24:龍の義腕

「腕をどうこうして欲しいワケじゃ無いんだ」


 ボクは、震える指先をなんとか抑えながらベルトにぶら下げているポーチを開いた。蓋になっている部分をめくると、人差し指くらいの太さの筒が五本縦に並んでいる。

 毒や薬を使う狩人ハンターや、龍騎士ドラグライダーに人気の様式デザインらしい。


「この悍ましい腕は……こうしてこの筒に入っている液体を注ぐと変化する」


 入っていた筒を五本全部取りだして、木箱の上に並べた。表面の滑らかな乳白色の筒を、二人は息を飲んで見つめている。

 一本だけを左手で摘まんで持ち上げた。それから、ボクは右腕を曲げて関節部分の中心に空いている円形の溝に差し込む。

 指先で筒をつまみ、手早く左に回すと、カチリと小さな音が鳴り、こぽこぽと液体が注がれて、気泡が筒の中に浮かぶ音がする。


「離れてくれ」


 覗き込むようにしていた二人にそう注意をして、ボクは木箱から腰を上げた。体の中を熱が駆け巡る感覚がして、腕が僅かに痛む。

 パキパキと薄氷を割るような音が響き、ぺたりと凪いでいた腕の鱗が徐々に持ち上がっていく。

 手の甲にある小さな鱗がまず起き上がる。それから手首を一周するように生えている棘のような鱗が花が開くように隆起する。

 手首から肘、肘から肩にかけて……とゆっくりと鱗が立ち上がる様子を二人は黙って見守っていてくれた。


「すご……」


 耳に入った声が、否定でも蔑みでもなくてホットする。セレストから注がれている視線は相変わらず心地よい。それに、ニコからの視線にも肌を刺すような痛みも熱も感じなくなっていた。

 二人がしっかりと義腕の変形を見届けたのを確かめて、ボクは再び乳白色の筒に手を伸ばす。筒の尻部分をつまみ、右に回した。

 ゆっくりと鱗は倒れていき、手首の周りを覆っている棘のような鱗が寝たのを確認してからボクは木箱に座り直した。


「今、この筒は五本あるが、使えるのは今のを除いてあと一本だ。三本は壊れていて使えない」


 ボクは窪みから抜いたばかりの筒と、壊れた筒を一つずつ手にしてからニコに向かって差し出した。

 ニコは右手でそれを受け取る。


「あんたは、獣にもドラゴンにも詳しい。こいつが何で出来ているか、心当たりがあれば教えて欲しいんだ」


「……こいつぁ」


 ニコは、二本の筒を指先で摘まんであちこち見回したり、見比べたりしている。

 乳白色の筒は、光が当たると滑らかな表面が反射してツヤツヤと輝く。内側に入っている液体も、平らに削ってある底部分にうまく腕の溝を合わせないと出てこない仕組みになっている。

 しばらくじっと筒を見ていたニコは、木箱の上に頬杖をついて目を閉じながら唸った。それから、タンタンタン……と一定の間隔で床を足で叩く。


「いくつか心当たりはあるが、こいつの中身がわからねえことにはなんともいえないな」


 筒を指先でなで回した後、ニコが目を開いてボクを見る。真剣な視線は、セレストに見つめられる時と同じく、嫌なものではなかった。

 中身を言えば、今度こそこの二人に嫌われてしまいはしないだろうか? と不安が脳裏をよぎる。

 少し考えてから、ボクは姿勢を正した。


「少し、待ってくれ」


 二人が頷いたのを見てから。息を胸いっぱいに吸い込んで、時間をかけて吐き出す。

 誰もボクが口ごもっていても罵倒をしてきたり、殴りかかってきたりしない妙な空間だった。

 どちらにせよ、話さなければボクの腕は完全な能力を使えなくなってしまう。右腕のことを知っても、こいつみたいに笑い飛ばすような狩人ハンターに、この先で会えるとも限らない。

 ここで言うしかない。


「……中身はパランの血だ。それと……瘧草イリリアの煮汁を少々」


「パランってのは? 聞いたことが無い獣の名だな」


 ニコにそう聞き返されて、変な汗が背中を流れた。口の中が乾いて、喉が張り付いたように掠れた声しか出ない。

 くっついた唇を苦労して剥がすように、ゆっくりと開いた。


「その……パランは、親友ドラゴンの名前だ。種類では無く……識別名としての……。ボクは詳しくないから、種類はわからないけど」


 二人がボクをじっと見ているのがわかる。

 ドラゴンや獣の知識なんてどうでもよかった。獲物から取れたものではなく、メダルでやりとりをすればいいだけだし、どんな特徴があるかは依頼者から聞けば良いと。

 でも、初めてボクは、生き物についての知識が欲しいと思った。他人に自分の持つ情報を伝えるためには、知識も必要なことなのか……と。


「そんな泣きそうな顔になるなよ。その腕の鱗は見たことの無いドラゴンのものだが、あんたのパランってのはそういう鱗を持ってるのかい?」


 笑いながらニコがボクの右肩を軽く叩く。こんな悍ましい腕を、嫌な顔一つせず触れるなんて。義腕と癒着した部分は、凹凸が遠くからでもわかるくらいに爛れている。

 ボクの腕に感心がなかった他人も、マントを外してこの右腕を見ると、嫌悪感や恐怖混じりの視線を送ってくるのに、二人からはそんな視線は感じない。


「ああ。これはパランが落とした鱗を集めたのだと聞いている。ええと……この右腕は、パランと出会う前に気付いたらくっ付けられていたんだ」


 落ち着くために、義腕の表面を撫でる。この悍ましい右腕自体は、憎らしくて気持ち悪い。でも、パランのことはそう思わないし、不安になった時に撫でると、あいつに包まれている時みたいに落ち着く。だから、人はボクを余計に気持ち悪いと思うのかもしれないけれど。

 長い体の一部を土から出して、ボクに寄り添ってくれるパランを思い浮かべながら、ボクはニコに話を続ける。


「ああ、あと、パランのことでもう一つ覚えていることがある。役立つ知識なのかはわからないが」


 二人がボクの言葉に頷いたのを見て、記憶を辿るようにしながらボクはあの日のことを思い出す。


「あの日、王都から派遣されたたくさんの龍騎士ドラグライダーと共にボクは王都からそう遠くない地下洞窟まで連れて行かれたんだ。右腕を縫い付けたばかりだから……四、五年ほど前。ボクはいつものように、体をドラゴンの前脚で掴まれて運ばれていた。そこで、大声でやりとりする養父とその仲間たちの声を聞いていたんだ」


 ニコとセレストの視線が同時に鋭くなる。これは、重要な情報なのかもしれない。二人からの視線を浴びながら、ボクはパランの二つ名を口にした。


「忌々しい冥府の番人……と、養父たちはパランのことを呼んでいた」

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