第二十七話 新入部員


 前日の夜遅くまで何をしていようと学校への登校は必須である。昨日の疲れもあり少しばかり眠たいが布団から這い出て大きな欠伸をする。

 隣では可愛く寝息を立てるノアが布団に蹲っていた。

 手を伸ばしかけたが一瞬躊躇が生まれる。果たしてもう起こしてしまっていいのか、と。しかし学校へ登校するという重大任務もあるため静かに揺さぶり覚醒を促す。

「ん……ぅぅん……」

 寝ていた体を起こしながら目を擦るノア。

 次第に寝ぼけていた様子が消え悠斗のことをしっかりと認識する。

「お兄……ちゃん……?」

 まともな日本語を聞いてホッと安堵すると自分なりに優しい笑みを向けた。

「おはよう」

 昨日気絶した時から時間があまり経っていないと錯覚しているのか首を傾けたあと窓の外を見る。


「……朝。……家」


 徐々に状況が呑み込まれていき一体自分の身に何があったのかを理解し始めた。

 理解した途端ノアの表情に影が差し声のトーンが落ちると同時に深く、深く頭を下げる。


「……あっ……あのっ……ごめんなさい……!」


 それを見て悠斗は強く拳を握る。

 何故先に謝るのが彼女であって俺ではないのか、と自分を責めた。

 それについては一旦隅へ追いやりノアの頭に手を乗せた。恐らくノアは全てを理解したわけではない。

「俺の方こそ悪かったな。それにあの男は撃退したんだろ?」

 ノアの手柄を強調し功績を称えようとしたが余計に顔の角度を落とした。

「それが……私は何もしてなくて。電話が掛かってきたかと思ったら何処かへ行ってしまって…………だからっ」

 先以上に自責の念に駆られた様子のノア。悠斗は読み違えた故に更にノアを沈ませてしまったらしい。

 どんな言葉をかければいいのか分からず結果を報告する事にした。

「大丈夫だ、唯と司先輩なら無事だったし。それに、ノアが居てくれたから俺たちは先に進めたんだ、な」

 頭をポンポンと軽く叩くと小さく頷いた。

 やはりこれだけでは納得がいかない。自分の価値がその程度しか無いと思うと、その迷宮からは中々脱出できない。


「学校があるし準備手伝ってくれ、頼りになるのがお前しか居なくて大変なんだ」


 下階へ降りるために扉を開き後ろのノアに頼む。


「っ! はい!」


 本音だったが慰めのために言った言葉がここまで効果的面だとは思いもよらなかった。もしかして本音とそれ以外の区別がつけられるのだろうか。

 その後、いつも通りの食事にいつも通りの支度、いつも通りの登校風景があった。

 学校に着いたのはいつもより30分早い時間だった。いつも悠斗たちの登校時間はかなり早めだった。理由はというとエリカたちとの関係を知られないためだ。別々で登校すればいい話だがそれではエリカたちの監視ができない上に彼女たちが無駄に機嫌を悪くする。

 とにかくいつも以上に時間を早めての登校だったのだ。理由は当然昨日の司の言葉。早朝の図書室集合の依頼のためだ。きっとまだ何かがあるはずだ。


 下足場へ着いたが誰の外靴も置かれていなかった。

 他学年の方を確認すると1年と3年では一箇所ずつ靴があったため2人は既に到着していると思われる。鍵を取る手間もなく図書室へと直行し中へ入ると2人がラブラブで会話をしていた。

 扉のスライド音に反応して必然視線が交差する。

「やあ、おはよう」

 常に誠実で爽やかな少年はいついかなる時でも変わらない。

「どうも、お邪魔でしたか」

 敬語を使いつつも揶揄からかって小さく笑ってみると司からは苦笑が返ってきた。

「ふふっ、そんなことはないよ。それより敬語、僕はあまり好きじゃないんだ、呼び捨ての方が嬉しいかな」

 変わった価値観を持つ先輩だ。

 それともそっちの方が友人らしく見えるからだろうか。敬称、即ち先輩や先生、場合によっては君やさん、これらを付ければ敬っているように思えるがそれはある意味自分と相手を対等に見ていないという事になる。友達100人を希望するならまずはあだ名や呼び捨てから始めるべきかもしれない。

「あ、はい、分かりま…………分かった」

 咄嗟に出かけた敬語を分かりやすく訂正する。

 その挙動に一同が少し微笑んだ。


「えっと、それで、話ってのは……」

「それなんだけど、僕たちも悠斗くんたちの探偵団に入れてもらえないかな?」

 笑い顔を悠斗へ向けハッキリと言った。

 聞き間違えようのない言葉だったが、不意打ちに一瞬理解が遅れた。その遅れに気づき一番最初に声を発したのは予想外の人物。

「えっ、ちょっと兄さん、アタシ聞いてない」

 怒鳴ると言うほどではないが兄に対しては珍しく声を張っていた。どうやらこの相談はここで初めて晒す物だったらしい。

「唯は嫌かい?」

 どんな対応されるのか、どんな言葉が返ってくるのか分かっていつつそんな問いかけをする。こちらも珍しく悪戯をするようなそれでも爽やかな顔だった。

「別に……兄さんがそうしたいなら……」

「ありがとう」

 こうして2人の話し合いは早々に決着が付く。


「いや待ってくださいよ。何でこんな部活なんかに――」

「――悠斗くん、敬語」

 簡単に抜けない癖のようなものを再度注意される。

「あ……悪い」

 やはり年上に敬語を使わないというのは少し気恥ずかしい。多くの同年代に敬語を使う悠斗なら尚更。

「って、そんなことじゃなくて、何でこんな部活に」

 気を取り直して同じ質問をすると司は小さく頷いた。

「うん、それは普通に興味を持ったからだよ」

 興味を持った、とはあまりに曖昧である。果たして興味を持ったのがこの変わった部活か、はたまたこの異相のメンバーか、もしくはもっと大きな別の『何か』か分からない。

 敢えて微妙な言い方をするということは恐らく尋ねても誤魔化しなどで跳ね返される。

「いや、まぁ……2人ならまだいいけど……どう思う?」

 悠斗的に反対する理由がないため残りの選択権を後方の部員へと譲渡した。すると全員が「いいんじゃない」と解釈できるようなことを言っていた。

「だとよ」

 結果報告のようなものを司へと向け肩を竦める。


 しかしこの部活への入部希望者とはかなり困りものである。相手が唯と司故に許可できたが、この先そうもいかなくなるかもしれない。

「ありがとう」

 この話の終着駅を理解していたかのような素振りで礼をいう司。

 この場に集まるものはやはり何処か異色の者たちらしい。

「僕からの話はこれだけだよ」

 僕からの、つまり別の人間から話があるということ、そしてこの場は司によりセッティングされた。必然的に唯に視線が集まったが唯が首を振りながら否定する。

「いやいや、アタシ何もないから」

 全員の視線が司へと帰って行く。


「ああ、今のはもしかして俺に振った……のか?」

 唯でないことを認識した悠斗は自分に振られたことを悟る。その問いかけに司はにこやかに首肯した。出会った時から思っていたが、司は人を見る目が非常に長けている。


「じゃあ、唯……お前さ、俺たちが異世界関係者って知ってたんだろ。いつ知ったんだ」

 悠斗の疑問を聞き取るために全員が意識を集中させたが、そのあと焦点は唯へとジャンプした。

「……?」

 多くの視線に射抜かれながらキョトンとしている唯。質問の意味がわからないのではなく質問の答えが自分にも分かっていない様子だった。

「そういえば何でだろ?」

 悠斗の疑問に唯が疑問符を浮かべた。

「依頼回収箱見た時はなんとも思わなかったけど、なんか段々ここに行けばいいと思ってきて…………何でだろ?」

 ここにきても謎は増えてしまったようだ。

 即ちこれは、唯の意思によって持ち込まれた依頼ではないかもしれないということを暗示しているのである。


「おいおい、これってもしかして――」

「――服従、かもしれないね」


 エリカが悠斗の言葉を引き継ぎ真剣な眼差しで悠斗を見つめていた。

 服従。それはノアが何者かにかけられた魔法能力である。果たしてそれが同人物なのかどうかは定かではないが恐らく同じと見ていいだろう。

 いつになく真面目なエリカの顔に思わず息を飲む一同。その空気を察知すると何事もなかったかのように気楽で自由人のエリカが戻って来る。

「話はもういいかい?」

 司が気を利かせてくれたのか話題の転換を促す。悠斗は必死に絞り出しついさっきのことで伝達を思い出す。


「そうそう、今日は5時間目が終わったら部活動紹介があるだろ? アレで探偵部は何もしないから今日は部活なしで」


 悠斗が伝達事項を伝える。理由は先の通り異世界の無関係者がこの異常な部に関わってはならないからだ。それを全員理解できるため文句ひとつ言わずすぐに幕引きする。


 またネタがなくなると司が目で尋ねてくる、もう終わりかい?と。

 爽やかなのに力強い目力だった。

「じゃ、以上で」

 その悠斗の一言を待ち詫びていたかのように全員が、ああああーー、と音を鳴らす。不思議な緊張感があったためなんとなく気が抜けなかったのだろう。

 次々と退室していき最後に鍵を占める係として悠斗が残った。鍵を返しに職員室へ向かおうと振り向くと司が立っていた。

「何か?」

 敬語ともタメ口とも取れるような絶妙なラインの言葉を使うことで慣らしていく悠斗。それに気づいた司はふふっと苦笑する。

「入部のことでね」

 歩き始めると歩幅を合わせるように付いてくる。入部のこと、から悠斗は伊龍先生への入部届かと思ったがそれとは別件らしい。


「入部したい理由、唯のことなんだ」

 躊躇うことなく笑う。ここで持ち出すということは唯に聞かせたくない、もしくは悠斗にだけ聞かせたい、のどちらかだろう。勝手に前者だと捉え続く言葉を待つ。

「唯が悠斗くんたちに見せる態度については話したよね」

 悠斗が歩きながら頷く。

「本当にあんな唯を見たのは久しぶりなんだ。だからこの部にいれば唯のもっといろんな面が見られると思ってね」

「それは部を道具として使うってことか」

 怒ったわけでもなくそう感じたのでそう尋ねる。

「違う違う。僕に依存する唯は可愛いけど、やっぱり多くの人と触れ合って成長して欲しいからね、人と触れ合うにはこの場は都合がいいし、悠斗くんは、上手く導いてくれそうだからね。唯だけじゃなく、僕のことも」

 最後の部分には首を傾げざるを得なかったが、ハッとして首と手を左右に振った。

「やめてくれ、俺にそんなのを期待するのは。的外れもいいとこだ」

 無意識的に敬語を外して答えてしまう。

 気にしているのはそんなところではない、自分が無駄に、無意味に信頼のようなものを受けているのが嫌で、不愉快で、鬱陶しくてたまらない。

「そんなことないよ。本当は今みたいにすぐ適応できるんだよね? 君はすごいよ」

 適応の言葉で自分のミスに気がついた悠斗は大きなため息をつく。自分のミスは無理に隠そうとせず敢えて肯定するように答える。そちらの方が隠している他の部分に触れられにくい。


「この短期間でそこまで読み取れる司の方が凄いだろ」

 はぐらかすように返すとこの話を拒み切り上げた。

 その後2人は職員室へ行き鍵を返却すると、司と唯の入部希望届けを伊龍へ提出した。


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