第二十話 只今入浴中


「じゃあ次俺入ってくるから。唯が脱走しないように見といてくれ」

「アンタこそアタシの浸かった残り湯でヘンなコトしないでよね」

 唯の風呂上りを確認してそれに続く悠斗。

 逃げないとは思うが念のためと白翼を見張りに立てる。

 唯はここに服を置きたくないというので風呂の前後で同じ装いをしている。

「わざわざそんなこと言わなかったら気にしないのに」

 悠斗は唯の威嚇にため息をつく。

 あれだとそういうことシてくださいの意味に捉えられかねない。

 悠斗の言葉に、ふんっ!とツンデレ風にそっぽを向く。


「あ! なら私が見張りとして一緒に――」

「入らんでよろしい」

 エリカの頭に軽いチョップを落として静止させる。

「白翼、頼んだぞ」


 頷き返す白翼を見て安心した悠斗は浴室へ向かった。後方から、今日こそは!というノアの声が聞こえたが無視して浴室へ入った。


「さあお兄ちゃん、ここへどうぞ私が背中を――」

「アホ、はよ出てけ」


 ノアがタオルを持って立っていた。それを承知していたかのような素っ気無い態度で命令する悠斗。腰にはきちんとタオルを巻いており悠斗が襲撃?を予期していたことは明らかだった。

「あれ? 不意打ちが効いていない、へんか技を出したんですね」

「ポケットに収まるモンスターの話か? 分かりにくいな。とにかくはよ出てくれ」

 悠斗を驚かせたいわけではないが、不発に終わったのが残念らしい。

 悠斗は能力ちからを手に入れてからというもの人の行動や言葉一つで多くの思考を推測できるようになった。そしてこれもその一つだった。

 ノアはそれでもその場に突っ立って動かない。


「じゃあお兄ちゃんが洗ってくれてもいいですよ?」

 いいですよ?ではなく洗ってくださいだろ、と心でツッコミながら何かを閃く悠斗。

「よしわかった、そこ座れい」

「は、はいです」

 嬉しそうに、にこやかに椅子に座るノア。その手からタオルを受け取り石鹸をなじませた後背中に当てる。


「やさしく、ゆーっくりお願いしますでででででいだいいだいいだい痛いです痛いですストップストップストップ!」


 ノアが悲鳴のような叫びを上げて立ち上がる。理由は当然悠斗だ。

 タオルを背に当てるまでは良かったが、その後は能力を使用してまでの勢いで背中を擦った。言うまでもなく摩擦や純粋な力量やらで背中が少し赤みを帯びていた。

「やさしくですよ、お兄ちゃんはヒドイですね」

 そう言いながらも同じ場所に座り直す。

 同じ方向を向き同じ姿勢を取る。続けての合図だ。

「自分のことは棚に上げるのか」

 そう言って再び超速で背中を洗う。

「だから痛いですぅ。もっとゆっくり」

 どれだけ力を入れても退散しないノアに屈した悠斗は自分にするような速度に戻しゆっくりと擦る。

 血が出るほど女の子を痛めつける趣味はないし度胸もない。


「これは出ていけの合図だったんだがな」


「いいじゃないですか。私はお兄ちゃんが好きなんですから」


 その再告白に悠斗は顔を赤らめる。それを知らずにノアは鼻歌を歌い始めた。

「……この状況でよくもまあ……」

 自身を宥めるように文句を垂れる悠斗。

 それに、ん?と反応したノアに不覚にもかなりときめいてしまう。


「兄妹では当たり前ですよ、なーんて……私には兄弟姉妹誰1人いないんですけどね。それでも、悠斗さんは本当に……本当のお兄ちゃんって感じですし、だからオッケーです。お風呂だって、睡眠だって、あんなことやそんなことだっていいです」


 その鬱陶しくも有り難い言葉を聞いてふと前の事件を思い出す。言うまでもなくノアが一度死んでしまった事件だ。


「……ゴメンな、お父さんとお母さん……助けてあげられなくて」


 声のトーンを大きく落とし歯軋りする。持っていたタオルを強く握り俯く。


 あの時悠斗はノアの父と母を助けられなかった。誰にも明かしていないがこれはドクターストップが掛かったからである。言葉の使用用途がズレているかもしれないが……。

 悠斗の蘇生魔法を使って2人も生き返らせる、本来そうする予定であった。しかしそれには多量のエネルギー、即ち魔力が不足していた。ノアを生き返らせ、さらに能力使用の救出劇ののちに2人の人間を蘇生できるだけの力を、彼は持ち合わせていなかった。

 医者は、1人ならともかく2人となると難しいと悠斗に告げた。せめて1人でもと声を上げたが医者の言葉に理解せざるを得なかった……1人を蘇らせることによる中途半端な恨みよりも、2人を失くす悲しみを与えるべきだという言葉に……。


 これを周知させれば、エリカは、ノアは、周りは……なんと言うだろうか。なんとなく想像できた、だからこそ内に秘めておく。

 これは、悠斗の無能が、力不足が、才能が、引き起こした厄災なのだから。

「お兄ちゃん、困ったり、疲れたり、辛かったりしたら私の所に来て下さいね。いつでも私は力になりますよ――お兄ちゃんがしてくれたように」

 悠斗は何もできていない。ノアを守れなかった。むしろその逆、悠斗の無力さや愚かさがノアを殺した。それを悠斗は誰よりも理解している。

 そんな悠斗の苦悩を、葛藤を、ノアは知らない――いや、知られてはならない。導くものであれ、護衛役であれ、先頭に立つものが揺らいではいけない。

「そりゃどうも。でもそれが何の役に立つのかねぇ」

 振り向いて笑っているノアの頭に手を乗せわしゃわしゃと掻き回す。

 折角のいい雰囲気だが背景というか場所というか格好というか……様々なモノが良くないせいでいかがわしく見える。

「とにかく私はお兄ちゃんと一緒に入りたい、そしてお兄ちゃんはそれがイヤじゃない、これで万事オッケー」

 くしゃくしゃになった髪に手を当てて顔を膨らませるノア。小さな顔が小さく膨れて愛らしい。


「残念だがノア、それで万事解決はしないんだな。エリカや白翼やあーちゃんという強敵がいる。だから見つからない内に戻りな」

 彼女らに見つかったときの場の収集を図る自分を想像するだけで疲れてくる。そんな未来が来ないように心から願いながらノアにお湯をかける。頭から一気に流し石鹸を落とすとノアは前方をタオルで隠して浴室を離れていった。

「一定の羞恥心は持ってんだな」

 人の風呂に乱入してくるにしても前方はきちんと隠して出入りする点やはりノアは弁えや羞恥心を持っているのだろう。

 冷えた体を温めるため湯船に浸かる悠斗。肩までしっかりお湯に浸け大きく息を吐く。

 その湯を掬い顔に当てると同時に誓うのであった。

 本当にこれ以上は、死なせないと。


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