37:王都フィンコルエア

「こちらタイモグ・ダダン・ホダオ・ニコ。用件は王への生物使用の納品と城内にある書庫での資料の閲覧。こちらが通行証だ」


 王から賜った通行証は、大型ドラゴンの骨を薄く削って造った板に王家の紋章が刻まれたものだ。

 掌に収まるサイズの通行証を懐から取りだして見せると、番兵がこちらへ近付いてくる。


「タイモグ・ダダン・ホダオ・ニコ……確かに正式な通行証だ。入城を許可する」


 大型ドラゴンの鱗を用いた厳めしい鎧を身に纏った男が、よく通る声でそう述べると、二人の番兵が角笛を鳴らした。

 その音を合図にして、巻取り装置キャプスタンに繋がれた駱騎鳥ハンサたちが歩き出す。

 鎖同士がぶつかり合う音がして、少し遅れてから重々しい門が徐々に開いていく。

 ヴォルトが横にも縦にも三匹ずつ重なったままでも通れそうなくらい大きく広い門は、王都が反映している象徴でもある。

 金属の匂いと、ドラゴンの革の匂いが充満している王城へ、俺はヴォルトに乗ったまま入っていく。


「ああ、ニコさん。お久しぶりですね」


 城に仕えている龍騎士ドラグライダーたちのドラゴンの世話をする厩舎へ向かうと、顔見知りの飼育員が笑顔で出迎えてくれた。

 もじゃもじゃの髭と筋骨隆々とした風貌に反して人当たりの良い笑顔を浮かべているこいつは、俺が王都へ来て名を挙げはじめた頃からの顔見知りだった。

 俺がこうして王城へ入れるようになってからは、用事の間にヴォルトの世話を頼んでいる。

 広々とした厩舎は、天井の扉が開くように造られているが普段は固く閉じられている。

 日光の差さない石造りの部屋内で、鎖で後ろ肢と壁を繋がれているドラゴンたちは退屈そうに尻尾を揺らしながら目を瞑っていた。そんな彼らを尻目に、ヴォルトは飼育員の後を大人しく着いていく。

 最初ここへ訪れた時は、ドラゴンたちに低く唸り声をあげて威嚇をされたり、牙を剥き出しにされたことが今では懐かしい。

 城に常駐しているドラゴンたちがいる部屋から一枚壁を挟んだ場所へ通される。


「あんたは世話も丁寧だし、ヴォルトも懐いている。お陰で助かってるよ」


 ヴォルトから降りて、飼育員に先日捕まえた蚊龍レヤックの羽根で作った細工を手渡した。

 こいつのお陰で、俺は王都の龍騎士ドラグライダー狩人ハンターから道具の修理や制作の依頼を受けられるようになったという恩もある。だから、毎回ちょっとしたものを差し入れすることにしている。


「ニコさん、ありがとうございます。妻が喜びそうです」


「じゃあ、ヴォルトを頼む。明日には発つ予定だ」


 深々と頭を下げている飼育員にヴォルトを任せ、俺は厩舎を後にする。

 無気力そうなドラゴンたちだが、最初にここへ来た時よりは鱗の艶も良いし爪や牙の手入れもされているようだった。

 王都の龍騎士ドラグライダーはドラゴンの扱いが良くないと言われていたが、目の当たりにしたときは思わず怒鳴ってしまったほどのひどさだった。

 はじめて城へ来たとき、じいちゃんがダダンだってことや獣やドラゴンについて詳しいことがどうしてか王に知られたらしく、知識を記して寄贈してくれないか?と言われただけだった。だから、俺がドラゴンの厩舎についてアレコレと怒鳴り散らし、龍騎士ドラグライダーたちと取っ組み合いの喧嘩になったときは血潮龍イーコール騎士団のやつらが数人で押さえつけに来て、裁判をする羽目になった。

 王がやたらと肩入れしてくれて幸運だったとはいえ、今思えば無謀すぎたな……と苦笑いするしかないが、それでボロボロのまま使い潰されて無為に死んでいくドラゴンが減ったのなら無駄ではないということだ。

 ドラゴンを殺して得られる鱗よりも、生え替わる鱗を得た方が数が多いという提言も最初こそ疑われていたが、たった数年でその考え方が主流となり、怪我をしたからといってすぐにドラゴンを殺すことは減った。

 怪我や病気の種類によっては、命を奪った方がいいこともあるが……。


「タイモグ・ダダン・ホダオ・ニコ。用件は王への生物使用の納品と城内の資料を閲覧。こちら……」


「ああ、通っていいぞ」

 

 扉を守る番兵は、俺が用件を言い終わる前に顎で扉を示した。

 二人の兵士によって重々しい両開きの扉が開かれると、吹き抜けの広間に出る。

 天井を覆うステンドグラスには空の龍でも地の龍でもなく、この地に埋まり恵みをもたらしたという血潮龍イーコールが描かれている。

 真紅の鱗、黄金の背びれ、黒い飛膜の大きな四枚の翼。自然の名を冠する龍グランドドラゴンの中で唯一、自然の名を冠していないドラゴンだ。

 心を繋げた主君の名により、自ら地に埋まることで悪しき鬼を倒し、王都こと聖なる血の国フィンコルエア近辺に広がる豊穣な土壌を造りだしたというのは、人にとって都合が良すぎる。

 おそらく、王の権威を示すために作り出された架空のドラゴンなのだろう。しかし……空の龍エア地の龍ユルルングルも実在しているとなると、血潮龍イーコールの逸話はともかく、神話の元になったドラゴンはいるのかもしれない。

 赤いドラゴン、緑の野、そして豊かな川の水を現す青……それらが太陽に照らされて、白い床へ彩り鮮やかな影を落としている。

 用事の一つをさっさと済ませるために、広間の中央を横切って、階段へ向かう。

 よく磨かれた白い竜骨石の階段の真ん中には真紅の分厚い絨毯が敷かれていて玉座へと続いている国の顔とも呼べる場所だ。

 きょろきょろと辺りを見回していると、従僕が近くを通りかかった。


「おいあんた、ちょうどいい。これを陛下でも執事バトラーにでもいいから渡してくれ」


 声をかけ、鞄に入れていた資料を押し付けた。最初は迷惑そうに顔を顰めていた従僕だったが、俺が許可証を見せると慌てて目を見開いて跪いてうやうやしく渡したものを頭上に掲げて受け取ってみせる。


「そういう儀式的なものは平民の俺にはわからないからいいから。頼んだぞ」


 俺はそういって従僕へ背を向けた。

 妙に甲高い声で「かしこまりました」という従僕の言葉を聞き流しながら、大階段の横から奥へ伸びている通路へ向かう。

 そこでもう一度通行証を見せれば、やっと書庫のある棟へ入れる。

 窓もない静かな石造りの通路を進んでいく途中には、広間にあれだけ人がいたということを忘れそうなほど静寂で人通りもない。

 通路にところどころ置いてある火炎蜥蜴の油を使ったランプが足下を薄らと照らしている。


「はあ、気疲れしちまうぜ。それに……香水臭くて大変だった。それに比べてここはインクの匂いとホコリの匂いで落ち着くなぁ」


 書庫の扉を開くなり、思わずそう言葉を漏らすと艶やかな深緑の立襟の踝丈の服キャソックを身に纏った司書が眉を顰めた。

 軽く頭を下げて謝罪の意を示してから、深呼吸をもう一度して、部屋を見回す。 

 王都の書庫は、大型ドラゴンだって入れるんじゃないかってくらい広い空間には本が所狭しと並べられている。

 三階層からなるこの書庫は、詩集や流行の英雄譚、各所の遺跡から収集された神話、俺に似た変わり者たちが集めた生物の記録や、学者殿が記した図鑑が収集された場所だ。

 神話と図鑑の閲覧には、俺が持っている特別な通行証が必要になる。


「さて……と、まずは空の龍と地の龍の伝説を調べてみるか」


 目に付いた本を幾つか手に取って、俺は長机の上に並べた。

 司書が書庫を閉じるまでに、どれだけ調べられるかな……。頬を軽く叩いて、気合いを入れ直し、持ってきた本を片っ端から読み始めた。

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