27:静寂と平穏

「焦げた葉っぱ?」


「ふふん。こいつはナマズの包み焼きだ」


 ボクを見て、ニヤリと笑ったニコが左手先端についているフックを使って、器用に焦げた葉同士が重なっている部分を剥がしていく。

 ゆっくりと開いていく葉と共に、なんだか甘い果実みたいなやさしい香りと、魚肉の香りが混ざり合って空腹を刺激する。

 もくもくと湯気が立ち上っているナマズ肉は入れられた切り目から割れるように分かれていて、白身部分には小指の先ほどの木の実や、何かの粉がまぶされている。

 酒場で出されるような食べ物にありつけるとは思っていなかった。驚いていると、ニコは棚から出してきた黒パンをバナナの葉の上に数枚置いた。

 皿代わりの固いパントレンチャー以外のパンにありつくのも久し振りだ。


「……これをボクたちに?」


「仕事を手伝ってくれた礼だ」


 思わずニコに確認をしてから、生唾を飲み込む。この右腕のこともあり、酒場で食事を取る機会は少ない。金を支払ったとしても、ボクの腕を気味悪がった店主が注文通りに食事を提供してくれないことなども多々あった。

 頷くよりも早くボクは料理に手を伸ばした。ほろほろになった柔らかいナマズの肉を指でつまみ、パンの上に載せて口へ運ぶ。

 ナマズは生臭いし、土臭いし好きでは無いけれど、腹が減っている今は何を食べても美味しく感じるだろう。それに、ボクによくしてくれた相手が作るものだ。味が好きでは無くても吐き出すような真似だけはしない。そう心に決めて熱々のナマズ肉を噛みしめる。


「あれ」 


 一口かじってから、首を傾げる。

 それから、手にしているものをしっかりと見て、まだ湯気をあげているナマズの蒸し焼きと見比べた。

 美味しい。泥の匂いも、生臭さも、苦さも感じない。大きな葉っぱで包んで焼くだけでこんなに味が変わるのか?

 肉や魚なんて焼けばいいだろうくらいにしか思っていなかったが……。

 気が付けば、もう一口、さらに一口……と、どんどんナマズの肉を口に運んでいた。


「お前らが獣について調べてる間に作っておいたのさ。どうやら、不味くは無いみたいだな」


 ニコの声を聞いて、手を止める。

 一息を吐くついでに隣を見ていると、セレストは背筋をまっすぐと伸ばし、ナイフを使って器用にナマズを一口大に切って口に運んでいた。それからよく咀嚼をして飲み込む。

 ずいぶんゆっくり食べるんだな。まるで貴族みたいだ。そう思いながら、セレストを眺めていると、葉の上にたまっている魚のゆで汁にパンを浸してから食べていた。ボクも真似をしようとパンに腕を伸ばす。


「めちゃくちゃ美味しいよ。本当にありがとう」


 ボクがパンを頬張っていると、隣からそんな言葉が聞こえた。

 

「うまかった。ありがとう」


 慌ててパンを飲み込んで、ボクもセレストの真似をして頭を下げると、ニコは満足そうに笑って腰を下ろし、自分も食事をはじめた。

 セレストとはちがって、こいつは二本の細長い木の棒でナマズの肉を挟み、器用に口へ運んでいく。

 色々な食い方があるんだな……と感心しながら、ボクは残っているパンを口に放り込んだ。

 ナマズの骨についた肉をかじっていると、パンを咀嚼しているニコが左腕を伸ばして、木箱の上に置かれていた板を手に取った。

 セレストは食事を終わらせて、ナイフを鞣した皮で磨いているし、ニコは黙ったまま目を伏せて板に刻まれた文字を読んでいるらしい。外からは獣や虫の声が絶え間なく聞こえている。静かで穏やかな夜だなと思った。


「……」


 なんだろう。変な気分だ。黙っている二人の横顔をランタンの内側でチリチリと油を燃やしながら炎が燃えている音を聞いていると、だんだんと瞼が重くなってくる。


「ニュイ」


 名前を呼ばれて、右腕を掴まれた。

 注がれる視線もランタンの光みたいに温かい。誰だか確認をしなくても声と視線でわかる。体に触れられても嫌では無いのは、きっとこいつはボクに危害を加えてこない。

 そのまま腕を引っ張られたので立ち上がって、セレストに手を引かれて歩く。


「ここで寝て良いってさ」


「ああ」


 目を擦りながら、言われるがままその場で横たわった。

 おかしいな。普段はパランがいないところだとろくに眠れないはずなのに。腹も満たされて、なんだか体もポカポカするし、横たわっている場所はふかふかとしていて、ほのかに果実に似た香りがする。

 体を丸めて、微睡みに身を任せた。右手に触れている人の体温が離れていく。それは寒くて嫌なので離れていこうとする相手の手首を掴んで引き寄せる。

 鎧を着けたままだ……なんて頭の片隅では思いながらも体が重くて動けない。だが、これは嫌な重みでは無く、心地よい重みで不思議な感覚だ。

 パランの触手に包まれているときと似た安心感。

 するりとボクの手から相手が離れる。まあいいか……と今度は引き留めずにそのまま夢との境目のふわふわした感覚に甘んじる。


「ニコ、ありがとう。僕はもう少し手伝うよ」


「助かる。……それにしても、こいつはどんな目に遭ってきたんだか。ドラゴンの前脚で掴まれながら運ばれるだとか、ドラゴン狩りのデコイとして売られるとか」


 二人がボクのことを話しているのをなんとなく耳にしながらも、目を開けないまま意識を完全に手放した。

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