譚ノ七
「随分と時間をかけたな」
レイキ会に寄って綺羅々に報告をすれば、最初の一声がそれだった。
もちろん、紫月は気にしていないが。
「だってたまには山歩きもいいなぁって」
「で、アレは彷徨う霊の集合体だった訳か」
「うん、そう。それも長い間色んなモノが彷徨って少しずつ合体していたみたい。遥か昔からと、そして今と。まぁ、不便だから伽藍と呼んでいたんだけど、アレもほんの一部なんだろうね」
あの山にはまだ、道往きを続けているモノ達がいる。
紫月は指先に纏わりつく一匹の黒い蝶を弄ぶ。
「私達が喰らうのは“鬼”となったモノだけで良い」
「分かってるよ。ボクに気が付いたんだから仕方がないじゃないか。集合体が“鬼”によって一つになってしまったみたいだし。喰べてあげないと」
その集合体の核になったモノは、一体いつから彷徨っていたのだろうか。
始めは怨みがあったのかもしれない。
その怨みが彷徨うモノ達を呼び寄せ、少しずつ最近の霊も取り込んで長い年月を彷徨うことによって石が風雨にさらされ削れていくように、記憶も崩れていったのだろう。
「義理姉様」
「なんだ」
「“人”の世は、面倒だね」
怨み、憎しみ、愛憎の絡み。
「現代になるにつれて煩雑で複雑になっているように、ボクには思えるよ。もちろん発展をして良いこともあるけれどね。けれど、もしも“人”がいなくなれば……なんてね」
「くだらん。“人”がいなくなれば、私達とてここに在ることはできんだろう。これから先も“人”がいるからその内に棲むひとひらの“鬼”が生まれ、時代と共に姿形を変えて私達“鬼喰”が喰らっていく。“人”の世がなくれば、私達とて存在が消えるだけだ」
一旦、紫月の手を離れた黒い蝶が、部屋でひとひら舞う。
再びその蝶を指に止めてしばし見つめた後、唇を寄せた。
すると、蝶はまるで溶けるように、紫月の口の中へと消えて行った。
「確かに、義理姉様の言う通りだね。“人”あってこその“鬼”で、“鬼”あってこその“鬼喰”だもんね」
と紫月は笑って綺羅々に言葉を返した。
“鬼”を喰い終われば仕事は終わり。
自分が喰らった後、彼らの魂がどうなるか、なんてことは考えるだけ無駄だ。
輪廻転生というものがあるのならばまた巡るだろう。
果たしてそれは、自分達“鬼喰”や“人ならざるモノ”に適用されるのかどうか分からないが、考える必要もないこと。
“鬼”がいれば喰らう。
ただそれだけ。
「さて、ボクは帰るよ。煉がそろそろ呆れてしまいそうだからね」
「元々、呆れかえっているぞ。あぁ、今下僕を呼び出して酒と肴を買いに行かせている。戻ったら持って帰れ」
「わぁいっ。ご褒美だよねっ。義理姉様だーいすきっ」
やがて、ズタボロにされたらしい下僕が戻り、そのモノから礼と引き換えに酒と肴を受け取ると紫月はご機嫌で邸に戻った。
「次はどんな“鬼”が出るのかなぁ」
そう、一言呟いて、紫月は邸の玄関を開けたのだった。
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