第十六話 悠斗の女子運


 次々と部屋が開放されていく。

 全ての部屋を定期的に掃除していたため汚れは目立たないがやはり不思議だ。

 悠斗が1人で暮らしていた頃は数部屋で事足りていた。しかしこの謎の世界に囚われて以降次から次へと使用する部屋が増えていく。

 2階、悠斗の隣室のベッドに寝かせた唯を見つめながら談話を始める一同。

「きっと唯ちゃんも俺たちと同じ世界の人間だな、そして宮園司本人も」

 悠斗が納得できる推測を述べると反論はひとつもなかった。

「悠くんは相変わらず女の子を家に連れ込むね〜」

 部屋の開放と同時に増えていく女の子に不満を感じているエリカが皮肉じみた言葉をかける。

「俺だって好きで連れ込んじゃいねぇよ。それに司先輩は……男だっただろ」

 本人に合っているか怪しい中、司先輩と下の名前で呼ぶことを一瞬ためらった悠斗。

 そんな思考に誰一人気付かずに流される。


 悠斗自身もそろそろ女子には飽きてきた頃だった。容姿端麗で個性豊かな面白い人たちだが、数が増えると流石に疲れる。

 悠斗にハーレムを作るという目的は微塵もなく、仮に誰かと付き合うにしても選べる人は一人だけだ。それであればスタートからゴールまでルートは一つで十分だと考えている。

「……中々起きないの……」

 唯の顔を見ながら呟くあーちゃん。唯の表情は比較的穏やかであり状態は悪くなさそうだった。


 既に学校から帰りしばらく経ったが、一向に目を覚さないでいる。時計の針もまもなく7時を回りそうだ。

 その後も暫く静寂が続いたが、男の事について議論を再開する。


「あの男の持ってたのは何なんだ?」

 悠斗の突発的な質問に女子一同が顔を見合わせる。

「あれは魔法石だよ〜」

 代表して応えるは当然エリカ。

「それは何だ」

 推測や憶測だけで話は進められないため詳細を尋ねる。

「この前も話しただろ。魔法石は自分の持たない能力を使える石――いや、機械ってとこだな」

 白翼の補足説明で、以前の買い物帰りの会話が思い出される。しかし、アレは分かる相手を前提とした話し方だったためあまり吸収できなかった。

「その中でも利便性の良いテレポーターや生成機は多いんですよ。あの人の持っていたのはテレポーターです」

 加えてノアも補足する。

 次に頭に浮かぶのは男の様子だった。

 『テレポート!』と叫びながら転移できずに動揺していた風景が頭に映し出される。


「じゃあ何でテレポートできなかったんだ? 故障か?」

「……」


 その質問に全員が詰まる。

 この点だ。この一点において多彩のエリカですら解析不能な現象であった。

「テレポートは移動先と現在地が分からないと使えないんだけど……。あと、魔法石に故障って言うのは無いかな」

 エリカが気まずそうに応える。悠斗の力にならないことが残念らしい。その様子に苦笑する。

「何で気まずそうにしてんだよ。俺より知識あるだけで十分有用だろ? 助かってんだから気にすんなって」

 純粋に思ったことが口に出た。

 好感度をあげたいわけでは無い。

 慰めたいわけでも無い。

 なんとなく、言ってしまっただけの事だ。

 しかしそれが失敗だった。


「んふーー、もっと褒めてくれても良いよ〜。頭とか撫でたりもっといろんなところ触ったりしても良いよ〜、ほらほらほら〜」


 調子に乗ったエリカが悠斗の右手を掴み胸の辺りに近づけて様子を伺う。

「ああぁもう、なんなんだよお前は」

 エリカの手を振りほどき距離を取る。その顔を紅潮させながら……?

「とにかく! さっきの件については理解不能って事で良いか、異論ないな」

 エリカが笑いながら頷く。些細なことで表情を大きく変化させて忙しそうな性格だった。

「それよりも最重要事項は宮園司本人だろ。今まで会っていたのが本人なのか、それともどこかに隔離されているのか、それが問題だ」

 白翼が進行の仕方に不満を持ったのか割って入ってくる。

 悠斗もその重要性は理解していたが、唯との関係性もあるため目覚めた際に意見交換しようと考えていた。


「この子はいつ起きるか分からねぇから待ってられない。悠長に構えていたら兄がどうなるか分からないぞ」

 しかし白翼は悠斗が言葉を出す前にその先を封じた。

 事実を、現実を突きつける事によって。


「……」


 心の奥では理解していた。現在進行形で宮園司という人が囚われて、拷問のような類のことをされているかもしれないと。自体は常に最悪であることを考慮して動くべきだ。

 しかし悠斗は逃げる。自分の届かない範囲には目を瞑る。そうする事によって自分を救うために。

 今までだってそうしてきた。


「…………」


 その小さな善意を、無意識の悪意を知り悠斗は何度目とも分からない自己嫌悪に陥る。


「悠くん」

 声がした。

 前方か?後方か? 右か?左か? 上か?下か? どこからかやってくるその声はつい先ほどにも聞いた声のはずだ。それなのに、何故だろう……。言語すら異なって聞こえる。

「とにかく会議だよ!」

 能天気な笑みだ。小さい手が悠斗に差し伸べられる。小さい、悠斗の手よりも小さい――でも、持っているものが違う。悠斗よりも小さな手に乗せられた、悠斗の手中に収まらない『何か』がある。

 悠斗にはその手が大きく、頼もしく、輝いて見えた。


「……そうだな、悪い」

 その手を片手で取るが、力は任せない。

 座り込んだ体をもう片方の手で起こしエリカに礼を言う。

 その動作を見てエリカは嘆息した。

「ありがとな」

 そんなエリカに声をかける。素直に思った礼の言葉だ。


「……当然だよ〜。私と悠くんの仲だしね」

 一瞬何かに戸惑ったがすぐにいつもの調子で鼻を鳴らす。


 その光景は他の女子3名には芳しくないものだった。


「……結局、お二人もイチャついているんですね」

 ノアは純粋な嫉妬を。


「……なんか……オレが悪者みたいだな」

 白翼は自分の悪役っぷり――という建前を。


「私は、どうすればあんな風に……」

 あーちゃんは自身の積極性のなさを。


「…………」


 三者三様、皆それぞれ異なった思考のもとに行動している故に、このような事態は世間一般的なものである……。

 悠斗のハーレム?を除いて。

「年下二人はともかく、白翼はありがとな。ズバズバと言ってくれた方が俺もブレにくい」

 悠斗は白翼が言の葉の裏に隠す思いなど知らず、言葉をそのまま受け止め回答した。

 白翼は更に不満げな顔をしたがすぐにぎこちない笑みを作る。

「悪いな悠斗、気が利かなくて」

 悲しみまじりの口調に苦笑しつつ会談を再開しようとしたとき――

「…………兄……さん…………?」

 ベッドから弱々しい声が上がる。

 唯が意識を取り戻たのかと全員が振り向く。しかし少女は未だに目を閉じていた。

 夢の中に兄が出ているのか、もしくはその夢が、意識が気絶寸前の場面とリンクしているのか。その不憫な少女を取り囲む一同。次第に薄ら薄らと瞼を動かし始めた。意識が確立するのを待ちひたすらに見守る事15秒。


「兄……さん……?……?……うわっ⁉︎」


 唯のぼやけた視界に映り込むのはよく知る兄の姿――ではなく、兄探しを依頼した探偵組だった。

 自分の発していたうつろな言葉と、恥ずべき様子を理解して羞恥のあまり顔が真っ赤に染まる。お酒で出来上がっているようにも見えた。

 その紅潮した顔を見ながらも、放置して全く異なることを尋ねる。

「歩けるか?」

「へ? はい」

 悠斗の、負傷人を相手にした常識のある対応に一瞬足並みを揃えられなかったため、珍しく敬語が出てしまう。

「ならこっち来てくれるか?」

「あ、うん」

 頭が収集しきれないままことが進むため、ひとまず相槌を打つ唯。言われるがままに悠斗の後に続く。その後ろには更にエリカたちが続いており、妙な圧迫感を覚えた。


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