23:ニコとニュイ

「狭いところだが、野宿よりマシだろう? まあ朝まではゆっくりしていってくれ」


 ツリーハウスの入り口の横にある太い枝でじっと留まっているヴォルトの横を通り抜けて、一枚板で作られた扉を開くと、乱雑に木箱の置かれた部屋でニコが待ち構えていた。

 一つの木箱に腰掛けながら、ニコは大きな獣の毛皮が敷かれている部分を顎で指す。


「すげー! これ全部、君が描いたのか?」


 部屋に張り巡らせてあるヒモには薬草や何かの皮や骨が干されているし、壁のいたるところには絵を描いた羊皮紙が留められていた。それを見て、セレストは感嘆の声を上げる。


「生き物の知識が直結する仕事だからな。こうやって残せば、狩人ハンター以外が自分の身を守れるようにもなる。ま、座れよ」


 近くにある木箱を指差して、ニコは顎をしゃくりあげる。きょろきょろとあちこちを見回しながら木箱に腰掛けたセレストに倣って、自分も木箱に腰を下ろした。

 座ったボクたちを、ニコは品定めをするように見つめてから、スン……と鼻を鳴らし、それから「ん?」といいながら首を傾げた。

 なにかまずいことをしただろうか? 機嫌を損ねて用件を聞いて貰えないのは困る。少しばかり焦っていると、ニコは先に口を開いた。


「で、用事があるのはどっちだ?」


「二人ともさ。まずは僕からでいいか? 兄貴からあんたに、これを渡すように言われててさ」


 セレストは外套の内側から一つの巻物を取りだした。

 片手で器用に羊皮紙を広げて机代わりにしている木箱の上に置いたニコは、しばらく巻物の中身を眺めた後に「ああ、これか」と言って義腕で膝を軽く打つ。


孔雀龍フウァールの義足な。ああ、覚えてる。もうそんな時期か」


「あいつの義足を作ってるのが、まさか僕たちとそう年も変わらないやつだとは思わなかったけど。腕が確かなのは知ってるから」


 セレストは、どうやらニコのことを間接的には知っていたらしい。

 柔らかく微笑んだあとに、ポーチから何枚かのドラゴンの鱗を取りだしてニコへ手渡した。

 受け取った鱗を木箱の上に置いたニコが、右手で鱗の表面を撫でる。それから、一枚の鱗を持ち上げて、鱗同士を擦り合わせたり、打ち合わせたりして満足そうに頷いた。

 王都や栄えた街では、商人に関わらず人々は金銀銅で作られたメダルで取り引きを行う。だが、龍騎士ドラグライダー狩人ハンター同士ではこうしてドラゴンの鱗や爪、羽、獣の骨や皮などで取り引きを使うこともある。

 ボクはそういうやりとりの経験はがないので、話で聞いたことしかなかったけれど……。


「あい。確かにお代はいただいた」


 セレストから受け取った鱗を、鞣した皮で包んだニコは立ち上がると、壁からぶら下がっている革袋の中にそれを押し込んでからこちらへ戻ってきた。

 木箱に座り直しながら、ニコはセレストが着ている外套の胸辺りを指差す。


「それにしても、あんたが噂の弟かよ。似てないから気が付かなかったぜ。よく見りゃ胸の紋章はアスター殿と揃いだな」


「似てないってのは良く言われるよ」


「てっきりそっちにいる銀髪の兄さんが用心棒に付けた龍騎士ドラグライダーだと思っていてな」


 二人が笑い合っているのをぼうっと眺めながら、いつ自分の用件を伝えようかと考えていると、ニコが急にこちらを見た。


「で、あんたも俺に用事があるんだよな?」


 セレストへ向けていた視線とは少し違う、警戒の滲んだ視線。

 チリチリと皮膚の表面が焦げるような痛みを感じながら、ボクは隣で心配そうな表情を浮かべているセレストを横目で見る。

 それから息を深く吸った。これを見て、セレストはボクを嫌うかも知れない。だが、ボクは大切な存在を守る為には、こいつが壊れたままでは困るんだ。


「義腕の鳥乗り、口が堅く腕も良いと噂は聞いている。だから、頼みたいことがあって来たんだ」


 マントの留め具を左手で外し、そのまま手前に引いた。龍革で仕立てた鎧ではなくて、むき出しになっているボクの悍ましい右腕に二人の視線が集まっているのがわかる。


「な、なんだこれ」


 興奮したように声を上擦らせながら、ニコは立ち上がった。

 硬いものを投げられてもいいように体に力をいれて、顔を背ける。


「てっきり籠手ガントレットなのかと思ってたぜ」


「悍ましい腕だろう? これはドラゴンの骨と肉、そして鱗を使って作られた義腕だ」


 腕を動かし、爪を伸縮させながら自嘲する。

 養父だけではない。この腕をチラリと見るだけで人は大体嫌悪の視線をこちらへ向けてくる。

 義腕だとわからなくとも、紫がかった黒色の鱗は不吉な死を象徴する色だ。そんなものを好んで身に付けているボクは嫌悪されても仕方ないと割り切っているつもりだが……自分にそういう視線を向けてこなかったセレストから、それを向けられるのは心が痛む。


「す、すげえ」


 予想外の言葉が、隣から聞こえてきて、自分の頭をまず疑った。

 横を見ると、セレストがボクの腕を凝視している。その視線には嫌悪や憎悪みたいな嫌な感覚は宿っていない。


「俺にこんなすげえものをどうこうする技術なんてねえよ……どういう用件か、ちゃんと聞かせてくれ」


 ボサボサの頭を乱暴に掻いて、木箱に座り直したニコの視線にも、負の感情は宿っていないようだった。

 それどころか先ほどまであった警戒の気持ちもどことなく和らいだみたいだ。


「紫がかった黒色は……死の象徴だと嫌われるし、ドラゴンの骨や肉を体に植えるなんて否定されると思っていたが」


「紫がかった黒色なんて満月の夜の空みたいで綺麗だとは思うけど……不吉だとは思わないかな」


「俺の相棒ヴォルトも綺麗な黒色だぜ? まあ、王都まわりでは不吉な色だって言われてるらしいけどよ」


 疑問を口にしたけれど、二人はそれを笑い飛ばした。

 それでも、長年否定され続けていたボクは信じられなくて、戸惑いを隠せないまま、しどろもどろになりながらニコへの依頼を話し始めた。

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