31:役割分担

「大丈夫。不意打ちをすることには慣れているから」


 それだけ言って、前を向いて地面を蹴った。

 ボクのマントも鎧も、不吉な色だと忌み嫌われる。けれど手放さないのは理由がある。闇に溶け込みやすいからだ。色合いがそうだからってだけではない。マントに使っているドラゴンの革は、目以外で獲物を探す獣やドラゴンすら欺く性質を持っているらしい。パランを襲いに来て、返り討ちに遭った人間から奪ったものなので詳しくは知らないけれど、手に入れてからずっと重宝しているものだ。

 大黒土蜘蛛スキュラが、目の前に近付いたボクを見てゴワゴワとした毛を逆立てて、二本の前脚と腹側に寝かせていた鋏角二本の牙を持ち上げた。

 こいつは、それなりの回数狩猟を頼まれたから知っている。こいつは尻からだけではなく、足先から糸を出すことに気をつけないといけない。だが、頭を潰せば脅威では無い。それと……尻部分は決して傷つけてはいけないことも。


「……悪いな」


 忌々しい右腕だが、パランが動くべきではない時はとても役に立つ。筒に入っている薬は僅かだがボクの腕以外の部分にも作用して、身体能力も跳ね上がる。

 一般的な男よりも非力なボクは、残念ながらこの忌々しい右腕のお陰で他人の手を借りずに生きてくることが出来た。

 闇の中で暗く輝く鱗は逆立ち、獲物を求めていることがわかる。熱が身体中を駆け巡り、目が暗闇に慣れてくる。大黒土蜘蛛スキュラに生えた毛の一本一本までを視認しながら、ボクは指先に力を入れた。

 薬筒を右肘に嵌め込んでいる今なら、ボクの右腕は大型ドラゴンパランの前脚と同等の力を発揮できる。

 伸ばした爪が、大黒土蜘蛛スキュラの頭にめり込み、八つある目の真ん中をなんの重みも感じずに裂いていく。

 本来ならば、大黒土蜘蛛スキュラの甲殻は鉄の剣を通さないくらい硬い。だから、狩人ハンターの中でも腕が良いものしか依頼を受けられない。

 その分高額だし、大黒土蜘蛛スキュラの素材は狩人ハンター業にも役立つのでメダルではなく素材を折半という形になりやすいらしい。

 だから、ボクみたいな非正規でメダルでの報酬を欲しがる狩人ハンターもどきに依頼をしてくるやつは多いのだ。

 大黒土蜘蛛スキュラが地面に腹を着く。まだ薬効は残っている。

 八本の脚を根元から切り落とし、ボクは空っぽになった筒を腕から外して、ポーチへしまった。


「これ、持ってくれないか? 強化していない状態じゃあ、運べそうにない」


「……すごいな」


 ボクの元まで飛んできたエーテルに乗っているセレストが、こちらを見てそう声を漏らした。

 その視線がいつも通り温かいことに安堵しながら、ボクは右手を軽く挙げて応える。

 あとは、洞窟の外に居る蚊龍レヤックたちだが……もう手元に残った薬筒はない。

 どうにかパランを含めた三匹で女王蚊龍クイーンレヤックを倒せればいいのだが……。


「ぐるるるる」


 パランの低い唸り声が聞こえる。どうやら、蚊龍レヤックたちが動き始めたらしい。早く戻った方がいいな。

 セレストの後ろに乗り、エーテルに大黒土蜘蛛スキュラの胸あたりを咥えて運んでいると、先ほどからじっと目を閉じてヴォルトの上で腕組みをしていたニコがパッと目を見開いた。


「そうだ! この手があった」


 手綱を引かれたヴォルトが、ボクたちの横を風のように通り抜けて、転がっている大黒土蜘蛛スキュラの足を数本嘴に咥えて、すぐに踵を返して戻ってきた。


毛氈苔モウセンゴケ! これだよ」


 器用に左義腕の先端で、太腿ほどの太さはある大黒土蜘蛛スキュラの足をひっかけながらニコは目を輝かせて大きな声を出す。

 しかし、何を言いたいのかいまいち掴めずにボクは首を捻る。セレストなら通じただろうか? と様子を覗ってみたがセレストもボクと同じように首を傾げながらニコの方を見つめている。


大黒土蜘蛛スキュラの死体はまだ新鮮だ。腹を押せば糸が出る」


 パランの唸り声が大きくなる。

 どうやら、蚊龍レヤックたちはやわらかい触手に噛みついているらしい。体の大きなパランには、蚊龍レヤックの毒が効きにくいが、柔らかい部分を噛まれれば痛いらしい。

 苛ついたように触手を振り回しているお陰で、洞窟の天井からバラバラと瓦礫が落ちて、何匹もの蚊龍レヤックたちを押しつぶしている。

 しかし、蚊龍レヤックたちの勢いは衰えた様子がない。このまま長期戦になれば不利だ……。


「糸と足で罠を作るぞ! 人工毛氈苔モウセンゴケを作るんだ」


 ニコに作戦があるらしい。モウセンゴケというものがわからないが、セレストはなにか知っているらしい。

 大きな声で「わかった」というと、エーテルの背びれを拳で叩く。


「ロ」


 楽器のような透き通った音でエーテルは一鳴きすると、口から大黒土蜘蛛スキュラの体を離した。それと同時にセレストはエーテルの背から飛び降りる。


「え?」


 あっというまのことで、事故か故意かわからずに肝を冷やしたが、どうやら故意だったらしい。セレストのことはヴォルトがうまく背中で受け止めたらしい。


「僕とニコで罠を作るから、時間を稼いでいてくれ」


「は? エーテルはどうするんだよ」


「大丈夫、ニュイの言うことなら聞くはずだから」


 ヴォルトと共に、セレストは大黒土蜘蛛スキュラの腹あたりに留まっている。


「ボクはパラン以外のドラゴンの扱い方なんざ知らないぞ」


「ロ、ロ」


 セレストに声は届かなかったのか、返答はない。その代わりに、パランに近付きながらエーテルがボクの方を見て短く二度鳴いた。

 この体質のせいかはわからないが、ドラゴンはだいたいボクに優しい視線を向けてくれる。

 座る位置を前に直しながら、ボクはエーテルの背中をゆっくりと撫でてやると、素直なこの空色のドラゴンは真っ直ぐ前を向いた。


「仕方ない。お前の主人の頼みだ。言うことを聞いてくれよ」


「ロロン」


 綺麗な音を響かせながら、エーテルはパランの横を通り過ぎていく。


「くるるるる」


「パラン、もう少し耐えてくれよ」


 目をぱちくりとさせながら、パランが甘えたような鳴き声を出す。

 ボクの声はしっかりと聞こえていたみたいで、パランははりきったようにすっかり寝かせていた鱗を持ち上げはじめた。

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