第二十三話 妹のために妹が
やがて目が慣れ始め少しずつ開眼に成功する。
一同は再機能した眼を使い『気配』の存在と形容を認識する。
映った者は男だ。
悠斗の読み通り成人仕立てのような男性が、悠斗を忌々しげに睨んでいた。
「
悠斗に指を突き出して声を張り上げる。割と男前な声で女性にモテそうな顔立ちだった。
悠斗のそばには闇中で受け止めたものとみられる小刀が転がっていた。
問いに対し思案する。
無視を決め込み攻撃を仕掛けるか、正しく名乗り極小でも信用を握り司の場所を聞き出すか。
「…………俺は、神本悠斗だ。お前は」
小さな希望にかけ信用を勝ち取る戦法でいく。うまく誘導し情報を出来る限り多く引き出さなければならない。
「我はウォルトなり。汝は何故我の攻撃や効かぬ、いらへよ」
癖の強い口調だった。どう考えてもコレは古文法だ。悠斗は全教科学年トップレベルの学力ゆえに翻訳できるが、一般の高校生がその場で字面に起こさず訳せるかと言えばそうでも無いだろう。
古文なんていつ使うのだろうかと疑問に思いながら学んでいたため、初めて役立ったことがなんとなく嬉しかった。
本来の使用用途とは恐らく違っているが。
「あの人、なんて言ってるの?」
あーちゃんが悠斗の服を引き不安げに尋ねる。突発性のアクシデントが発生した上に異なる言語を使っているような(ある意味異なる言語だが)感覚に陥る相手との会話、誰だって不安を感じるものである。
「通訳してたらめんどいから俺の返答とかから察してくれ。――答えたらそっちも答えるのか」
あーちゃんの不安を解消したいところだが相手の機嫌を取る方が重要なため笑った後再び男――ウォルトと向き合った。
「げに、それは当然の権利かな。ならば汝にいらふる要はあらず」
「つまり答えるつもりはないと」
「いかにも」
周りに余計な不安を与えないために間髪入れず答える悠斗。
思考する。この場をどう収めるべきなのか。
唯がここで足止めを喰らうのはまずい。だが、先の暗闇の中的確に場所を選んで移動できた者は悠斗とウォルトのみ。つまり、ここに残るべきは――。
「――俺か…………いや待て。なあエリカ、能力者本人って自分の魔法の影響は受けるのか?」
パッと浮かんだ根拠のない考えに燃料が欲しかった。その考えが、閃きが打開策となるならと希望を持って。
「能力によるけど基本は受けないよ。例えば見えなくなる『インビジブル』ならその使用者は透明化していても見えるし、マグマを操る能力ならその人にとってマグマはただの水みたいなものになるよ」
このタイミングでいい例えを出してくれる。
エリカの教えを聞いて確信へと近づく。
ウォルトは闇の世界を作り出した際、自分だけは光を得ているのだと。
「ノアちょっと耳貸せ」
ノアを呼び寄せると、少女は背伸び、少年は小さく屈み2人の口と耳の位置を合わせる。
唯たちを含め2人以外に聞こえないように指示を伝える。
話す間2人の顔が若干赤く染まり、それを凝視していたエリカが、むっ、と頰を膨らませていた。
空間に沈黙が流れていたが、伝達を終えると同時にウォルトが声を上げた。わざわざ作戦会議の時間をくれるといういかにも敵らしい行動だった。
「我は雇われし身なれば任務を全うす。即ち、侵入者の拘束なり、誰一人ここを通さぬ。――光無き世界」
己の役職と仕事内容を宣言すると再び先の言葉を叫ぶ。
またしても世界から光が失われ闇が構築される。
「来たっ」
そのタイミングを見計らいノアが悠斗以外の人間の手を取を繋ぎ合わさせ全員で固まる。
暗闇の中それを認識した悠斗は見えない首肯をし男に全神経を集中させる。
「さあ、これで――何っ⁉︎ 汝! 娘どもをいづこへ隠しきや!」
男の怒鳴り散らす声を聞き悠斗は確信した。
男はこの世界の中どうやって人の居場所を突き止めているのかを。
恐らくこの闇がウォルトの魔法だ。二つの魔法は同時に使えないとエリカに習っていることから、この闇の中では男は能力が使えない。そして、さっきエリカがくれた言葉――自身の能力は己に影響を及ぼさない。つまりあの男には光のある世界が目に映っているのだ。その大きな根拠となるのは光無きと通さぬ壁の部分だ。恐らくウォルトは壁に関する能力。
本人しかわからない世界をあの男は見ている。ならばこちらも『見えない世界』で戦えばいい。
「さて、何処だろうな――こっちからも行くぞ!」
悠斗は解答をはぐらかし、ウォルトとの距離を瞬時に詰める。
「ちっ、人を通さぬ壁」
デジャブを感じる展開を繰り広げる。全く同じセリフで前回と同じ光景が作り出される。
先程は長時間の暗闇のため、大量のロドプシンが分泌、破壊されていたが、今回は目に響くほどではなかった。
光の戻った世界、悠斗の腕が『見えない壁』によって空中で止まり続け、一向に前方へと動かない。
2人から離れた位置には手を繋いだノア達が観戦していた。
「……いかなることならむ……」
ウォルトが不可思議な出来事に対し呟く。間近にいた悠斗には当然聞こえたが、それを拾わず無視してノアに目配せする。それに応えるように小さく顎を引くと同時に戦場に大きな変化が訪れる。
「お前ら、走れ! 真っ直ぐだ!」
「走って下さい!」
悠斗とノアが全員へと叫ぶ。
ノアの能力によってウォルトが塞いでいた通路へと瞬間移動したのだ。
ノアと悠斗だけがウォルトの前に立ち、他は全て通路へと飛ばされた。それを追うようにして悠斗も即通路へ走った。能力を駆使した高速の移動、誰の目に止まることもなくウォルトの裏側へ回り込む――筈だった。
「んなっ」
悠斗の体はまたしても『見えない壁』に阻まれ行動を阻害される。
「っ、くそっ、待て!」
唯達の瞬間移動に不意を突かれ呆然としていたウォルトだったが、悠斗の体当たり(悠斗にそのつもりは無いが)に我に帰ると唯に向かって走り始めた。
「お・兄・ちゃん」
それを阻止するために動いたのはノアだった。唯達は訳のわからぬまま一本道を突き抜けようとしていたため対処する暇がなかった。
まずノアが悠斗の元へテレポート、そして悠斗を唯達の元へ飛ばした後、追いかけるウォルトの真後ろへ移動しウォルトを室内の入り口まで戻す。
「頼んだぞ、ノア」
打ち合わせ通りに事を運び終えた悠斗はノアにこの場の全てを託して道を走った。
打ち合わせとは、先に2人が耳打ちした時の会話だ。
ここに止まり続けることはできないが、この男も無視できない。対策できるのは悠斗のみでどうするべきか思案していたが、ノアの『能力』を使えばと考えついた。
ノアなら上手くこの男を足止めできると。
「くそっ、ふざけすぎたか。貴様、何をした」
ウォルトの口調が共通語へと変化した。
どうやら話せる言葉を使わずカッコつけていただけらしい。ノアが言葉を理解できないと踏んだのか、もしくは今供述した通り真面目モードに入ったのか。
「私はテレポートの魔法が使えます。そして、私には暗闇は聞きませんよ。さあ、私は答えたのでそちらの能力もお聞きしましょうか」
ある意味ハッタリを織り混ぜて自身の能力を語るノア。暗闇に置かれた状態ではテレポートが出来ない上に何処に誰がいるのか、そもそも自分が存在するのかすらわからない。そんな中、敵の攻撃を受けずにはいられない。
但しそれは相手がノアのことを見られるならの話だ。
「貴様が勝手に想像すればいい」
自白を拒否しノアへ近づくウォルト。
闇を作り出すことの無意味さを理解したのか光のある世界で直接攻撃を仕掛けてくる。
瞬間移動で距離を取り視界にしっかりとウォルトを捕らえるとノアは憶測を述べた。
「お兄ちゃんの感想と予測からあなたの能力を推測すれば、壁を貼る魔法と言ったところでしょうか」
「それはどうだろうな」
いつもより早い返答に少し苦笑しながら、確信めいた様子で言葉を続けた。
「動揺しているのでまず間違い無いですね。あの暗闇は恐らく光を遮断する壁でも構築したのでしょう、だから私たちは暗黒の世界へと放り出された、違いますか? もう一つ、お兄ちゃんの攻撃を受け止める際、毎度『人を通さぬ壁』と叫んでいましたがその名の通り人体の侵入を防ぐ壁でも作ったのですね、だからお兄ちゃんの一撃が空中で受け止められた」
「ちっ」
ノアの丁寧な予想にウォルトが舌打ちする。それはつまり正解を意味していた。
そこで、さらに怒りのツボを刺激して注意を引く。
この場で大切なことは、目の前にいる男をこの場から逃さず足止めをすること。悠斗達が司の元へ辿り着くためには男の妨害を妨害しなくてはいけない――それも最小数で。
「その舌打ちは認めたということですね。私の推測は当たっていたようで良かったです。あなたの壁は境界を通過する際に働くものです。だったらその壁を通り越してあなたの真後ろへ移動できれば『見えない壁』も意味を成しません。これで私の勝ちですね」
ノアが勝利宣言をした時、ウォルトがさらに強く舌打ちする。
「所詮テレポーターだ、この能力者は戦闘方法が決まっている。見たところ貴様は、生物をテレポートさせる側だな。つまり戦い方としては私に触って空中へ移動させ落下させる、その程度だろう」
怒りを抑えるように分析結果を口にする。どちらも相手をよく見て能力を選別している。ゆえにどちらの読みも的確であり弱点も見つけてしまう。
「私の壁にも色々な使い方があってだな、自分の体の表面に衝撃を通さない壁を構築できる。つまり、私はどんな高所から落下して地に激突してもダメージを受けないのだよ」
ウォルトの解析もまた的を射ていた。
ノアはウォルトの戦意喪失を狙ったが、それは見抜かれていたらしい。
不適な笑みを浮かべるウォルトに汗を握る。
「……」
沈黙することで心を落ち着かせ冷静に対処する。
今の言葉からすると、どちらにも当てる手がないということ。但しそれは現段階の話であり、頭を使い、能力を駆使してどうにかウォルトを足止めしなければならない。
ここでいう足止めとは意識を奪うことである。
実質2人はこれ以上の展開を望めない。ならばこのまま時が過ぎるのを待ち悠斗が帰還するまで睨み合うのもいい。
しかしそれでは悠斗の元へいられない。
今ここに立つことが助けにはなっているが、側について常に見守ることはできない。ノアは、悠斗の隣にいたい。
「みんなお兄ちゃんを狙ってます。私だって、やって見せます!」
叫びと共に仕掛ける。まさに先手必勝。
先手をかけ相手の動きの粗を探す。一瞬でも不意を突かれれば誰だって刹那の隙はできる。
突然の咆哮と攻撃に当然ウォルトは驚き、コンマ5秒ほどの隙を見せた。
ノアが男の背後へ移動し背に触れる。
ウォルトの体は一瞬にして地を離れ反転し宙へと放り出される。これはダメ元で行動したもの、先の言葉が事実なら恐らくダメージは入らない。だからこそ命を刈り取る勢いで奇襲を仕掛けた。
頭を下に向けた状態で落下を始める体躯。敢えて天井辺りから落とし能力を使用する時間を与える。
「防震壁」
男の声は地面との衝突直前に聞こえた。
何か条件下でしか能力を発動できないのか、もしくはそう思わせるために意図的に発動を遅らせたか、そんな思考をしながら次の行動を起こす。
ウォルトは頭からの激突を避け、手を地について綺麗に体を回すと元通り足で地に立っていた。
もう一度ノアはウォルトの後方へ回ろうとする。しかし警戒されてしまい簡単には背後を取れない。テレポートして後ろへ飛んでもウォルトに触れるまでは危険な状態、蹴りでも入れられると大ダメージになるため迂闊には近づけない。
ウォルトの周りを大回りに走っていたノアにウォルトが片手を勢いよく突き出す。
「んあっ!」
一瞬の空白の後、強い衝撃に打たれノアは後方へと吹き飛んだ。
バウンドこそしなかったが強い勢いゆえにそれなりの距離を滑り顔を上げると鼻血が滴れる。
唐突かつ不可視の攻撃に反射すら間に合わず威力がそのまま顔や体へと届いたのだ。
「何をっ……」
見た目は酷い威力に見えたが体全体に分散された衝撃は重傷を受けるほどではなかった。
鼻から溢れる血を押さえながら状況を確認する。
「人を通さぬ壁だ。恐らくすぐにわかるだろうからこれくらいは明かしてやる。壁を高速で押し出して貴様にぶつけたんだ」
ウォルトの言葉を聞き数秒後に理解が追いついた。アクシデントによる動揺と傷の影響で判断が一瞬鈍ってしまう。
自分のミスに対して歯軋りするノア。攻撃のダメージのせいでその歯軋りが少し響いた。
ノアはよろけながら立ち上がり大した外傷のないことに安堵する。
自分に警鐘を鳴らし、再び戦闘の構えをとる。
――――その後は暫く双方の攻防が続いた。
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