29:地の龍《パラン》

「エーテルの鱗も、ヴォルトの翼も蚊龍レヤックの牙を通さないからいいものの……」


「一度離脱するぞ! 龍除けの粉で煙幕を張る」


 ボクを背に乗せたまま、セレストの操るエーテルは高度を上げた。その後ろをニコが乗ったヴォルトが追いかけるような形で飛んでいる。

 小さくすばしっこく動く蚊龍レヤックからの攻撃は致命傷にならないものの、こちらの大振りな攻撃も当たらない硬直状態が続いていた。

 数十匹をなんとか倒したところで、ニコの指揮にしたがってボクたちは蚊龍レヤックの渦から抜け出した。

 視界が白む中、セレストは素早いヴォルトを見失わずに煙幕を抜け、ツリーハウスを跳び越えた先にある洞窟までエーテルを飛ばした。

 ぽっかりと岩肌に口を開けた洞窟の入り口には、ヴォルトとニコがいる。

 ニコは洞窟の奥を気にしていたが、ボクたちが来ると片腕を上げて「大丈夫だ」と大声で伝えてくれた。


「よく見失わなかったな」


「僕、耳がいいんだ。ヴォルトの羽音は独特だから追いやすかったよ」


 ニコの言葉に素直に応えるセレストを見て、ああ、そういえば出会った日にそんなことを言っていたなと思い出す。

 にこやかにそう告げるこいつに、自分はまだ秘密を打ち明けていないことを心苦しく思う。

 きっと、ニコも、セレストもボクがドラゴンを呼ぶ体質以外の秘密があるなんてことを知っても、ボクを貶したりはしないとわかっている。

 それに……洞窟の奥から強い視線を感じる。

 今、言ってしまおうか? そう思って口を開こうとしたけれど、それはニコの大きな声で遮られた。


「滑らかな表面、乳白色、それに人差し指くらいの大きさ……、こいつだ」


 ヴォルトの背から降りてきたニコの手には、一匹の蚊龍レヤックの死体が握られていた。

 ニコは、蚊龍レヤックの口を開いてボクたちに見せながら、興奮気味に話を続ける。


「こいつらの牙は、獲物に突き刺してそのまま血液を吸えるように管みたいになっている。先端を塞いで蓋を付ければ……多分お前が使ってる薬筒が作れるはずだ」


 薄汚れているようだが、確かに蚊龍レヤックの口に生えている一際大きい一対の牙はボクが持っている筒によく似ているように思えた。

 ポーチの中から筒を取りだして、横に並べてみると、大きさも、少し湾曲した先端もそっくりだ。


「やっぱりな。あとはどうやってあいつらを一網打尽にするかだ……。大きな袋みたいなもんか……デカい毛氈苔モウセンゴケみたいなもんがあればいいんだが」


 顎をさすりながら、ニコは遠くで渦巻いている蚊龍レヤックの群れに目をやった。


「龍除けの粉を巻いても散り散りにならないなら、一気に捕まえるしか無いもんなぁ」


 エーテルの体には蚊龍レヤックの牙こそ鱗を貫かなかったものの、牙を通してまき散らされた毒液が鱗に付着している。

 口元をストールで覆ったままのセレストが外套の内側から出したなにかの薬草でエーテルの体を磨きながらそうぼやいた。

 ボクの腕を使ったとしても、アレだけいる小型のドラゴンを生け捕りにすることは難しい。

 ……悩んでから、ボクは自分の考えを口にしてみる。


「なあ、ボクの話を聞いてくれるか?」


 二人の視線がこちらへ向いた。好奇心と疑問。チリリと肌を焦がすような視線を浴びながら、ボクは息を深く吸って胸元に手を当てる。

 大丈夫だと自分に言い聞かせて、言葉を続けた。


「ボクは、誰からからの視線を別の感覚として受け取ることが出来る。もちろん全部わかるわけじゃないが……敵意なんかは軽い痛みとして割と正確に感じ取れるんだ」


 二人からの返答はない。だけど、拒絶も、嫌悪も感じない。

 嫌われないとわかっている。そうだと思う。いや、違うかもしれない。

 指先が震えて、声も上擦ってくる。それでも、何も言わないでボクの言葉を待ってくれる二人のために、勇気を出して言葉を吐き出していく。

 背中に纏わり付くような視線が徐々に強くなり、ニコとセレストが何かに気が付いたのか洞窟の奥へ視線を向けているのがわかる。

 エーテルの鱗が逆立ち、太陽みたいな色の瞳を丸くしている横で、ヴォルトも羽根を膨らませて低く唸っている。


「それで……朝、蚊龍レヤック以外にボクを見ている視線を感じた。気のせいだと思っていたんだが」


 ずず……と何かを引きずるような音と、くるるるるるという聞き慣れた声が聞こえてくる。

 着いてくるなと言い聞かせていたけれど、この過保護で心配性なドラゴンにそんなことは出来なかったらしい。


「どうやら、違ったらしい。こいつは悪いやつじゃないって信じてくれるか?」


 警戒の色が見えながらも、二人はゆっくりと首を縦に振ってくれた。

 ホッとしながら、ボクは後ろを振り向いて、よく知っている音を出しているに声をかける。


「パラン、出てきていいよ。ったく、追いかけてくるなって言ったのに」


 せり上がりながら近付いてきた地面の盛り上がりは、ボクの数歩分後ろで止まると、ゆっくりと紫がかった黒色の嘴が地面の中から出てきた。


「こいつは……」


 洞窟の入り口は、大きな家屋なら丸ごと入るくらい高い。だが、その天井すれすれまで頭を出してもパランの体は半分くらいまでしか露出していない。

 鳥のような鋭い嘴、常闇をそのまま嵌めたような漆黒の大きな瞳、紫がかった黒色の鱗は首周りに生えているものはトゲトゲとしているけれど、体を覆っている鱗は蛇にずいぶんよく似ている。


地の底ユルルングル


 目を輝かせたニコが、掠れた声を漏らす。

 パランは、頭をべたりと下げてボクの左脇の下へ嘴の先端を押し付けて、無理矢理ボクの腕を持ち上げた。


「くるるるるる」


 寂しげに鳴いたパランの鼻先を撫でて、肩を竦めて前を向いた。

 先ほどまで警戒をしていたエーテルと、ヴォルトが興味深そうに体を前のめりにしている。


「ロ、ロ」


「くるるる、る」


「ガァ」


 三匹は何かを確かめ合うように、短く鳴き声を出し合っている。

 ボクたちはドラゴンや獣となにもかもちがう。だから、彼らがどんなやりとりをしているのかはわからないけれど、敵意を抱いていないようなのでひとまず安心する。


「それで、こいつを使ってどうするんだ?」


 腰に腕を当てたニコが、唇の片方を持ち上げてニヤリと笑う。


「教えてくれよ、ニュイ」


 ボクの右腕に触れながら、興奮したように話しかけてくるセレストの視線を心地よく感じながら、大きな目をゆっくりと瞬かせているパランへ目を向けた。


「こいつの尾を使う」

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