焔鬼 ~ほむらおに~

譚ノ一

激しく燃え盛る

劫火を纏う業




****




 少しずつ熱される

 お湯を沸かすように

 奥の方から湧きたつ

 その心に嗤いが漏れた




****




「で」


 彼は不機嫌な表情で腕を組み、正座をして紫月を睨む。

 一方の紫月はご機嫌な様子で昼間だというのに温室のような部屋で酒を飲み、煉が作った海鮮を使った豪華な食事に舌鼓を打っていた。


「ほらほら、食べてよ。たまの息抜きは必要だろう?」

「それはそうだが」


 だが相手は箸を取ろうともしない。


「心配しなくても毒なんて盛るはずがないだろう。そんな無駄なこと、ボクと煉がやるわけがないんだから」

「それは分かっている。ここに俺を呼んだ理由を先に説明をしろ」


 さらりと長い黒髪を一つに纏めた青年―――蒼神あおがみ 大河たいがは何度目かになる溜息をつきながら紫月に説明を求めた。

 大河が綺羅々経由で紫月の家に呼ばれたのはつい昼前のこと。

 家事で忙しくしているというのに綺羅々から今すぐ行かなければ大切なモノを狐汁にして喰ってやると脅され渋々理由も聞かされずに出てきたのである。


「それで、神社の方はどうだい?」

「相変わらず喧しい。だが家事の負担が減ったのは嬉しいことだな。で、用がないのであれば、帰るぞ」

「冷たいなぁ。せっかく煉がちょっと息抜きで、北ノ海で漁船に乗ってカニや新鮮な魚を獲ってきたり、新鮮な海産物を買ってきたりお土産持って帰って来てくれたりしたから調理したんだよ?」


 ずらり、と三人の目の前には焼きガニ、カニしゃぶ、いくらやうにが豪勢に乗った丼、お刺身、温泉旅館のコース料理かと思える程の品ぞろえで整っている。

 もちろん大河とて目の前のごちそうは魅力的だ。

 龍皇の息子として、料理がある意味趣味であるモノとして、煉はどれも素晴らしい目利きだと思っている。


「ほらほら、せっかくの焼きガニだってそろそろいい具合だし、お鍋あったまってるし」

「だから呼び出した理由をさっさと言え」


 彼女のことだから、食べてから切り出し、断れないようにするに決まっている。

 その手には乗らない。

 紫月は


「頭がかたいなー」


 と言いながら、若桜ノ菊のにごり酒を飲み干す。


「仕事、頼みたいんだ。神社じゃなくてキミ個人に」

「俺に? パパ上には何と」

「あはっ」


 どうやら、煉の手土産で買収済らしい。


「最近、火事が多発しているだろう?」

「……そうだな。だが昔から火消し―――今は消防か……がいるだろう。その上、奴が所属していたはずだ。それでもなお、俺に頼む仕事とは何だ」

「楽しみなことに、どうやら“鬼”が絡んでいるかもしれなくてね。まぁ。まだ“人”か“鬼”か分からないんだけど。水といえばやはりキミだろう? 報酬は義理姉様ねえさまからかなり出る」


 それで、この料理の数々は篭絡するための一手でもあるということか。

 悪い話ではない。

 気苦労の絶えない神社での仕事から解放される上に、煉はともかく認めたくないが紫月の作る食事も絶品、家事もしなくていい、報酬が出る……。

 いやだが……と逡巡していた大河に煉からの一押しがあった。


「先日、温泉が湧いてな。改築して庭先では足湯も楽しめる」


 道理で先日、紫月の屋敷付近から水の気配がしたと思ったらそういうことだったのかと一人納得する。

 しかしもはやこの邸はどこの豪華な高級旅館だ、と言いたい。

 とは思ったものの口には出さず、大河は満足げに


「いいだろう」


 と返事をしてようやく箸を持った。

 焼きガニの独特な甘さ、そしてカニしゃぶのぷりっとした焼きガニとは違った触感。

 また、カニみそと絡めれば最高の味。

 さらに海鮮類が溢れる程盛りつけられた贅沢な丼。

 正直、大河が棲む儀園神社ではかなり贅沢をしなければ決して作らない食事である。


「もしもの時の要員、で構わんのだろう?」

「もちろんだとも。キミが必要になるほどの事にならないことが一番なんだけどね」


 一応、働きがなかった場合の報酬はどうなるのか紫月から聞いてみたが、たとえ綺羅々から出なくても紫月からお金を出すとのこと。

 気に食わない相手ではあるが、抜け目のなさと太っ腹なのは大河も認めている。

 出来れば何もなく報酬だけもらえるのなら一番であるが、紫月から“鬼”の可能性が示されている以上、何か事が起これば多少は動くことにはなるだろう。

 引き続き、大河はカニ料理を楽しみ、煉と風呂に入る。

 紫月の邸の風呂はこれもまた男女に分かれている上に風呂が広い。

 先日、温泉が出たものだから紫月に頼まれて煉が急ピッチでしかし長く使えるように改築したらしい。


「ここは高級旅館か」

「もはやその域だな」


 煉もさほど口数が多いわけではなく、揃って静かにゆったりと湯に浸かる。


「あの女は一体、どこまで考えているのだろうな」

「……さてな。お嬢の考えは知り及ばない。大河、しばらくゆっくりここに泊まれ」

「あぁ。そうさせてもらう」


 何事もなく済めばいい。

 そう、風呂に浸かりながら大河は、ぼんやりと考えていたのだった。

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