第十八話 今夜は帰さない


「ほんっとサイアク。なんで泣き顔見せなきゃなんないワケ。あー、マジでムカつくんだけど」

 食後しばらくして平常に戻った唯はずっとプリプリと怒っていた。いや、プリプリなんて可愛げのあるものではない。

 もっと心の底から怒りを込めた言葉だった。

「誰も気にしてないだろ、話を進めさせてくれよ」

 悠斗が切り捨てて進行を促すが、それでも尚睨みをきかせる。

「アタシが気にしてんの! これだから、まったく!」

 このまま同意を待っていても進展しないとみた悠斗は話を進めることにした。

「とにかく、今日は家に帰らずここに泊まってもらうぞ」

「はあ⁉︎ なんでよ、そんなのイヤに決まってんでしょ。アタシはこの話が終わったら帰るから!」

 怒鳴りつけるように拒絶する唯。

 ずっと怒ってばかりで疲れそうな子だった。


「キミのお兄さんは――」

「あのさ、ずっと気にしてるんだけど、キミって呼び方やめてくんない。アタシ宮園唯って言うんだけど」

 どうやら頑なに悠斗を否定したいらしい。それほど悠斗に見せた泣き顔がイヤだったのか。それとも純粋に短気なのだろうか。前者だと悲しいが、後者だとしても接しづらい。


「じゃあ……宮園……だと区別つかないし……やっぱ唯ちゃんでいっか」

 その言葉に唯が顔を真っ赤にして抗議する。

「は⁉︎ ちょっ、待ちなさいよ、ちゃん付とかあり得ないんだけど‼︎」

 お気に召さなかったらしい。白翼の一人称が『オレ』のように、こだわりというものがあるらしい。

 女子とは面倒くさい生き物だとため息をつく悠斗。そのため息に更に何かを付け加えようとした唯だが、口を引っ込めた。


「分かったよ、唯でいいな」

 その呼び方はしっくりくるのか気分を落ち着かせて座り直す唯。怒りや羞恥で息が少し上がっているが大丈夫だろうか。

「ってかアンタの名前……まだ聞いてないんだけど」

 一度深呼吸した後尋ねてくる唯。

 悠斗は過去を振り返ってみたが、確かに一度も名乗っていなかった。

「あぁ、俺は神本悠斗だ。で俺から時計回りに――」

「いや、転校生は知ってる。有名だし」

 悠斗が他のメンバーを紹介しようとした言葉を遮り、認知度を伝える唯。すると、順に指差し名前を言って見せたが見事に正解だった。


「じゃあアンタは悠斗ね、覚えとく」

 元気よく呼び捨てで言う。先の『唯ちゃん』への仕返しのつもりなのか小馬鹿にするように小悪魔のような笑みを作る。

「呼び捨てかよ……まぁいいけど」

 悠斗が何か叫ぶと思ったのか、何を期待したのか分からないが残念そうな顔を見せた。

「じゃあ改めて、唯……は兄について何か知らないのか」

 呼び捨てを躊躇しつつ質問する悠斗。エリカやノア、白翼とは違った配置にあり少し緊張する。

 質問内容についてはほぼ確認だ。どちらも回答は分かった上での質問だった。

「殆ど知らない。強いて言うならいなくなる2日前ぐらいからあんまり顔が優れなかった」


 本当に手詰まりだ。兄の居場所は不明、唯は因果どころか今日まで兄に関して何も気付いていない。テレポートした男は以後現れる気配はない。正体を探るにしてもこれでは証拠不十分でどこから当たるかも検討できない。

「明日まで待ってると司先輩がどうなってるか……」

 考え得る最悪の未来を想定し心が急ぐ悠斗。しかしそれに対し、妹の唯はと言うとその面は心配していないらしい。

「兄さんは絶対に殺されたりしないからそこは安心。でも、拷問や拘束は受けてるかもしれない」


 かなり自信を持って心配なしと言い切った唯に悠斗が真意を問いただす。すると唯の答えて曰く、


「アタシと兄さんの能力は特殊だから、だいたい誘拐目的は決まってるワケ」


 また『特殊な能力』が出てくる。


「なあ、お前らの言う特殊な能力って本当に希少なのか? 白翼にあーちゃんに、唯に司先輩に……半分が特殊じゃねぇか」


 ここでついに悠斗が疑問を抱えてしまった。しかし当然の疑問でもある。

 出会った異世界人は少なく、異世界のことを知ったのも最近だ。にも関わらず希少だの特殊だのと言った強そうな奴らばかりが集ってくる。誰かが嘘をついていたり勘違いをしていてもおかしくない状況だ。

 白翼とあーちゃんは能力を秘密にしているが、唯は教えてくれるのだろうか。

「アタシはともかく兄さんはね、『物質変化』の能力なのよ。しかも変化対象は液体」

 物質変化。確かに面白い能力だ、どうしてその能力が希少かはさておき何故その能力を他人が欲するのか。


「なるほど〜、それでお兄さんがね〜」

「確かにそれならあり得るの」


 どうやらまたしても知識不足は悠斗だけだったらしい。エリカとあーちゃんが声を出して理解を示し、同調するようにノアと白翼も2度3度うなずく。

 置いてきぼりの悠斗に気がついたエリカが嬉しそうな笑顔を作った後鼻高に説明を始める。


「さっき、魔法石の話したでしょ〜? アレって素は魔鉱石っていう魔力の入った鉱石なんだよ〜。で、魔鉱石って実は掘り起こされる量が少ない上に加工するのが大変なんだよ〜。一度融解して液体に戻した後その中に含まれる魔力に人の能力を付け加えて再び固めるの、それで――」


 そこまで説明すると謎の対抗心を燃やしたノアが続く言葉を奪う。


「それでその作業過程の一つの融解が難しいんです。というのもその魔鉱石の融点が約5400度から5700度とされているんです」

「それ地球上最も融点の高い物質に認定されるぞ」


 悠斗のツッコミにもめげず解説を続けるノア。


「そこで、物質変化を使って大量の液体化した魔鉱石を手に入れようって人が王族を含めて多いんです」


 先まで文句を言っていたエリカの言葉が一瞬止まるが、再びノアに文句を言い出し始める。

「ちょっと待て、それってでも能力で作った瞬間に液体が固体化するんじゃねぇのか?」

 世界の物理法則を熟知しているわけではないが、一般的な知識程度は身につけている悠斗。当然の疑問のつもりだったがどうやら常識であったようだ。

 呆れたため息を吐き悠斗に指を向ける唯。

「あのねぇ、今の話は魔法よ、わかる? ま・ほ・う! 魔法にこっちの世界の物理法則なんて働かないの!」

 まるで馬鹿にするような口調と声量で話す唯。もしかすると本当に馬鹿にしているかもしれない、いや、きっとしている。ついさっき泣かせたことに対する復讐だろうか。

「なるほど、確かに魔法に物理法則は関係ないな」

 自身の質問の愚かさに気づき納得する悠斗。素直に受け入れた悠斗にまたしても不満げな顔をする唯。

 一体唯は悠斗にどうして欲しいというのだろうか。それとも己の感情を制御できないのだろうか。

 何にせよよく理解のできない子だった。

「まあ分かった。とりあえず……あぁ、風呂行ってくる」

 内心では気がかりな問題が複数個あったが、唯に直接聞かせないため唯をこの席から外す誘導を始める。


「じゃあアタシは帰る」

 当然その意思を表明する唯。そういえばまだその決着をつけていなかったと暫し口を開けた悠斗だったが、すぐに切り替え対応を始める。

「それはダメって言ったろ。また襲われるぞ」

 ここに残るよう促すが簡単に納得、承諾はしてくれない。

「アタシだから大丈夫よ」

 腕に自信があるのか素っ気無く答えて部屋を出ようとするがそれを悠斗が呼び止める。

「指示を無視するなら安全のために後ろからこっそり誰かをつけさせる」

 脅し文句で対応する。

 ストーカーとも取れる行為をすると脅して居座らせる作戦だ。家に帰っても誰かが見ている中では落ち着かない。それならここに残るだろう。


「ったく! 分かったわよ、残ればいいんでしょ! 残れば!」


 不満だらけだが推しに負けたらしい。髪を掻き毟り不満をあらわにするがある意味落ち着いている。この結果を予測していた可能性が高いと見える。

「よし、決まりな。じゃあ俺は――」

「待って! アタシ先に入らせて。アンタの後とかマジでごめんだから」

 そうやって汚いものを払うそぶりを見せ嫌悪感をアピール。まさかかまって欲しい年頃なのか。

 悠斗的には大した精神ダメージがなく、いつも通りの受け答えで「分かった」と承諾した。

「それはいいが、唯の後に俺が入ってもほぼ一緒だろ」

 どちらが先かの違いだけで二人が、もっと言えばここの全員が同じ湯船に浸かることになる。大した差はないように悠斗は感じた。僅かな間考察する仕草を見せた後悠斗に指を突きつける。

「…………悠斗! アタシの残り香とかでエッチなことするんじゃないわよ!」

 自分でそんなことを言うのはいかがなものかと感じた。それはいわゆる自身は人を惹きつけると言う意味にもなり……とそんな話ではなく……わざわざそんな話を持ち出す必要性がない。

 怒鳴って部屋を出て行ったかと思うとすぐに戻って来た。

「風呂場どこ」

 後先考えずに直感や感情で物事を決めるタイプだと分かった。しかしこれで予定通り唯を一番風呂に誘い出すことができた。この時間を使って気になる問題をエリカたちと話し合うつもりだ。


「入ったら殺す!」


 風呂場の前まで来て説明を受けると叫んで戸を締めた。勢いが強かったため、音がかなり響いた上、少し揺れる。家は壊さないでもらいたい。


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