名を冠する龍グランドドラゴンに俺と対して年も変わらないような子供が乗って戦ったという逸話についてもだ。

 なにがなんでも嘘くさすぎる。しかし、大きな犠牲を受け止めるにはそういった神話のようなお為ごかしも必要なのだろうと心の中でツバを吐くだけで終わらせていたのだ。


空の龍エアが発見され、死んだというのは損害を出したことから民衆の非難を逸らすための嘘だと当時は思っていましたが」


「私を目の前にしながら、そこまで正直に言ってみせるのを見ると本当にダダン我が友を思い出すよ」


 クックックと口元を右手で覆い、笑い声を漏らす王を見て、俺は自分が口を滑らせたことにようやく気が付いた。


「申し訳ございません……」


「いや、もっともな意見だ。そういうところも含めて、君を好ましいと思っているのだよ」


 真紅の瞳がきらりと光る。じいちゃんも俺に何かを教えるときに、こういう表情を浮かべていた気がする。

 今回ばかりは、じいちゃんと王の友情に感謝しながら俺は姿勢を正して王が続ける話に耳を傾けることにした。


噴火アグニが暴れたことで、鈍い私もようやく自らの国に溜まっていた深い膿に気が付き、捜査を進めたのだ。そして、様々なことがわかったよ。例えば、血潮龍イーコールの姫は、どうやら空の龍を祀る神殿の地下に安置してあった棺に入っていたらしいだとか、ドラゴンの血をかけたら復活しただとか……」


「それにしても、空の龍エアの存在や、かつていた血潮龍イーコールたちはともかく、血潮龍イーコールの姫なんて……それことお伽噺の中にいるような存在では?」


 上位種がいるドラゴンや獣というのが少なくないのは知っている。

 先日戦った蚊龍レヤックが良い例だ。大型の獣などもあれほど身体的に差異があるわけではないが、ボスやアルファ個体といわれるものの指揮下にあれば脅威度が変わることは少なくない。

 しかし、人工的に造られた生物兵器の名を冠するだなんて、些か嘘くさすぎるのではないか? そう思いながら、言葉を選んで王の冗談では無いのかと探りを入れてみる。

 もしかして、姫とやらを探せなんて言ってこないだろうな?


「私もそう思っていた。神話の時代とまではいかないが、遥か昔……この国が生まれる前に生きていた存在が今でも存在していることも、そしてミイラとなっていたモノがドラゴンの血を吸って生き返ったことも、考えるだけで恐ろしい。だから、君にその捜索をして欲しいんだ」


「正気ですか?」


 大袈裟に自分の両肩を抱き、怯えるような素振りを見せた王が、柔らかく微笑んで俺の手を取る。

 真偽を探るつもりが、嫌な予感の方が当たって思わず素の声が飛び出した。


「最優先で探せというわけではない。あちこち飛び回る君のことだ。様々な場所で様々な生物を見て、様々な人達と関わり合うだろう。君はダダンよりも人間が嫌いなようだが、それでも世話好きな気性はあいつ譲りだ」


 思わず出てしまった無礼な態度を取り繕う間もなく、王は一言一言区切るように、ゆっくりと優しい声色でそう言った。

 俺は出先でも人と関わり合うことは少ない……と遠回しに断ろうしたのに、言い訳を先回りで潰されてしまう。


「関係がありそうな話を私に教えてくれるだけでいい。今の生物観察記録書を収めてくれるついでに……といったところでどうかな? もちろん報酬は弾もう」


 条件は、相変わらず俺にとって損がほとんどない。

 目を泳がせながら思案するが、断る理由が見つからない。

 しかし、このまますんなり頷くのも何故か釈然としない。


「君の新しい友人たちと協力してくれたって構わないよ」


 悩んでいると、俺から手を離したからそんな言葉が飛び出た。

 思わず視線を向けると、頬杖を着いている老人の紅い瞳が悪戯っぽく光り、口角の片側をニヒルに歪めている。


「……お見通しってわけですか」


 半ば予想はしていたが……やはりどこかから、俺がニュイやセレストと知り合ったことが漏れていたか。

 本当に食えない人だな……と改めて目の前にいる老人が只者では無いのだと胸に刻みながら、俺は大きく肩を落としながら苦笑を返した。


「なに、協力しないと言われても罰則を与えるつもりなどないよ。私は君を好んでいるからね」


「祖父は、陛下のそういうやり口に文句を言っていませんでしたか?」


「ふっふっふ……それは、まあ秘密にさせて貰おうか」


 怒って唇を尖らせながら「小細工などせずに素直に頼め」と声を張り上げるじいちゃんの姿が想像出来る。じいちゃんのことを出されて、少し気まずかったのか王は肩を竦めて笑った。


「わかりました。引き受けましょう。で、その血潮龍イーコールの姫ってのはどんなドラゴンなんですか?」


「そのドラゴンは、人の形をしているんだ」


 俺は、てっきり上位種はドラゴンの形をしているんだと思った。獣もドラゴンも上位種は体格に優れているものがほとんどだ。

 ドラゴンの力を取り入れた人間だと、話は聞いていた。ニュイのことも俺は知っている。だから、そうだ。無意識に、血潮龍イーコールの姫が人間の形をしているのだという可能性を排除していた。

 予想外の答えに言葉を失う俺の目を、王の真紅の瞳はまっすぐ見つめてくる。


「彼女は人の言葉を持たない。そして、ドラゴンのように強大で獣のように残忍だと伝えられている」


 しずかに、俺の頭の中に刻み込むように、王は語る。


「ドラゴンも人も魅了する龍呼びの仔。我々王族の始祖でもあり、呪われた姫……。赤みを帯びた銀の髪と真紅の瞳、手足を覆う赤い鱗と伸びた黒い角……少女の形をした血潮龍イーコールの姫。その名はギネカ」


聖なる血の国フィンコルエア初代王の妃の名前じゃないか」


 悲鳴じみた俺の言葉に、王は静かに頷いた。

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