第二十四話 『本物』


 通路には灯りがあり一本道なため迷うことなどあり得ない。

 走る、走る、走る。

「…………」

 取り残したノアの闘う部屋へ繋がる通路の後方を振り返る悠斗。これで5度目だ。

「悠くん、心配しすぎ。あの子変だけどそれなりにやる子だよ?」

 ノアの身を案じる悠斗に声をかけるエリカ。

「お前、人の事言えないレベルの変人だぞ」

 どうでもいい部分に対してのみ返答する悠斗。

「ええー、そんな事ないよ〜。だってこの前も部屋に入ったら悠くんのアルバム見てニヤニヤしてたし、それの口止め料として写真渡してきたんだよ?」

「マジか……。というか教えてくれたのは嬉しいけど、口止め料もらったなら黙っとけよ」

 悠斗の指摘にハッ、と表情を変化させる。そして「ま、いっか」とすぐに切り替えた。

 エリカとノアの手に渡った写真たちはこの際いっそあげてしまうことを悠斗は決めた。

 話題がノアの安否から変人度に転換してしまったが、少しは気が紛れたのでよしとする。

 こういう時、何気な気遣いができるエリカはかなり人を見ており視野の広さには目を見張る。

 そのまま進むと4度目の曲がり角があった。再び角を曲がるとその先にはまたしても広大な一室が設けられていた。

 この部屋も機械等が多く設置され、全てが稼働していた。

 薄暗い室内で一部、一定のテンポで発光する箇所があった。


 警戒しつつ近づいたところ――


「っ! 兄さんっ!」

「えっ、唯⁉︎ 出てこられたのかい? 怪我とかは……」

「良かった、兄さ――」

「待て。言っただろ」


 兄との再会に舞い上がり飛び付こうとする唯を呼び止める。

 それに対して不快感を覚えつつも渋々従う。

 とは言え悠斗は擬態の疑念解消手段を知らない。どうすれば疑惑が晴れ、宮園司本人であることが証明できるのか。

 司側は1人でここにいるのか、辺りを気にしつつ悠斗たちが何者か分析を始めようとする。


「ふふー、証明方法でお悩みかな、かな? 擬態の魔法でも固有の能力までは真似できないから、それで潔白が証明できるよ〜」

 誇らしげに鼻を鳴らして手段を示すエリカ。

 悠斗の役に立っていると実感している瞬間がたまらないらしい。

「君たちは……ここの人間じゃ無いんだね」

 司(仮)が悠斗たちをじっくりと見回して小声で確認をとる。人を見る目があるのか、もしくは純粋なだけで人を疑わない主義なのか、悠斗たちが敵じゃないと理解したふうに尋ねる。

 それに対して代表した唯が頷き応じるように司も頷く。

 兄妹ならではの意思疎通だろうか。これでもし偽物なら兄妹もクソも無いが。

「僕は本物だよ。能力の証明ならコレ、この水を――ほら、物質変換だ」

 そう言って見せたのは液体を変化させる瞬間だった。

 水と思われる液体に手をつける、と同時に液体が発光し異なる色の液体に変化させた。

 能力を間近で見た悠斗は、すげぇ、と感嘆していたがそれにもお構いなしに会話を始める司。

「よく分からないけどまずお礼を言いたい、唯を助けてくれてありがとう」

 その言葉と謝礼に全員から、えっ!という声が漏れる。当然名前の上がった唯自身も困惑している。

 その共鳴に司も、えっ?と音を鳴らす。


「えっと……、唯を助けたってのはどういう……」

「いや、ほら、唯は数日前からここに監禁されていて……」

 その言葉に司以外の全員がザッと唯から離れた。

 しかしそれは反射のような行動であり、我に帰った悠斗が唯の無実を証明する。


「まて、唯はここに来る途中能力を使ったろ。だからこの唯は本……物……ってことは、その捕まってた奴って――」


「――いけないなぁ、招待もされない客人が勝手に入って来ちゃさぁ」


 突如聞こえた声に一同は肩を震わせた。

 軽々しい言葉遣いに余裕を含んだ話し方。明らかに他のものを格下に見ている。

 かつかつと靴音を響かせながら姿を現すのはまたしても男性。しかもその顔に悠斗たちは見覚えがあった。

「……擬態の野郎か」

 唯が教室に訪問した際に悠斗は司を呼び出した。しかし実際は司に擬態したこの男。

 唯は昏倒させられたためその顔を見ていないが探偵部の全員がしっかりと記憶していた。

「まったく、あの時はテレポーターの不備が起こってしまうなんて不幸でしたよ。とは言えその埋め合わせでしょうか、随分と大層なものを連れているじゃあないですか」

 面々を見渡しながら笑う男は、白翼、あーちゃん、唯が視点に合うたびに首の回しを止め何かを確認する。


「妹さんは想定内として……7億テルと8億テルの懸賞金の掛かった方までいるようで。金になりそうですね」


 男のサラッと流した言葉に目を剥き斜め後方にいる白翼とあーちゃんを交互に見て首を傾げる。懸賞金、更に億単位が耳に飛び込んできて一瞬驚愕したが、『テル』という謎の単位の大きさ、価値が理解できずに戸惑っているのだ。

「テルっていうのは異世界の通貨のことで、日本円に直すと1テルで1円の価値だよ〜」

 エリカが悠斗の無理解を察し耳打ちする。

 その瞬間、はああぁぁ⁉︎、と大声を上げ再度2人と交互に目を合わせた。その視線をバツが悪そうに逸らすハーフの2人。

「おや、知らずに連れていたのですか? 昼に見た時は私も気付きませんでしたが、後々考えると確かそうでした」

 男が愉快そうに笑って思い返す。

 今頃だが、昼とは随分人柄が異なって見えるのはどういうことだろうか。


「お前ら……なんだその懸賞金の額……異常だろ……」


 驚愕のあまりに震える悠斗。異世界側では広まっていることなのか他の者は一切動揺しない。

「……僕も今見ただけでそうじゃないかと思ったけど」

 司が自分の直感を述べる。しかもそれは当たっていた。

 悠斗はまたしても自身の知識のなさを実感する。

 知識を持つことは大切なことだ。今までの雰囲気、異世界は戦の世界と推測できる。戦いでは相手の情報や味方の情報などあらゆる知識を使用する。それが欠けた悠斗には周りの人間を守ることなど無理難題である。

 折角手に入れた能力、悪事に向かわず真っ直ぐに人の役に立つ。きっと神様がくれたチャンスなのだ。何がなんでも今までの贖罪として……。

「いや……今はそっちはどうでもいい、唯から受けた依頼として司先輩は連れ帰らせてもらう」

 悠斗は男に指を突きつけた後周りに目配せをし合図を送る。



「って事で――撤退!」



 悠斗の掛け声と同時に全員来た道を戻っていく。司は何も説明を受けていなかったが唯が手を引いて数歩走るとすぐに納得し自足で走り始めた。

「なっ! 待てっ、どういうつもりだ、コラっ! 止まれ、止まらんか、止まれと言っているんだ、オイ!」

 変体男が後方で叫びながら追いかけて来る。

 ここに来る前に悠斗たちはこの作戦をとることを決めていた。

 できる限り無駄な戦闘を避けるため司本人を見つけ次第この場を離れると。離れる方法としては、当初はノアのテレポートを考えていたが、そのノアが交戦のため悠斗たちと離別している。そのためノアのある部屋まで引き返しそこからテレポートする予定だ。


 暫く走り続けると、やがて変体男の声は聞こえなくなり必死に走る荒い呼吸と地面を踏みつける靴音だけが残っていた。

「……怪しいな。何か企んでんのか」

 敵の全体像すら見えていない中で諦めるのは早すぎる。何かを企てているとしか考えられない状況だ。

 しかしそれでも、全員ノアのいる部屋を目指して足を進める。彼女がいなければ家に帰るのにも多大なエネルギーが必要となってしまうからだ。


 走り続け数分経った頃、悠斗が覚えのある弱い気配を感じた。最近家に居座り始めた青髪で年下の少女の覇気だ。

「この感じ……えっ、ノア⁉︎」

 通路の端に意識を失ったノアが寄り掛かっていた。

 力の全てを壁に預け、手や足にもまったく力が入っていない様子、何より感じた覇気は微弱なものでとても弱々しかった。それを証明するかのようにノアの体が淡く発光していた。ノアが身体に持つことなどあり得ない青緑の薄い光だ。

 ノアへ駆け寄り状況を把握する悠斗。鼻血の跡が残っており手や顔にも所々血がついていた。触れてみると体温は常温より低くエネルギー不足であることは明らかだった。

「体力切れか、俺の考えが甘かった」

 自身の計算ミスを嘆きながらノアのコア調節を始める。敵地内でやることではないがノアさえ起こせればすぐに逃げ切れる。

「ちょっと、何やってるワケ? ノア変に光ってるしどういう事よ」

 突如停滞した状況に不満を持った唯が悠斗に尋ねる。今までとは違って割と優しさのあるような口ぶりだった、兄がいるからだろうか。

 悠斗が答えようとしたところにエリカが割り込み説明を始めた。調整に集中させるために無駄な気を使わせないのが目的だ。相変わらず見た目や性格にそぐわず気配りのできる奴だった。

 エリカの説明に絶句しつつも納得を示す。

 司も聞いていたため驚きの表情で悠斗を見つめていた。

 その2人の様子を背中越しに理解しながらも無視してノアの回復に力を注ぐ。

 やがて悠斗から注がれた命のかけらがノアに色を取り戻していく。ノアに生命力が吹き返して来たのだ。そして逆に悠斗は大きくエネルギーを消費し力が弱まった。

 しかしそれとノアの覚醒については別問題。体力が戻っても一度手放した意識は簡単に戻ってこない。

「起きねぇ、どうする、一旦この建物は出た方がいいか?」

 自己判断で全てを決めるわけにはいかず全員に確認を取る。

 満場一致で脱出が決定し再び全員は走り出した。


 勿論ノアは悠斗に抱えられた状態で。





 時は悠斗たちがノアを見つける10分ほど前に巻き戻る。


「理解が早いな。我の壁の射程がもう計測されたか」

 距離を取るノアに対して称賛を向ける男。

 その手は青髪の少女へと向けられており2人の間には見えない壁が存在していると推測される。

「イヤでも気が付きますよ」

 ノアは後方に着地した後頰を伝う血の混じった汗を拭う。


 一度屈めた背を起こし経緯を説明する。

「特定の距離を開けるとあなたは不思議と壁を貼ろうとしなくなる、それに気づいたのはかなり早かったですよ。計測方法はテレポートで細かく位置を調節し、どの距離あたりから届かなくなるのか割り出しました。恐らく『人を通さない壁』の効果範囲は他の壁に比べて狭いのでしょう」


 ノアの堂々とした物言いに、ほう、と声を鳴らす。

 その気楽な様相に不穏な予感がした。

 自身の能力の弱点を見抜かれ相手の弱点は大して見えない、そんな状況は戦闘の都合上良い局面とは言えない。そんな場面において先ほどと変わらない態度や表情で居続ける。

「だが汝も我に攻撃できないはずだ」

 ノアの不安はおおよそ当たっていた。


 ウォルトはノアの弱点――と言うより、この盤面での限界を解析できていた。

「汝は触れた生物しか移動させられない、つまり我に触れぬ限り攻撃はできぬ。例え我に能力が使えたとしてもそれが我の戦闘力を低下させるとは考え難い」

 ウォルトの指摘に黙って血を拭うノア。

 張り詰めた空気の中に響くのはノアの荒れた息遣いと僅かに作動している機械音のみ。冷や汗がノアの顔を伝い、それを合図に再び攻撃を仕掛ける。

 前に走り出したノア。そのノアへ向けてウォルトが手を突き出す。何度も繰り返された風景、そこに発展をもたらすためにノアが行動に変化を加える。

 今まで通り、男の壁を避けるべくテレポートしその場から姿を消す。男は直感的に後ろを振り向くが誰もいないことを確認すると正面を見直し辺りを見回す。

「くっ、逃げたか」

 気配がなくなったことによりそう結論づける。

 実際、ノアの姿はどこにも見当たらないためこの場を離れたとしか考えられない。能力を使えばいつでも戻ってこれるがわざわざすぐに戻ったりはしないだろう。そう考えていた。


「があぁっ!」

 ゴンッッ、という衝撃音とともにウォルトの頭蓋に激痛が走った。その痛みは全身を駆け巡り意識を切断していく。

「な……にが……」

 余力を駆使して後方を見ればノアが鉄の棒を握りしめて睥睨していた。

「キ……サマァ……」

 遠のきそうな意識を必死にこの世界に押さえつけ無理矢理腰を上げるウォルト。よろけながら立ち上がると赤い眼光でノアを睨みつけた。

「うそ……これでも倒れないなんて」

 ノアが不意打ちに失敗したことに歯軋りしているとウォルトはノアの攻撃手段も聞かずに喉元目掛けて飛びかかる。

 当然瞬間移動し距離を取るが、その途端激しい目眩が彼女を襲った。その酔いに体がふらつきバランスを崩した少女はそのまま地面に手をつき蹲る。


 それをチャンスと捉えたウォルトが怒りのままに強襲しようとしたその時携帯の着信音が響いた。


 その共鳴に動きを止め自身のものであることが分かると舌打ちした後コールを止め苛立ち紛れに応答する。

「我だが何のようだ、今良いところなのだ」

 明らかに怒気を含んだウォルトは雇い主であるにも関わらず通話を終了しようとするが寸手で踏み留まる。

「あ? 何故だ、我は別に……。こっちも色々と……ああ、分かった、すぐに離れる!」

 何らかの燃料が投下された男は更に火を吹き始めたが通話を切ると倒れたノアを見下ろし一言言う。

「命拾いしたな」

 悪役の捨て台詞を聞いたノアはホッと安堵の吐息を漏らす。どうせならここで殺していけばいいと思うが殺す気はないのかもしれない。

 ウォルトは置き土産の後テレポーターでその場から消えた。


「お兄…………ちゃん……」

 その場に居ない偽兄を求めて悠斗たちの消えた通路へ向かい一歩、一歩、と時間をかけて進む。壁に体重を預けながら力無く歩いていた体は遂に脱力しその場から動けなくなる。

 荒い息で呼吸しながら前に進もうとするがエネルギーの枯渇し切った肉体は言うことを聞かずやがて意識すらも手放してしまった。


 その後――生命力の薄れた少女は悠斗らによって発見されたのだった。


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