第二十一話 唯の優しさ


「さてあーちゃん、唯、何か隠してるだろ。話してみろ」

 時は10時半過ぎ、全員の入浴を終え睡眠準備まで完了している。ノアと一緒に入ったことがバレないよう、もう一度入らせたことが功を奏したのだろう、見事に隠し通す。

 しかし、別の案件で別の人間が尋問されていた。

「ふぇっ! べ、別に何も隠してないの」

 突発的に起きたアクシデントに動揺を晒すあーちゃん。その様子を見て何となく不憫に感じた悠斗は唯個人の尋問にシフトする。

「唯」

 名前だけを呼び全てを理解させる。

「サイアク、マジ話すんじゃなかったし」

 大きなため息をつき、明らかに不機嫌な態度を取る唯。その態度にあーちゃんが怯える。この2人は正反対の位置にあるらしい。それでもなんとなく似通った部分も感じ取れる。『馬鹿と天才は紙一重』が一番しっくりくる例えに思える。

「あーちゃんだけが知ってるってことは、どうしてもあーちゃんに教えなきゃいけなかったんだろ。口止めのためとかな、だからあーちゃん攻めんなよ」

 悠斗が上手く誘導、フォローする。

 唯は怯みながらも強気な態度で応答する。

「そうよアタシは黙っておきたかったの、だからここでは黙秘するから」

 口調や、気配、動揺から今回の事件がらみであることを悟る悠斗。ならば次に選ぶ言葉は簡単だ。


「それが……お兄さんのためにならなくてもか?」


「っ…………そんなことないから」


 図星であったと確信する悠斗。一瞬絶句した唯を見れば誰でも分かる。

「お兄さんを心配して俺たちの元へ来たのなら、それは話すべきなんじゃないか? 相談はいつでも受付中だ」

 悠斗の推しに汗を握る唯。勢いに押されながらも反論を続ける。

「だってアンタら、強くなさそうだし……」

 だんだん弱まる声だったが悠斗には最後まで聞き取れた。

 それにしても本当に煮え切らない子だ。さっきの口論と言い今回といい、どれだけ周りを気にしているのだろうか。

「強くなさそう、ね」

 その一部を拾って繰り返す悠斗。その言葉には納得せざるを得なかった。

 言い方から察するに、この先戦闘が起こる可能性が高いということだ。その際、力が無いものは生き残れないこともあり得る。悠斗も過去に力不足を、何度も、経験している。


「この先戦闘が起こるってことだな。それでも俺たちは力を貸したいな」

「おい待て悠斗、『俺たち』ってオレたちもか?」


 自分を戦力にカウントされるのが嫌なのか、はたまた照れ隠しなのかわからないが、ツッコミを入れる白翼。

 『俺たち』と『オレたち』がなんとも変な形でマッチしていて少しおかしかった。


 そんな白翼にジト目を送り沈黙を促す。

 すぐに理解して口を閉じた。そもそも探偵部の一員として尽力するのは当たり前だろう。


「でも、アタシ……、そんなに…………な……だ…………も……て…………い、し」


 ごにょごにょとくぐもった声を発する。

 遅れて能力を使えばよかったと気づく悠斗。しかし既に言い終えているため意味がない。

「えっと、もっかい」

 悠斗の言葉に顔を紅潮させてもう一度喋り始める。

「だから……その、ほらアタシ……」

 唯が再び声量を下げ出したあたりで白翼がため息をついて唯の前に手をかざした。

「っ、な、何よ」

「いいから続けろ、全員に聞こえなきゃ意味ないんだよ」

 行動との関係性が掴めないまま先の言葉の続きを喋る唯。


「その、アタシそんな強くないし、だからついて来ても守ってあげられない、し……」


 次の言葉は全員にはっきりと聞こえた。予想以上の声量に驚きを隠せない白翼とあーちゃん以外の面々。それは言葉を発した唯本人も例外ではなかった。

 しかし、それが災いして、唯が羞恥心故の憤慨を見せる。顔を真っ赤にして白翼を睨みつけた。


「ちょっと! アンタ何したわけ!」

「な、何って、拡声器代わり……?」


 唯の圧力に数歩引きながら疑問系で応える白翼。

 理解の及ばない一同に、悠斗の後ろに回っていたあーちゃんが補足説明する。

「お姉ちゃんは波動を操る魔法を使うの。基本的に波は全般操れるけど、光とかはいじられないの」

 一度あーちゃんに集中していた視線が全て白翼へと戻る。その視線に頰を掻きながら視線から逃げるように一歩、一歩と下がっていく。

「まあ、細かい説明は無しで……そういうことだ、あはははは……」

 何故か唯以上に緊張している白翼に悠斗は首を傾げた……というか昨日は能力を明かすことに非協力的だったがここでは無駄とまではいかないが緊急性のない場で能力を明かしてくる、昨日はなぜあそこまで渋っていたのだろうか。


 そんな謎は一旦置いておき事態をまとめる。

「つまり、唯のちっさい声を白翼がでかくしたってことか」

「ちっさい声で悪かったわね。ふんっ!」

 嫌味の気なく言った悠斗の言葉に敏感に反応した唯がそっぽを向く。おそらく恥ずかしさからとった行動だろう。

 どうやら唯には若干のツンデレ属性があるらしい。

 未だにまともなデレは見る機会がないが、いつしか出会える日が来るだろう。

「まあそんなことより、俺たちの安否は心配しなくていい。俺を含めおそらく全員タフだ」

「でも、やっぱり」

 話を強引に返した悠斗の優しさに渋る唯。

 この短時間で悠斗たちは唯の主に二面を見て来た。

 一つは、気が強く、いじっぱりで、強情で、ツンツンとした角の取れない、クラスではカーストの強そうな面だ。

 もう一つはそれと対照の位置にある。自分の弱さを知りつつも周りへの被害を恐れ、人に大きな頼み事ができないような弱い心を持っているのだ。

 人間の多くが持つ二面性。しかし、一般的なそれとは大きく違う、悠斗はそう感じた。

 そろそろ悠斗も格好をつけることに嫌気が差して来た。自分の出来ないことを偉そうに人に指示することは褒められたことでない。


「なら1人で行くのか? 何のためにここへ来た?」

「そ、れは……」

 ついさっきも尋ねた質問を繰り返す。

 無駄に格好つけなくていい。知らない人には純粋に、只々普通に接すればいい。思ったことを吐けばいい、その方が、きっと上手く伝わる。

 悠斗は、最近格好つけてばかりだった。それはいわゆる、本心の押し殺しを意味する。そんな事をすれば、また心は壊れてしまう。

「ここで決めてくれ。依頼をするなら引き受ける。依頼をしないなら要はない、帰っていいぞ。でもこれだけは考察の参考にしてくれていい、俺は準備OKだ」

 唯はどちらを選ぶだろうか、また同じ選択肢を見せつけられたらどう答えるだろうか。

 戸惑っている、困惑している、悩んでいる、葛藤している、喜んでいる、躊躇っている、歓喜している、躊躇している…………。

 そんな状況下に置かれた人間は人により様々な対処をする。

「あた、し……は……。やっ……り、アタシ……1人で……」

 言いかけた。

 言いかけてしまった。あと少しで今までの努力を踏み潰すところだった。小声だったことが幸いして悠斗たちにはまともに届いてない。

 危なかった、と心に堤防を作る。しかし、即席の防衛などすぐに決壊し破綻する。この防壁を強固にし、ヒビ一つ入れないようにするにはどうすればいいのか。

 人間は頭が悪い。故に間違える。一度習ったことも試験では忘れてしまう。100点は簡単じゃない。

 でも、やるべきことは理解できる。生き抜く方法を知っている。その場での最適解を選び出せる。自殺をするものは、その一瞬だけで見ればそれが最適解なのだ。先を考えずにその瞬間的な最適解を人間は選び続ける。

 だから唯は心に堰をかけた。

 今この瞬間、刹那でも幸せになれる最適解というもののために。

 首を振り、『間違った最適解』を一蹴する。

 とても爽やかな、晴れやかな気持ちになり突然体が軽くなるのが分かった。


「アタシの兄さんは、グラスティール山脈の最西端の山、プロミネンスやまにいる」

 唯の意を決した申告。深刻な申告…………。


 悠斗はその決断に嬉しそうにしながら言った。


「そんなとこ知らん! 何だそのいかにも暑そうなところは、名前つけたやつ頭悪そうだな」


 本心を述べた。事実悠斗はそんな地名を、そんな山や山脈を一度たりとも耳にした事はない。それは即ち異世界である事を意味する。

 決意表明のような申告をバカにされた感覚を覚えた唯の体がプルプルと震え顔が歪み、赤くなっていく。

 その様子を見て身の危険を感じた悠斗だが、あえて何もせず噴火させようとする。


「アンっタねぇっ! こっちは真剣に答えてんのに何ふざけてんのよ! 本当にぶっ殺すわよ、あああぁぁホンッッット腹立つ‼︎‼︎ マジサイアクっ!」


 何度も地団駄を踏みながら激昂する。

 その様子を見て安心し大きく息をつく悠斗。残念なことにそれが唯の反感を買い余計な手間が増える。


「何ため息ついてんよ、ホントにわかってんの、ねぇ⁉︎ このっ、クソっ、ヘンっ、タイっ、があぁっ!」


 悠斗の目前まで勢いよく接近し都合5回ほど蹴る。手加減など一切せず、持てる力を振り絞ってスネを蹴り飛ばした。

 弁慶の泣き所。普通なら痛みに悶絶するレベルだが、悠斗は何かが足にぶつかった程度にしか感じなかった。

「これで死ぬほど人は弱くないだろ」

 煽るように唯と面と向かって言う。

 悠斗の周りに来たものは全て悠斗に好意を寄せてくる。

 エリカ、ノア、あーちゃん、あと恐らく白翼。この短期間で4人の異世界人との交流を持ったが、その誰もが好意的に接してくる。気分が悪いことはないが、やはりそれでは味気がない上に楽しくない。その点悠斗の前の少女は悠斗を嫌って攻撃してくれる。ドMな訳ではないがそれが新鮮で愉しかった。

「そんなん知ってるに決まってんでしょ。手加減してやってんのよ」

「手加減ねぇ……全力で蹴ってなかったか?」

「蹴りは全力でもやり方が手加減なのよ! ああーーもうっ! ウザいウザいウザいウザいウザい、ウザいっ!」

 唯をからかい愉しむ悠斗に冷ややかな視線がいくつか突き刺さった。


「悠くん……それはちょっと無いと思うかな……」

 珍しくエリカに批判される。


「お兄ちゃん……それは危ないです」

 ノアが誰かの身を案じて発する。


「悠斗……それはちょっっっと鬼畜だわ」

 白翼が単語的には遠慮がちな忠告?をする。


「悠斗さん……私……それはちょっと……その……怖い……の」

 あーちゃんが怯えたように白翼の背後へ回る。


「……………………」

 長い長い沈黙が訪れた。


「……は、ハッっ、バーカ」


 謎の置き土産とともに悠斗から距離をとる唯。知性の幼さが窺える語彙だと言いかけたが、これ以上触ると『恐ろしい何か』に喰われてしまうと感じ咄嗟に引っ込める。

「――――――――」

 少女たちの冷酷な視線を浴びて悠斗が怯む。

 流して話を再開することもできなくは無いが、自身の末路を憂いその場は純粋に謝罪した。

「あぁぁぁ…………すまん」

 視線をぐるっと回すように泳がせた後、深く頭を下げて言葉を口にする。

 流石の唯もこの場で尚も暴行を加えるなどといったことはせずにテキトーに流す。

 これにより不自然な形で次の話し合いへと突入した。


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