『第三部』 第二十八話 いざ、部活動紹介へ


 4月17日水曜日。


 この日は授業が5時間で終了し残りは部活動紹介の時間に当てられる。とは言え、2年生で見学側に回るものは少なく殆どが帰宅か部活の紹介側へと回る。探偵部は新入部員を勧誘しようにも境遇などを含め厳選しなくてはならないため今回の部活動紹介では何もしないことが決定された。

 その部員の1人で何故か部長の役職を押し付けられた悠斗は長い長い授業を受け疲労感が目立っていた。正しくは昨日の事件に労力を使用したのだが周囲の一般人はそんな生活に気づくこともなく、唯の無気力な少年にしか見えなかった。


 そんな退屈で疲労の蓄積する授業を終え帰り支度をしていると荷物の整理をしていたエリカが悠斗の元へにこやかに歩み寄って来た。

「ねぇ、部活動紹介一緒に回らない?」

 笑みや機嫌を見た瞬間察知できたがその予想を裏切らずに提案をしてくる。

「いやだ、俺は帰る」

 恐らく無理やり連れて行かれるだろうと理解しながらも一応拒否する。荷物を整理していた手を動かし直し視線を外すとエリカは何を思ったのか変なことを言い出す。

「じゃあ決まりね〜、ちょっと待ってて〜」

 この言い回しはきっと承諾されたと勘違いしている。間違いなく悠斗の意見には賛同していない口調だった。そもそも決定権を与えないのなら悠斗に疑問形で問うのはおかしいと思う。

「おい……はあぁ……はいはい」

 反論を続けて時間を取るのは面倒くさい上に元々回らされる気でいたため、ため息の後適当に相槌を打っておいた。

 その様子はクラスの中でも少し目立っていたが不本意ながら事前に関係が知られているため妙な視線以外は飛んでこなかった。


「――」


 準備を進めていた悠斗は真横から向けられる視線に遅れて気づき顔を動かさず視線だけを静かに流すと隣人が悠斗を見ていた。

 授業で一度か二度だけ言葉を交わしたがそれ以外は一切縁のない生徒。女子であることを含め非常に緊張したがいつもの無気力な対応で視線の真意を尋ねる。

「……えっと、何か……」

 目を合わせようと顔の向きを変えようとするとそれを察知してパッと視線を逸らされる。


「…………」


 悠斗とは真逆の方向を眺め無関係を装う。しかし、悠斗には振り向く瞬間も視線も見えていた、バレないはずがない。


「……」


 だが、相手が触れて欲しくないならと荷物を持って場所を移動しようと歩き始めると再び眼光が届いた。

 もし何かあれば呼び止めるはず。だから悠斗は無言で教室を出たがその隣人は俯いたまま口も体も動かせなかった。


 悠斗は教室前の廊下でエリカと白翼を同時に待つ。

 窓側の壁へと凭れ掛かると出来る限り存在感を消して目を瞑る。

 他クラスの生徒を待つ者は他にも多く、悠斗が際立つことはなかった。

 悠斗は騒々しい廊下で考え事を始める。


 頭に浮かぶのは様々。白翼とあーちゃんの懸賞金、ノアに魔法をかけた服従の能力者、唯と司(主に司)の思考についてと悩みのタネは多い。

 できれば悩みを全て解消したい。但し、それに関する問題や事件等が同時に押し寄せてくるのは最も歓迎できない。せめてアニメのように一つ一つ丁寧に片付けたい。


 思いを巡らせていた悠斗だったが近づいて来た影に顔を上げるとその存在を認識する。

 手を上げ軽く合図を取ったが、相手はその手と悠斗をまじまじと見つめながら歩み寄った。

「エリカが部活見学回るってよ」

 つれない態度を取る白翼に何かを喋らせようと話を振る。

「へぇ、そう」

 頑なに押し黙る意味がないため無愛想に答えて流そうとする。

 悠斗の真近には寄らず狭い廊下で少し距離を取って佇む。


「……クラスでなんかあったか」


 表情が優れない白翼から感情を読み取るのは難しいが、少し離れた位置にある2年1組の雰囲気と以前の白翼の口振りから当たりをつける。

 図星だったみたいだが気づかれると思っていたのか大した反応を見せない。

「オレって一人称とかをからかわれるんだよ」

 『とか』の言葉からネタとなる対象が他にもあることが分かる。そして白翼はちょうど今悠斗に近寄りたがらず距離を取っている、それが意味しているものは――


「――俺か」


 他の原因がいくつあるかは特定できないがうち一個の理由に気が付き小さく呟く。

 そこまでの推理は流石に想定外だったのか、ちょっと感心した顔を見せた。自分の失言には気づいていない。

 2年1組の人間が2人の関係を知った理由は恐らく部活創設日だ。あの日に転校生と悠斗の親密な関係が知られてしまった。それを事実と知ってか知らずか噂が蔓延していることをネタに揶揄する輩が多いらしい。

「何があったか?って聞かれたら可愛く「別に」ってそっぽ向くとポイント高いぞ」

 アニメを多く知る悠斗がよく見るシーンをネタにふざけてみる。そういう女の子の強がりが可愛かったりする。但し、本当に必要なことは黙っていられると困るため状況を見極めて使って欲しい。

「わけわかんねーし無理だろ……オレが可愛くとか」

 笑うこともせずにそっぽを向く。悠斗は今頃白翼のクセの強さを理解した。

 女の子の一般とは無縁そうだがこういう動作は割と可愛くて面白いと思った。

「そっちかよ」

 白翼が想定と外れた位置を指摘して来たので突っ込んでみたが顔が優れることはなかった。


「……オレはやっぱり――」

「ここでその話はやめろ。人が多い」

 白翼が何かを決意したような表情で悠斗に声を荒げかけたが悠斗が静止させる。ちょうど人が増えて来たことを建前として使いながら。

 人が多いため今の叫びは誰も気がつかないし誰も気にしない。だが、ここでは話せない。


 ――――違う、それは本当の理由じゃない。単にその言葉を聞きたくないだけだ。だからどこで話を持ち出そうとも悠斗はその言葉から逃げ続けるだろう。


「悠くん、おまたせ〜」

 話を聞いていたかのようなタイミングでエリカが走ってくる。2人は声に気がつくといつもの何気ない様子に直す。

 状況の変化、空気の変化を肌で感じ取ったエリカはそれをおくびにも出さず能天気そうな笑みでリードしようと試みる。

「白翼ちゃんも行くの?」

 そう問われてはじめの会話?を思い出す。

 一瞬にして話題が逸れたため忘れていた2人が「ああー」と声を出す。

 悠斗がどうする?といった視線で白翼に尋ねたところ、

「まあ、暇だし」

 とだけ答えた。

 エリカと悠斗は満足そうに頷くと下階へ降りるために移動を始めた。いつもの通り次は一年生組を迎えに行かなければならない。


 エリカに色々話を振られながら二階へ行くとすでに2人は教室前で会話しながら待機していた。

 ある程度近づくと気配に気が付き駆け寄ってくる。2人にも部活動見学へ行く旨を伝えるとお供すると帰ってきた。桃太郎かなにかだろうか。

 全員集ったところでどこへ行くか話し合っていると覚えのある覇気が悠斗を刺激した。そのオーラが流れてくる方向へ視線を向けると唯がこちらへ歩いて来ていた。

 探偵部には気付いていないようで目的が悠斗たちではないと理解する。しかし何となく気になったので声をかけてみた。

「おい、唯」

 名前を呼んだ瞬間彼女の肩がビクッと跳ね上がる。そのまま機械的な動きで振り返り悠斗を視界に捕らえると辺りを数度見回しす。その後静かに近づいて来た。

「悠斗、アンタうっさいんだけど」

 再び周りに気を配りながら小さく愚痴をこぼすが、悠斗に声が大きいという自覚はない。事実として大した声量ではなかった。つまりおかしいのは唯の方である。


「いやいや、普通だろ」

「あんな声で呼ばれたら周りから注目浴びるじゃない」

 否定した悠斗を即批判する唯。出来る限り人に存在を認識されたくないらしい。

 確かにあの声に反応を示した生徒が数名、悠斗へと視線を向けていた。ただそれはよく知らない人が誰かを呼んでるな、程度にしか思われていない……はずだ。

「アタシは学年じゃ静かな娘なの」

 いい?と指を突きつけてくる唯。辺りを意識しているためその動きが小さくなっている。

「あー、はいはい。んで、何してたんだよ」

 面倒臭くなって雑な相槌を打つと怒ったような視線が飛んで来たがそれを無視して無理矢理話を振る。

「部活動見学行くから」

 少し目を逸らしながら小さく答えた。


 恥じらう事ではないが唯が見学に回るのは何となく意外だった。

 その旨を唯に包み隠さずいうと呆れたような顔をされた。

「アンタも聞いたでしょ、兄さん科学部なの」

 それを聞いて深く納得する。

 つまり部活動見学という名目で行きつつ実際は兄見学をするという事だ。ラブラブなのは別に何とも思わない……事は無いが、大して思わない。しかし、その依存を司はあまり好ましく思っていないようだった。彼の本心は未だ掴めないが、もし本当に唯の依存を断ち切りたいのなら一緒に行ってみてもいいかもしれない。


「へぇ……。それどこでやってんの」

 この質問に対して嫌悪感を見せたが一応返答が来た。

「第一理科室と第二理科室。兄さんは化学科だから多分第一の方だけど……来るわけ?」

 嫌そうなジト目を尚も継続させて問いかける。それなりに嫌がっているが来るならそれでもいいというような雰囲気だった。

「俺らも回るつもりだし」

 事実を答えたが、適当に「あっそ」と返すと唯は理科室へ向かって歩き出した。

 その背はまるで付いて来れば、とでも言いたげな気配を出していた。その優しさ?に甘えて全員は唯の後ろに少し距離を開けて続いた。

 唯以外はそれぞれ自由に談笑していたが理科室前までたどり着くと自然に口を閉じる。

 目的が司であるためここは代表して唯が挨拶をするべきだ、そう考えて唯に入らせると遠慮がちに入室する。


「し、失礼します」

 丁寧でぎこちない言葉を使いながら入室すると1人の生徒が笑顔で迎え入れてくれる。

 背は悠斗よりも高くおそらく今年で3年になったのだろう。親切に対応してくれるが、唯は兄を求めて来たため必死に兄を探していた。

 内装としては展示品を自由に見て回れる仕組みになっていて入退室も自由、入部希望は誰かに話しかけるように指示まで書いてあった。


 だが唯の目的の人は見当たらなかった。


 何もせずに帰ると冷やかしみたいに思えるので展示物を見て回ることになる。地学班の収集した珍しそうな石や鉱石、生物班が丁寧にピント調整した細胞の見られる顕微鏡、輝く星を見られる小さなプラネタリウム、チョウやらハチやらの並べられた標本箱などなど他にも展示物は多かった。


 一周してみたが解説もそれなりに分かりやすくあまり触れられない世界に入り込むというのはそれなりに興味深かった。入った際に対応してくれた先輩が唯やノアやあーちゃんに熱く魅力を語って勧誘を始めた。


 ノアとあーちゃんはやんわりと断ったが唯は怯えるように顔を引きつらせて少しずつ後退し、悠斗の裏側へ回るとその服の裾を掴んだ。先輩側は何か申し訳なさそうな表情で頭を掻いていたが悠斗の方が申し訳ない気持ちになってしまう。

「えっと、すみませんこの娘宮園って言うんですけど、この部活に宮園司先輩はいますか?」

 仕方なく助け舟を出す悠斗。先輩はそれで納得したのか親切に居場所を教えてくれた。

 唯の想定外の場所、つまりこの第一理科室ではなく第二理科室にいるらしい。


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