34:友情と動揺
「内側は粘着性の糸でくっ付いているから、閉じた罠を開いてもうごけないはずだが、一応このまま運んだ方が安全かもな」
ボクとセレストに気が付いたニコは、少し高い位置にある蜘蛛の脚と糸製スプーンを顎で指しながらそう言った。
「外側は
パランの触手を使って罠を支えていた二本の支柱を折る。それから、地面に罠を降ろすとニコが顎をさすりながら色々と指示をしてくれる。
こいつらを引き渡しやすい形にまとめたボクたちは、ニコのツリーハウスへ戻ることにした。
「……ドラゴン避けがあるとはいえ、流石にパランの触手は危険かもしれないな」
「くるるるる」
言葉はわかっていないはずだが、パランが頭を地面すれすれに下げて少し不満げな声を上げた。
大きな目を瞬かせて、ボクをじっと見つめてくる。
「触手、しまえってさ。それに、危ないからお前はここで大人しくしてろよ」
「くぅ……」
パランは渋々と言った様子で肉色の触手を縮めると、尻部分にある尖った鱗の内側に丸めて花の蕾のように鱗を閉じた。
それを見て、ニコが目を丸くする。
「触手がしまえるのか? それなら問題は全くないぜ?」
「まさか神話で語られるような地の龍がこんな人懐っこいとはな」
「……まあ、な。普段は滅多に人前に姿を見せないんだが」
これは嘘じゃない。普段なら人間に姿を見られることなんてないし、見られていたとしても
それなのに、ニコやセレストを目の当たりにしたパランは襲うどころか二人にはとても協力的だ。
不思議に思いながらも、悪いことでは無いなと思う。
「ガ」
ヴォルトが短く鳴いて、嘴の背でニコの左腕を軽く押す。
困ったように笑いながら、ニコは義腕をうまく鞍の端にひっかけて、ヴォルトの背にひらりと飛び乗った。
「ロ、ロ」
エーテルも、最初にパランを見た時や、呑まれた時こそ怖がっていたが、短い間になにやら打ち解けたらしい。
顎を地面に付けて、上体だけ地面から出しているパランの様子が気になるのか、綺麗な声で鳴きながらパランに鼻先を押しつけたり、頭をぶつけたりしている。
パランも悪い気分ではないらしい。エーテルの呼び掛けに応じて短い声で返事を返したり、ぶつけられた頭を軽く押し返したりして遊んでいるようだった。
「帰るぞ」
ニコの一声で、ヴォルトは地面を数歩駆ける。そして後ろの二脚で力強く地面を蹴って空へ飛び上がった。
中型ドラゴンに負けないくらい大きな漆黒の両翼が空に広がった。
飛び立ったニコを見て、エーテルの背に乗ったセレストがボクの方を振り返って笑う。
「じゃあ、後で」
大きな音を響かせながら助走をしたエーテルが、跳ぶ。ゆっくりと空へ溶け込んでいく一人と一匹を見送ってからボクは自分の相棒の鱗を撫でた。
「行こうか」
パランの尾まで移動したボクは、閉じた鱗の根元を軽く叩く。触手を出してボクを鱗の内側に引きずり込んだパランは「くるくる」と喉を鳴らすように鳴く。
触手に包まれたボクは、落ち着く香りと湿度に包まれながら目を閉じる。ゴトゴトごりごりという小さな音と地面を掘り進める振動を感じながらつかの間の休息を得ることにした。
「ニュイ、これ」
パランは無事にツリーハウスにまで辿り着いたらしい。
閉じた鱗から吐き出されると同時に、セレストに水の入った木桶を差し出された。
首を傾げながら木桶を眺めていると、上の方からニコの声がした。
「
「これを呑めばいいのか?」
「体をゆすげ。まだ陽も差してるし、それは湯だから大丈夫だろ」
龍除けを無効にすると言われたときに、自分の体が強ばったのがわかった。頭では「こいつらはボクを排除しない」とわかっていても、染みついた反応はなかなか消えないらしい。しかし、出て行けと言われるのは慣れているが、自分の体質をこんな風に解決しようとするヤツがいるなんてな……。
黙ったまま木桶を持っていると、匂いを嗅ぎつけてきたらしいエーテルがこちらに近寄ってきた。
「エーテルは呑んだらダメだぞ。ちょっと向こうで待ってろって」
しっしとセレストがエーテルを追い払っているのを横目に、ボクはマントの留め具を外す。
なるべく全身をこの薬湯で流した方がいいのだろう。
鎧の留め具を解き、その場に落とす。それからサーコートを脱いで地面へ置いた。
「ああ、マントや鎧はそこの水場で洗ってからバルコニーで乾かし……」
「は……? え……あの、僕、その」
ボクがベルトと腰鎧を緩め、ボトムスをその場で脱いだ直後だった。
上からボクを見ていたニコは動きを止め、目の前にいるセレストはなにやら慌てている。
ボクの右腕を目の当たりにしても物怖じしなかったというのに、何を慌てているんだ?
何やら目を逸らしているセレストが持っている木桶を奪うように取り、柑橘系の爽やかな香りと甘さが混じる湯を体にかけた。
残った湯をマントにかけようとしていると、ツリーハウスの上にいたヴォルトがひらひらとした若草色の布を嘴にはさんでこちらへ降りてくる。
「と、とにかくそれを着ろって!」
「今すぐ! 僕は目を閉じておくから」
ニコとセレストがあまりにも大きな声を出すものだから、何も考えずにヴォルトの嘴から布を受け取った。
「一体どうしたんだ?」
薄手の外套のような服は、とても軽い。前を紐で結んでから、ボクはセレストの顔を覗き込んだ。
耳まで真っ赤にしたセレストは、ボクを横目で見て服を着たのを確認したからか、ようやく目を合わせてくれた。
その視線に嫌悪は混じっていない。が、それがどんな感情なのかは読み取れない。焦りにとてもよく似ている視線は、ニコからもボクに向けられているのがわかる。
「あんたら……ボクの右腕からだって目を逸らしたりしなかったってのに」
「不吉な義腕よりも、女の裸の方が俺たちにはびっくりするもんなんだよ」
そう述べたニコはくるりと背を向けて、ツリーハウスの中へ引っ込んだ。
ヴォルトがツリーハウスの上に戻るのを見ていると、セレストがボクの肩へそっと手を乗せる。
「びっくりしたけど、僕たちが友達ってことには変わらないからさ。あ、ああ……鎧とマントを洗うの手伝うよ」
それだけ言ったセレストは、落ちているボクの鎧とマントを拾って水場の方へ駆けていく。
二人の反応に戸惑いながら、ボクは自分のボトムスとサーコートを拾ってセレストの後を追いかけた。
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