33:龍呼びの子
「ロ! ロン」
「エーテル!」
揺れが収まって、触手が解けていくとエーテルが待ちかねたように外へ出る。すぐに動けるようになったところを見ると、吸い込んだ毒の影響はすくなかったみたいだ。
セレストがほっとしたような表情を浮かべて、地面に顎が付くくらい下げた頭をゆっくりと撫でている。
その視線は、とても優しいものだっていうことは、自分に向けられていなくてもわかる。
「この触手の匂いは強烈だ。
危機的な状況にも関わらず、楽しそうに声を弾ませているニコがこちらへ歩いてくる。
ジリリと熱を感じる視線をこちらに向けてきたニコは、顔半分をストールで覆ったまま鼻下を人差し指でさすって胸を張った。
「俺は人よりも鼻が良い。まあ、強烈な匂いの中じゃあそれが仇になることも多いんだが。だけどな、それでもなんとかするってのが腕のある
「なるほど。で、その手に持ってるのはなんだ?」
「ニュイ、少し血を貰うぜ」
ニッと笑ったニコが、右手に握っていた
ボクが頷いてマントの留め具を緩めたのを見たニコは、根元が切られているソレをボクの左腕にそっと当てた。
ほんの少しだけ腕が痛んだが、憎悪や嫌悪に満ちた視線に晒されているより全然痛くない。
「うえ……痛くないか?」
「平気だ」
牙の内側が満たせるくらいの血を溜めたニコが、牙を抜く様子を目にしたセレストが、眉間に皺を寄せてボクを見る。
まるで自分が刺されたかのように顔をしかめているのがおかしくて思わず口元を緩めていると、冷たいなにかが二の腕に当てられて「わ」と声を上げてしまった。
「化膿止めと、血の匂いを誤魔化す薬。毒じゃないから安心しろ」
草をすり潰して作った薬らしいものを塗ってくれたニコは、その上から細長い布を巻いてそう言った。
バンっと薬を塗った場所を平手で叩いて、ニコはボクに背を向ける。
「こいつをこれにかけてっと」
ボクから採った血をなにかと混ぜたニコが、一回り小さな
赤黒い液体が、
「俺は罠を起動させるから少し離れる。あとはセレストに聞いてくれ」
細工をした
罠を改めてよく見てみる。ずいぶんと不思議な形をしているようだ。
蜘蛛脚の先端を曲げたものを向かい合わせ、蜘蛛の糸をぐるぐると巻き付けて固定している。まるで蜘蛛の脚と糸で作ったスプーンみたいだった。
二本ある蜘蛛の糸と脚製スプーンは根元を縄で括られてくっ付けられているが、先端は逆にスプーン同士が離れるようにに設置されている。こちらも一本の縄で結ばれているが、根元とは逆に縄が限界まで引っ張られているようだった。
「ニコが言ってたんだ。多分、ニュイは特別なフェロモンを出しているからドラゴンに好かれやすいって」
これをどう使うつもりなのだろうか……と眺めていると、セレストが目を伏せながらぽつぽつと話し始めた。
「でも、僕はそれだけじゃないと思うってニコにも言った。それで、二人で考えたんだ。多分、これがうまくいけば
「言いにくいことか? 協力ならするから、教えてくれ」
いつもハキハキものをいうセレストが、珍しく言葉を濁している。
どういうことなのかわからなくて、ボクは思わずセレストに詰め寄った。
「君の声には、ドラゴンが好きな音が混ざってるんだ。で、
「はっきり教えてくれ」
「
「は?」
セレストは小さな声で「だからはっきり言いにくかったんだよ」と頬を膨らませる。
なんて返せばいいかわからないまま、ボクたちがじっと見つめ合っていると、エーテルが「ぐるるる」と低い声で唸りはじめた。
物陰に隠れているニコが「来たぞ」と大きな声を出す。
「笑えと言われても」
急には笑えない。叫べだとか、怒鳴れと言われたならまだ簡単にできたものの……。
それか、痛がれと言われた方がまだマシだ。
ボクが戸惑っていると、セレストが両腕をこちら側へ伸ばしてきた。
「ごめんね」
顔を逸らしながら謝ったセレストは、ボクのマントの内側に手を入れた。
「くく……やめ……あはははは! あはは! はは、やめろ」
軽装の胸元を覆う鎧しか身に付けていないことを少しだけ後悔した。
脇下や首元におずおずと指を這わされて、笑いが込み上げてくる。慣れない感覚にむずむずしながらも、羽音がしている方向へ目を向ける。
視線の先では、
「さあ、こっちへ突っ込んでこい」
ニコが、ボクの血を染みこませた
猛り狂った
笑いすぎて息も絶え絶えになりながらもボクは、女王を追いかけるようにしてひとまとまりの球になって進む
「今だ」
バツン! と大きな音がして、ニコが義腕を思いきり振り下ろしたのが見えた。
反対側ではヴォルトが鋭い嘴で罠の先端を繋いでいた縄を噛みきっている。
手と手を打ち合わせた音を何倍にも大きくさせたような……巨人がいて、そいつが手を打ち合わせたらこんな音がするんだろうなってくらいの音が響いて、思わず目を閉じて耳を塞いだ。
耳鳴りがする中で目を開くと、
罠の間には、
先ほどの大きな音はこのせいか……と罠を眺めていると、瞳を輝かせたニコがこちらへ駆けてきた。
「大成功だ!」
「……よかった」
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
ニコとセレストが右手と右手を高く上げて打ち合わせる。
酸欠で倒れそうになりながらも、ボクはニコと、セレストに右腕を差し出した。
「お前のおかげだよ」
パンという乾いた音と、心地よい痛みが右手の平に走り、ニコはボクの肩をバンッと力強く叩いて罠の方へ歩いて行く。
「おつかれさま」
グッと右手を掴まれて、引っ張られた。
目と目を合わせると、陽だまりのように穏やかな温かさを感じて緊張が解けていく。
「おう」
セレストが、真っ直ぐな髪をサラサラと揺らして笑う。
手を解いたボクたちは、罠の様子を見ているニコの方へ二人で向かった。
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