26:未知への関心

「今から、王都近辺に生息している角がある獣とドラゴンを片っ端から調べていくぞ。お前らには獣を担当してもらう」


 本を両腕で受け取ったボクの顔を見ながら、ニコはそう告げた。


「ボクは字が」


 読めないんだ……と言おうとしたけれど、それを言い切る前にニコが身を乗り出してきて、本を開く。そして、開いた部分を覗き込みながら腕を伸ばしてきた。


「これと同じ形の模様を探せ。これが王都って意味の文字だ」


 ページの左上部を指でトントンと軽く叩いた。そこには、なんとなく見覚えのある模様が並んでいた。

 しかし……ボクがそんな学者のような真似をしてもいいのだろうか。分を弁えろと養父に言われて殴られた記憶が浮かんで、僅かに体が強ばる。

 喉に見えない石でも詰まったみたいだ。うまく声が出せない。

 なんとか話そうとするけれど、陸に打ち上げられた魚のように唇だけがパクパクと開閉するだけで声が出ない。

 めまいがしてくる。息苦しくて、思わず胸元に手を当てた。


「うわー! これすっごいな。生の狩人ハンター文字なんて初めて見た。あ、でもほとんとは共用語だから、僕が教えられる。一緒に探そうぜ」


 隣から急にヌッと伸びてきて、手が肩に回される。一瞬ビクッと体を竦ませてしまったが、そんなことは一切気にした素振りを見せずにセレストはボクの顔を覗き込んで笑った。


「あ、ああ」


 見えない石は、セレストのお陰で消えてくれたみたいだ。声が出て安堵する。

 額に浮かんだ冷や汗を腕で拭って、ボクは指先が震えているのを悟られないようにゆっくりと動きながら、本の両端を手で持った。


「角のある獣の名は、この板に尖筆で刻み込んでくれ」


 いつの間にか立ち上がっていたニコが、積み上げた本と本の間から一枚の板を引き抜いてボクたちに放り投げる。

 それから、ごちゃごちゃに色々なものが並んでいる棚から、灰色でツヤツヤとした棒を取りだしてセレストへ渡した。

 何かの爪を加工したのか、その棒はゆるやかに曲がっている。


「僕は共用文字しか書けないけど、いい?」


「ああ、十分だ」


 ニコが頷くと、セレストはボクに体をぐいっと寄せてきた。


「よーし! 一緒に探そうぜ」


「努力する」


 ボクの肩を抱き寄せたセレストは、本へ目を落とす。

 金色の髪からほのかに漂ってくるどことなく爽やかな酸味のある甘い香りは、恐らく野生のドラゴン除けの匂いだろう。

 最初にニコが開いたページに書いてある獣の名前を木の板にガリガリと彫ったのを確かめて、ボクは少しざらつく羊皮紙を指で捲った。


 どのページにも、絵と文字が描いてある。木炭のようなもので描かれているページもあれば、鮮やかな顔料を使ったものまで様々だ。

 時々、変色した血が垂れたような跡や、乱れた筆記などがある。そして、大きく太い字で書かれた決まった文字。

 ボクが手を止めていると、セレストが耳に口を寄せてきた。


「これは危険って書いてある」


 吐息が耳に当たってくすぐったい。体を仰け反らせながらセレストを見ると、ケラケラと笑いながら「ごめん」と謝られた。

 危険と書いてあったページに描いてある獣を思い出すと、確かに体が大きかったり、鋭い牙や爪があったりするものばかりだったように思う。


「こいつは……牙も爪もないが、なぜ危険なんだ?」


「ええと……ああ、こいつは矢毒蛙フィロベイツ。毒があるってさ。僕も見たことはない種類だな」


 鮮やかな目を引く黄色は、目から背にかけての縞模様も相まって蜂を思わせる。

 森林狼ほどの大きさなのだと、文字を読んだセレストが教えてくれた。


「毒を遠くまで飛ばすんだってさ」


「へえ……見てみたいな」


 それを聞いたセレストがバッと本から顔を上げて急にボクの方を振り返るものだから、変なことでも言ったのかと思って冷や汗が背を伝う。

 しかし、そうじゃないということは、こいつの満面の笑みですぐにわかった。


「一緒に、そのうち見に行こうな」


「あ、ああ。あんたが嫌じゃ無いなら」


「約束だぞ」


 それから、やけに上機嫌なセレストと共にどんどん本を読み進めていく。

 泥岩河馬ベヘモト水棲馬ケルビ六眼大猫シャパリュ……王都近辺ではどれも見たことが無いし、獣に強い関心なんてなかったがセレストがいちいち「この獣はこうらしい」と話してくるのでついつい「実際にこの獣を目の当たりにしたとき、こいつはどう笑うんだろう」と考えている自分がいた。

 お互いの用事が済めばきっとこいつは自分の家に帰って、ボクはパランの元へ帰り、次に会う保証なんてないってのに。 

 少し、体の内側が寒く感じて戸惑う。だが、体の不調というわけでもなさそうだ。

 角のある獣の名前を木の板に彫っているセレストの横顔を見つめながらぼうっとしていると、ニコがボクの名を呼んだ。


「もういい時間だ。飯でも食おうぜ」


 そう言いながら、ニコはランタンに火を灯して立ち上がり、入り口とは反対方向の扉から出て行った。


「つっかれたー」


 木箱の上に板と尖筆を置くと、セレストは思いきり伸びをして、ボクが持っていた本を持ち上げる。


「あのさ」


 扉が開く音と共に、香ばしい匂いを風が運んでくる。

 ニコは足で器用に扉を閉めてこちらへ戻ってきた。


「とっておきのもてなしだ。ありがたく食えよ」


 じっとボクを見ていたセレストだったけれど、なにやら慌ててニコへ視線を向けた。

 そして、ニコが焦げた葉っぱで包まれた何かを持っているのを見て、板と尖筆を別の木箱へと移動させる。


「お。ありがとな」


 ニコはセレストに笑いかけると、手に持っているものをボクたち目の前に置いた。

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