25:地の底《ユルルングル》
「冥府の番人と呼ばれるドラゴンに、心当たりがないヤツの方が少ないと思うが」
ニコの言葉に、隣で静かにしていたセレストも大きく首を縦に振って頷く。
ふむ……と腕を組んで、首を傾げていると、向かい合うように座っていたニコがグイッと身を乗り出してきた。
その視線に嫌悪の感情は感じられないが、ほんの少し怒りがこもっているのか、二人から見られている箇所が僅かに痛む。
「それよりも、前脚に掴まれてたってのはどういうことだ?」
「ああ、あんたには言ってなかったか。ボクが怪我をしたり、泣いたりするとドラゴンが寄ってくるんだ。だから
なるほど。そこの説明が疎かだったから怒っていたのか……。そう納得しながら、こちらをじっと見ているニコに説明を付け加える。
「右腕も、元々はドラゴンに喰われて失ったはずだったんだが、そのままどこかへ運ばれ目が醒めたら腕がこうなっていた。養父が言うに、これで少しは金になったとのことだったが」
「は」
ニコが丸く目を見開いた。隣からセレストの刺すような視線がまとわりついてくる。
二人からの怒りの感情をともなう視線に戸惑いながら、ボクはかぶりを振ってこう付け加えた。
「元々殺されるはずだった命だ。仕方が無い」
「お前」
ぬっとニコが右腕を伸ばしてきて、ボクの胸ぐらを掴む。
ああ、殴られるのか……。理由がわからないのはいつものことだが、それにしても不思議なものだ。嫌悪の感情はないけれど、ボクを見ている二人にはその代わりに悲しみに近い感情がこもっていることがわかる。
他者の視線によって、肌が痛んだり熱を感じたりすると伝えたら、彼らはもっと悲しむのだろうか。
「……いや、いい。お前に怒っても仕方ないことだ。それよりも」
そんなことを思いながらぼうっとしていると、ニコは何もしないでボクの胸ぐらから手を離した。
隣からセレストがホッと息を漏らした音が聞こえて、どうすればいいかわからずにボクは開いていた口を閉じて、思案する。
何か言うべきなのだろうか? しかし、ニコが怒った理由もわからなければ、悲しむ理由もなにもわからない。
こういうときに何かを言っても事態を好転させにくいという経験だけはある。
「冥府の番人と呼ばれるドラゴンの別名は
ボクが戸惑いながらも沈黙を選んでいると、ボサボサの髪の毛を乱暴に掻いたあとに「悪かった」と小さな声で言ったニコが、そのまま話を続けた。
それは、聞いたパランを指す言葉だった。初めて聞いた言葉だけれど、あの巨大でしなやかな体にぴったりな響きだ。
「紫がかった黒い鱗に覆われた巨大なドラゴンで、土の中や洞窟など日光を避けて暮らす。空を飛ばない種類のドラゴンだ。これくらいのことなら俺も知っているが、伝承でも語られることは少ないからな……。触手を体のどこかへ生やしていて、それで人々の魂を抱えて共に眠るって伝承もある」
「ボクの知っているパランは、頭のてっぺんと首の周りには棘のような鱗がある。それと……短い二本の前肢はあるが、後ろ肢はない。その代わりに、尾の部分に複数本生えている肉色の触手がとても器用で、それで獲物を捕まえるんだ」
「ってことは、触手はないけど、ニュイの見せてくれた右腕に似てるってことだな」
セレストがボクの右腕を指差す。その視線に相変わらず嫌悪の色が浮かんでいないことに安堵しながらボクは頷いた。
「それにしてもまさか、空の龍の乗り手と、地の龍の乗り手が同時に来ちまうなんてな」
大きく溜め息をついて、顔の前で組んだ指にニコは額を乗せてうなだれる。
目元は見えないが、僅かに除く口元は確かに笑みを浮かべていた。
「ボクの言うことを信じるのか? 大抵はウソだと疑われるんだが」
「まあ、その右腕も見せて貰ったし」
顔を上げたニコが、ボクの右腕を指差しながら明確に笑う。
それから、褐色の二つ並んだ目玉がボクを捉える。こいつの視線に込められた感情はセレストみたいに単純では無いからボクには読み取りにくい。だが、嫌悪や憎悪みたいなボクに対する悪い感情がこもっていないことくらいはわかる。
「ニュイ、お前はウソを吐くようなやつに見えないからな。ああ……それに、セレストも同じだ」
「え」
「そうだろ? 僕もさっき知り合ったばかりだけど、こいつはいいやつなんだって」
ボクが思わず漏らした疑問の声は、隣のセレストの声でかき消されたらしい。
嘘を吐いたことはあまりないが、人は自分の理解出来ない話や、聞きたくない話を嘘だと断じて、いらない話をしたものを殴るような個体ばかりだと思っていたのだが。
機嫌が良さそうに目を閉じて、ニコはそのまま話を続ける。
「
右手で顎をさすりながら、ニコはもう一度ボクの右腕へ目を向けた。それから腕を組んで、木箱の上に並べられた五本の筒へ目線を移す。
「加工技術はとんでもないもんだが、材料はありふれたものかもしれねぇな」
そう呟きながら、ニコは床に積み上げられていた分厚い本の一冊へ手を伸ばし、それをボクの方へ放り投げてきた。
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