第十九話 妹同士


 恐ろしい覇気から逃げるべく、足早にリビングまで戻る。

「悠斗は相変わらず女子好きだな」

 開口一番白翼から出た言葉はそれだった。

「女子が好きってわけじゃねぇよ。困ってるのが偶然女子なだけだ」

 何とも言えない反論をして自身でもため息をつく悠斗。しかし、すぐに切り替えて本題へと移る。この場をわざわざセッティングした理由を。

「唯はさっき頼る人が学校にも異世界にもいないって言ってたよな?」

 唯が語った心境についてだ。


 あの時は小声だったため言葉を聞き取ることが難しかったが確かにその通りのことを言っていた。果たしてこれがどんな意味を持つのか、真意は何なのかを知りたかった。けれども本人に問いただすことはするべきではないと直感が告げたのだ。


 いじめている人に虐めているのは誰だ?と聞いたり、虐められている人に虐められてる?と尋ねることと変わりなく思えたからだ。


「確かにそう言ってたの……」

「そう言えば気になりますね……」

 遅れて合点がいったのかノアとあーちゃんに続きエリカと白翼も確かにと頷く。そして同時に疑問が浮かぶ。

「どうして学校にも異世界にも助けを求められないんだ? 学校は……何となくわかるけど」

 悠斗は最大の疑問を口にする。視線が集中し、悠斗はそれを真っ直ぐに受け止めそれぞれの顔を見る。


 悠斗なりに考察をしてみた。


 まず学校だ。これは全て可能性の範囲内の話であるが異世界の存在を隠すためではないだろうか、と考えられる。事態の原因から兄の行方まで全くもって謎である、もしも異世界の人間が関係しているのならば安易に学校へ助けを求められない。

 そもそも入学したてで簡単に頼れる人がいなくても不思議ではない。


 次に異世界だ。こちらが未知数である、こと悠斗に関しては尚のこと。


「出身が貧民街とかでしょうか」

 ノアが可能性の一つとしてそれを提示する。

「元奴隷とかか?」

「私達みたいな逸れものとも考えられるの」

 それに続くように白翼とあーちゃんも意見を出す。

 発想が異世界すぎて内容がえげつない。

 どれかが適合するとしたら不憫で仕方がない、

 しかし、それらとは違った傾向の可能性をエリカが持ち出す。


「あの二人がそもそも悪人側とかね〜」


 軽いノリで笑って言うエリカだが線としてはあり得るためそう簡単に笑えない。今のところは断定しかねる。どちらかと言えば善に近い雰囲気を持っていると思えるが。

「いや〜、この私たちの初仕事、結構複雑で難航しそうだね〜。この感じだと、かなり厄介な拗れ方をしてるかもね〜」

 エリカが憂いていると感じさせない声と表情でヘラヘラと言う。

「お気楽で自由人だな」

 その態度を眺めていた悠斗が呆れと尊敬のため息をつく。

 しかし、エリカは調子に乗ることもなく一瞬の沈黙を作る。


「……そんな事ないよ〜。私だって色々と――」



「キャャャアアアァァァァァーーーーー‼︎」



 突然風呂場から唯の叫び声が聞こえる。反射のような速度で部屋を出て浴室へ向かう悠斗。無闇矢鱈と能力は使わない方がいいとエリカに教わったことに倣い、能力に頼らない素の力で風呂場まで行き唯の安全を確認する。

 部屋を飛び出す際エリカたちが呼び止めた声も聞かず浴室の扉を開く。


「唯! 大丈夫か!」


 その光景を見た瞬間世界が止まり自分の愚かさを呪う悠斗。どうしてこんな単純な危険に気がつかなかったのだろうかと、どうして確認しなかったのかと。


「…………ああぁぁ、えっと……」

「……ぁぁ、っ! へ、変態! 変態! バカっ死ねっ!」


 裸の唯に色々と投げられる。

 綺麗な肌を見てしまった。華奢な腕から投函される洗面器やら石鹸やらがそれなりに悠斗にダメージを与えた。

 頼むから人の家のものを壊すことだけはやめて欲しい。

「悪い! 悪かった、悪かったって!」

 瞬時に退散、正確には扉を閉めただけだが、とにかく遮蔽物を立てる。遅れて投げられたモノや水が扉にぶつかったりかかったりする。

「何で勝手に入ってくんのよ! 入ったら殺すっつったでしょ」

 唯の罵声を扉越しに浴びる悠斗。その場に呆れ顔のエリカたちが集まる。

「だから待ってって言ったのに」

 エリカが非常に不満げな顔で文句を垂らす。白翼以外は少し膨れた顔をしていたがそこはもっと別の表情があるのではと内心で突っ込む悠斗。

 白翼はと言うと引くような顔をして悠斗と目を合わせたあと今までにないため息をつく。

「唯が突然叫ぶからだろ」

 嘆くように二人の言葉に同時に返答する。

 その言葉に唯が「そうよ!」と叫んで言葉を続ける。


「さっきそこに誰かいたのよ! 悠斗のいるところに。直接じゃないけど鏡越しに誰か映ってたのよ!」


 瞬間の状況を説明する唯。ドア越しなため風呂の中で響く声は聞こえにくいが、怒っているのは明らかだった。

「悠斗がいたんじゃないの、違うなら他に別の人がいたの」

 怒りを露わにして叫ぶ唯。ドア一枚の向こう側で唯の怒り顔を想像することは容易だった。

「俺たちは全員ずっと居間にいたぞ。承認は俺たち全員だ」

 悠斗の言葉に同調して頷く4人。女子組の戸惑った顔は唯には見えないが、声のトーンや返し方からある程度事実だろうと察する。

「じゃあ誰よ!」

 読み解けない状況にさらに怒気を増して声を荒げる唯に僅かに気圧されるがすぐに立て直し提案する。

「分からねぇよ。心配なら誰かここにつけるぞ、勿論俺以外で。とにかく今はその話は終わりな」

 特に深く考え込まずに場を閉めようとする悠斗。心の底では嫌な気を持ちつつもそれに触れずにその場を去ろうとする。

「じゃあ、あーちゃん残っといてやってくれ」

 こんな場面では最も信頼の置けそうなあーちゃんにこの場を見張るように頼む。


 あーちゃんを指名したのは消去法の結果だ。

 日頃の行いよりエリカとノアは却下。白翼は真面目に見ていてくれそうだが何となく一般の女子とは価値観が違う気がした。悠斗が残るわけにもいかないので結局あーちゃんへと矢が飛んでしまう。

 あーちゃんは素直に受け入れて全員をその一室から送り出すと壁にもたれかかったり、洗面台の鏡に移った自分を見たりしていた。


「あの、唯ちゃん?」

「何よ!」

「あっ、いやっ、何でもないの」


 唯に声をかけたあーちゃんだったが、ツンツンした唯の言葉に怯えて引っ込んでしまう。その様子に少し冷静になった唯が問い返す。

「ゴメン……んで、どうかしたの」

 反省の色を見せつつ言葉の先を促す。

 あーちゃんもそれに少し安堵して続ける。


「あの……本当にお兄さんの居場所、分からないの? 私は、唯ちゃんはお兄さんの場所分かるんじゃないかなって思ってるの。見当違いだったらごめんなさいなの」


 あーちゃんの言葉に表情だけ大きく動揺する唯。顔を見られない状態で助かったと安心しつつも心拍は治らない。湯船に浸かったせいだと自分に取り繕いあーちゃんに聞こえないよう深呼吸する。

「…………」

「ええっと……その……」

 唯の無言に戸惑い、わたわたと焦りを見せるあーちゃん。

「……何でそう思うワケ?」

 今までにない落ち着いた様子で尋ねる唯。その態度に勝手な察しをつけながら根拠を話す。

「理由と言うか……。多分、私も妹だからなの。唯ちゃんはお兄ちゃんで、私はお姉ちゃんだけど、持ってる感情は多分同じなの」

 見えない唯に僅かに口角をあげるあーちゃん。まるでその顔が見えたかのように見事なタイミングで目を見開く唯。

「……それだったらノアも分かるはずでしょ」

 事情を知らない唯はもう一人の妹の名を挙げて反論する。いきなり呼び捨てで名前を呼ぶ唯に小さく感心しつつ間違いの訂正を試みる。

「その……学校の人には漏らさないで欲しいの」

「何を?」

 話の見えない要求に疑問を返す唯。

 何度目か分からないがあーちゃんがまたしても怯える。あーちゃんは臆病な面があり、それが原因で怯えているとも言えるが、唯の口調が無駄に荒いのも事実だ。


「だから……その…………。悠斗さんとノアちゃんは、兄妹じゃないの」

「えっ! マジっ⁉︎」

「マジなの」


 唯の驚きにゆるゆるとした声で返すあーちゃん。

 浴室では、バシャッ、という水しぶきが起きたがそれは一度きりで二度目は起きなかった。

 2人の顔と性格を照らし合わせて合点がいったらしい。

「確かに顔も雰囲気も似てないけど……」

 それでもと腕を組み思考を巡らす。

「それで……その……違った、かな?」

「は……? ああ、さっきのね……はぁ、合ってるわよ。アタシは知ってる」

 唯が嘆息しつつも自白し認める。どうやら純粋な問いかけに屈服したらしい。

 その告白に嬉しそうに笑うあーちゃんの顔は勿論唯には見えないが、不思議と感じ取れた。

「あのっ、だったら――」

「悠斗には言わない。この短時間の馴れ合いでも分かるわよ、教えたらどうせそこへ向かうんでしょ」

 しっかりと分析している、その事実に驚きを隠せないあーちゃんが問う。

「それは、イヤなの?」

 あーちゃんは人に被害を与えたくないと思ってはいるが、困ったら助けを求めようと思っている。また、実際にそうでもあった。ついさっきは何とかそうできた。

 悠斗たちに悪影響を及ぼしたくはないが現在進行形で助けてもらっている。

「…………そうよ。人に頼るのはイヤなのよ」

 開いた間隔を不思議に感じながらも追求せずに説得の方向へと向かう。

「でも、悠斗さんは優しい人なの。本当に困ってるならちゃんと話したほうがいいと思うの」

「それは関係ないでしょ。……人に頼るのがイヤなだけよ」

「でもっ、1人で全部抱えるのは――」

「アタシ出る。そこ、離れてくんない」

 争いに痺れを切らした唯が怒気を含んだ声で言い放つ。

 言葉を遮られたあーちゃんは肩を落としてその場を離れた。


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