譚ノ四
夢はどこまでも遠く
夢の先は果てしがない
現はあまりにも身近で
現に在ることに限界を感じる
****
「ありャ。これは紫月サン」
翌朝、紫月は再び満が営む“夢館カササギ”を訪れた。
あれから煉が戻っていないが彼も彼なりに考えて行動してくれる為、紫月は特に心配をすることなく探すこともなければレイキ会に寄ることもなく散歩がてら来たのだ。
「あれからお客は来たかい?」
「いいえェ。さッぱり。これはもう、やッぱりあッしは梯クンに看取られる覚悟を決めるしかありャしやせんねェ。問い合わせた結果、どれくらいの獏からは未だ連絡なしという状況で」
いつもの薄紫のフード姿で満は溜息をつく。
「キミは、どう思っているんだい? 獏と共に在るミーさん」
「はて、さて……。どう、とは?」
「”鬼”か”人ならざるモノ”か……はたまた野良”鬼才”か、同業者か、だよ」
遠慮なしに紫月がソファーに座ると、しばしして満は考え込む。
「さァて……あッしには、紫月サンみたいにセンサーとやらは備わッていないもンでしてねェ」
何が何やら、である。
と、満は言う。
「紫月サンの方は、何か情報でも掴めやしたかィ?」
「それが何とも。こう、雲か霞を掴んでいるようでね……。煉も今回のことで動いてくれている所為で戻っていなくて」
ほゥ、と満は紫月に視線を向ける。
「それにしても……ここの庭は、いつも咲き狂っているね?」
「残念ながら、あッしにはどれがどの花か見分けがつかないもンでしてねェ。梯クンが来てから彼が手入れもしてくれているンでさァ。それ以前は、在るがまま、自然のままでいやしたから」
窓から見える庭は美しく整えられた洋風の庭園だ。
鮮やかな緑。
春の花々。
「そうそう。紅茶。忘れていやした」
今、梯クンを呼びます、と満は紫月から視線を逸らしてベルを鳴らす。
数分も経たない内に響がやってきた。
「すいません。少々、雑事を片付けていたので……紅茶で良いですか? 満さん」
「えェ。いつも通り、紅茶に……砂糖を」
その様子を、紫月は観察する。
何か見落としはないか。
何かヒントに繋がることはないか。
「あァ。そういえば、上等な菓子を買ッたンでした。紫月サン。少ォし、お待ちを」
響と共に出て行った二人。
紫月はただ、溜息をついたかと思うと―――窓の外を見て口の端に笑みを浮かべた。
****
「珍しいですね。満さんがついてくるなんて」
「いやァ。実は紫月サンに食べてもらおうと上等な菓子を買ッていやしてねェ」
満は棚を漁る。
確かこの棚に……いや、こッちの棚だったか……いやいやそれとも……などとキッチンをウロウロと徘徊しては、彼は自分が買ったという上等な菓子を探している。
「どんなお菓子だったんですか?」
「こう、缶に入ったクッキーでしたかねェ。中身を見ていやせンで……はて、缶の色も、形も、うろ覚えで……。クッキーだッたかマドレーヌだッたか、色々入ッた洋菓子だッたか……あァそれなら四角い缶で青い色だッたかもしれやせン」
判然としない、と満は探している。
「缶に入った洋菓子ですね。探しておくので、待っててくださいよ。もうすぐ紅茶も持っていきますから」
「はァ……年ですかねェ……」
しょんぼり、と徘徊と棚漁りを諦めた満はキッチンを出て行った。
満の後を追ったタンタンが響を一瞥して出て行くのを、響は一瞬、手を止めて見送る。
「やれやれ……。甘い物が好きで買ってくるのは良いんですが……忘れられても困るんですけどね……」
紅茶の色が変わっていくのを見つめ、程よくなった所で響はもう一度、棚を開けた。
視線の先にあったのは缶だ。
「これだね」
四角い缶。
色は青。
中身は―――クッキーやマドレーヌやらが入ったアソート缶となっている。
「まぁ、これなら満さんも思い出すかな……」
そうして満は缶ごと紅茶の入ったティーポットとティーセットを持ってキッチンを出て行った。
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