第二十二話 2度目の異世界
「ねえ、どうやって兄さんのとこ行くの?」
かなり落ち着いた様子を見せる唯が珍しくソフトな雰囲気で悠斗に尋ねる。
少し角の取れた態度に多少驚きながらも通常通り答える。
「うちの優秀なテレポーターだ」
唯は一瞬道具の方を想像したがすぐに考えを改め、誰かがその魔法使いだと理解する。
「誰?」
「私です。でも優秀じゃないです」
謙遜などという大層なものでもなくただ純真な心で答えるノア。
悠斗は謙遜と捉えたが、いちいち指摘する必要もなくそのまま場が流れる。
「じゃあさっさっと行くわよ」
唯が右手を悠斗の前に差し出す。
上位の魔法使いでない限り接触無しで人をテレポートさせることはできない。それを理解しているからこそ手を繋ぐという行動をとる。
時間が時間だが司の安否も心配である。恐らくはないと言っていたが最悪の事態――いわゆる、殺害されるという悲劇が起こる可能性は0パーセントではない。全員で手を繋ぎ合い能力を共有する。
誰1人目を閉じずに転移する。
目の前の景色が大きく変化する様を目に焼き付ける悠斗。
転移先に広がる景色は緑だった。あたり一面に広がる草木は鬱陶しいほどの密度である。
悠斗に正確な定義などの知識はないが、ここは一般的に言う森や山といった場所と分類されると感じた。悠斗の住む世界と時差がないのか真夜中に放り出されていた。
唯からは正確な位置まで指示を受けたためその場に飛んだ……はずである。本当に成功していればの話だが。その唯の話によれば辺りに小屋がありその地下に採掘場と精製場、その他監査室など諸々が設置されているらしい。
どんな調査をすればこの情報が手に入るのか甚だ疑問に感じたがそれは異世界の都合ということで目を瞑った。
「ちょっと歩くわよ」
唯が先導し道を案内する。恐らく門前突破になるため戦闘の用意をする一同。身体チェックをしながら白翼が不満を漏らす。
「なあ、オレたちがここにいる理由忘れてないよな? こんな目立つようなことしていいのか?」
自分の参加拒否を訴えてるわけでもなく純粋に天使側を警戒しての言葉だった。
「分かってる、持ちつ持たれつだな。今助けてもらったら後で頼りやすいだろ?」
適当な言い訳を使って誤魔化す。
貸し借りを作らずとも悠斗は人を助ける。人助けをしたいと願うゆえに。それが、神本悠斗という人間なのだから。
困っている人を救い出したい、それでも限界はやってくる。手からこぼれ落ちるものを拾い上げてくれる人間を側につけておきたい。それも人数が多いほどよい。
「まあ、そうだけどよ」
何か引っかかるのか歯切れの悪い返答をする。
建前としてでも納得したという発言に頷き場を勝手に閉じた。
「あれ」
唯が突然静止し物陰に隠れながら一点を指し示す。
指先の直線上にあるのは採掘場としか思えない建造物だった。密林の中に佇む建築物。木がいくつか切り倒してあり監視の目が届くよう見通しも悪くはない。
それは悠斗たちにとっても同じであるため遠目に入り口の様子を伺う。
「門番が3人と……それだけか」
鎧も纏わず、刀すら手に持たない男3人が門の前に佇むなど悠斗の知る世界とは異なる。しかしここは魔法の使える異世界だ、門番が魔法を使えるのなら刀などは不要となるだろう。
「取り敢えず意識を奪ってこっそり侵入したいな。俺がいってもいいが……バレないかどうかは正直わからないな」
悠斗が思案を口にしていると最前の人間から案が出た。
「じゃあここはアタシがやる」
木の影に身を潜めた唯が門番たちの方を向き、右手を左から右へ静かに薙ぎ払った。音も無く空を切るその右手は何も変化せず数秒間門番にも異変は起こらなかった。失敗かと一同が首を傾げた頃。
「っ、あっ、がっぁ」
男たちが小さく呻き首を押さえ始めたかと思うとやがてパタリと倒れた。暫く悠斗たちも動かず様子を見る。中から新たに出てくる人間、若しくは気絶したと思い込んだという可能性を考慮したが空気が変わることはなく悠斗たちは茂みから身を出した。
男たちに近寄り失神を確認すると唯を見て感嘆する。
「お前凄いな、何したんだ?」
遠距離から攻撃を悟られず尚且つ音を立てずに男3人の意識を刈り取る。勝手な悠斗の推測だが魔法界でも簡単に為せる技ではないだろう。
「兄さんは物質変化の液体って言ったでしょ。アタシはその気体バージョンってワケ。つまりここの酸素を適当な気体――今回はヘリウムに変換して窒息というか酸欠というか、そんなのを起こしたのよ」
自慢げに鼻を鳴らす唯を見て悠斗は今までの所業を心の中で謝罪する。本能が告げるのだ、こいつは敵に回してはいけない、と。
悠斗としては想定外の進捗にも他のものは動じたり油断したりなどはない。全員気が引き締まっておりなんとなく悠斗は場違い感を覚えた。
「とにかく奥進むわよ」
再び唯を先頭に今度は建物の中を突き進む。
予想以上に人がおらず施設が機能しているのかさえ怪しかった。それでも一つの物音に注意を払い唯の兄を探す。
「唯、一つだけ言っておくが司先輩を見つけたとしても安易に近寄ったりはするな、いいな」
気配を出来る限り殺して進む中、悠斗が唯に警告する。足音ほどの小さな声で唯にだけそっと囁く。いつ再び擬態の男が出てくるとも限らない。
そもそも擬態の能力者がこの世界には複数存在しているため、いついかなる状況でも擬態の可能性は考慮すべきかもしれないが。
「……分かってる、わよ」
暗い顔で歯切れ悪く答える。心の中では納得できても簡単には頷きたくない。大好きな兄を疑うことは、愚行だと感じている。
先頭で会話する2人の元へノアが早足でより悠斗に話しかける。
「あの、お兄ちゃん。話しておきたいことが、あります」
躊躇しているようなしていないような謎の言い回しをした後ちょいちょいと手招きして後ろへと下がる。
丁度最後尾にいた白翼が2人を通り越しちょっとしたあたりでノアが切り出した。
そのノアの言葉を聞き確認をとる。
「それはいつからでどうして俺に?」
「いつからかは分かりません、気が付いたのは昨日の夜です。お兄ちゃんだけに話したのは何かに役立つと思ったからです。でも全員に認知させるのは、何となく今じゃない気がして……」
何故かは分からないがこの場で周知させることに抵抗を覚えたというノア。その意向を汲み首肯する。
「分かった、他の奴らには黙っとく。教えてくれてありがとな」
「い、いえ」
小声の会話の中でも最小の声で顔を赤らめる。
照明の僅かなこの場においても悠斗は見逃さなかった。
「ちょっと悠くん、あれあれ」
そこへエリカが声をかけて曲がり角の先を示した。距離はあったが物音がしないため小声でもよく通った。
話を切り上げて気を引き締めると駆け足で角を左へ曲がった。
「コレは……」
その先に広がる光景に悠斗たち一行は視線を奪われていた。
あたり一面にあるのは巨大な機械類の数々。全てが稼働しているにも関わらず人が1人も見当たらない。全自動化されているのだとしたら、かなりの技術進歩だと言える。
製造工程の一部を知るために機械へと歩み寄る。
見ずとも何が作られているかは想定ができるが。
「魔法石だね」
製造途中と思われる物質を見てエリカが言う。
悠斗を含め全員がエリカを見て驚きの声を上げる。
「コレを見て、よく分かりましたね。確かにそれの他はないでしょうけど……」
「ああ、製造途中の魔法石なんか見たことないしな」
ノアの感心に合わせて白翼が同調し更に周りも頷く。とは言え悠斗は完成した魔法石もまともに見たことないが。
「まあ、ね。ほら私頭いいし〜」
慌てながら何かを取り繕う。皆が首を傾げているのを見て話を逸らす。
「それよりも進も、ほらあっ……ちに……道?」
エリカが指した先には闇があった。
光の無い永遠と闇の続きそうな道が見える。いや、正確には見たと言う想像を勝手に押し付けただけであり誰にも何も見えていない。闇の世界ではヒトは想像のみで自分や周りを構成してしまう。
しかしその闇を見て不自然さを感じる悠斗。
「奥行きが周りと同じだ、アレは道だけど道じゃない……誰だ」
謎の闇に言葉を飛ばす。その言葉が闇の奥へ届いているのかすら分からない、それでも悠斗は感じた――闇の中に潜む危険な気配を。
「…………」「――――――」
悠斗があげた声に反応がない。それでも一同は緊張をさらに高める。悠斗の能力を知っている以上、悠斗の感じた気配には恐れるべきなのだと理解できてしまう。
「誰かいるのはわかるぞ、出てこい」
再度音が吸収されていく。
次は反応があった。しかしそれは歓迎できない、
「光無き世界」
言葉が届いたとき辺りは既に闇に包まれていた。光など一寸さえも存在しない。闇だ、闇が延々と広がり、果てなど見当のつかない世界だ。
「何よコレ!」
唯が真っ先に声を上げた。動揺や焦燥は刹那のうちに伝播し伝染していく。悠斗以外は自分さえも見失い動くことにさえ恐怖する。その悠斗でさえも自分が何の上に立っているのか、そもそも直立しているのかと疑問が絶えないほどであった。
「お前ら、絶対動くな!」
悠斗の指示に1人も文句を垂れず口を閉じ全ての動きを停止した。
それを感じ取った悠斗は全神経を集中させ異物の気配を探る。闇の中で頼れるものは主に耳と鼻だ。嗅覚を使い不純物の異臭を察知する。聴覚を駆使して雑音を拾う。
「くっ!」
「っ! ナニっ⁉︎」
見つけた、この世界にはあり得ない行動をとる『存在』を。
唯を的確に探り出しそこへ目掛けて何かを振り下ろす、その行動を悠斗は捕らえた。
能力を発揮して間へと割り込み振り下ろされた何かを素手で受け止める。
キンッ、と言う甲高い鉄の弾かれる音とともに悠斗の右腕へ衝撃が走る。痛みはなく物体の鋭角部が弾け飛ばされた、気がした。
『謎の生命体』は悠斗から距離をとるべく後方へ跳ぶ。
それを見計らい拳を握った悠斗、そのまま『闇』目掛けて腕を振るう。
「くっ、人を通さぬ壁」
間近で声を聞いて確信する。『闇の声の主』は男だと。
直後世界から闇が消え去り光が与えられた。突然の光彩は目を焼き潰し視界を奪い去る。闇から解放されてもなお数十秒は目でモノを認識できない。暗中にいる時に分泌されるロドプシンが多量の光によって一度に破壊されるからだ。
咄嗟の事態に反射的に拳で撃墜に向かう腕を、自衛のベクトルへと変えてしまう。そのまま閃光に焼かれた目を閉じた。それは悠斗に限らず他の者も同様だった。
しかしそれでも再度拳を強く握り『気配』へ向けて腕を伸ばした。
「なっ!」
悠斗の声の原因は見えない。『謎の気配』のみが理解できる状況。それは第三者からの視点で見れば不可思議な光景でしかなかった。
悠斗の腕が物体の無い空気中で止まっている。その拳には莫大なエネルギー量が観測でき鉄でも吹き飛ばしてしまいそうな火力を持っているはずだ。そんな力量が『見えない壁』のようなもので堰き止められ悠斗の攻撃をほぼ無効化している。
それ以上の力の使用は無駄遣いと判断し『気配』から大きく距離を取る。その際『気配』の付近にいた唯とノアを抱えて移動したが、突然の圧力に2人して驚怖の声を出した。
2人に声をかける余裕なく悠斗は『気配』と向き合い常に意識を向ける。
『気配』も行動するだけ無駄と感じたのか一向に動く素振りを見せなかった。
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