第十五話 初依頼


 玄関のドアを開けると靴が一つ多かった。その靴は家のものでないことは言うまでもない。パッと見男物の靴だが男とは決め付けられない、そもそも誰かが来たとも限らないが。

「ただいま。誰か来てるのか」

 荷物を持ったまま居間へと顔を出すと、同じ学生服を着た白髪の少年がいた。正面にエリカとノアが座っており適切に接客してくれていたらしい。

 必然、目が合うので互いにお辞儀をする。

「そちらは?」

 エリカとノアに尋ねたがその少年が答える。


「露無高等学校3年4組の宮園司です」


 やはり同学校だった、しかも悠斗たちよりも年上と来た。

 礼儀正しく挨拶をしてここへ来た経緯の説明を始める。

「探偵をやっておられるとのことで、実は頼みがあって……妹のことなんです」

 学校での存在を知って近づいてきた可能性が高い。しかしこちらで依頼に来るメリットがあるのだろうか。一応事務所としているこちらで依頼を受ければお金が掛かることになっているが、学校では無料だ。そちらの方がいいはずだが。

「妹さんが……どうかしましたか」

 年上からの丁寧な口調に緊張しながらも詳細を聞き出す悠斗。まず初めに虐めや虐待を想像した。


「実は……最近口を聞いてくれなくて……」

「……はい?」

 とても小さな家庭事情だった。

 悠斗がノアとエリカに目を移すと苦笑いして返してくる。どうしようと悩んでいたらしい。

「1年4組に宮園唯という子がいるんですけど……最近シカトされてしまって」

「……は、はあ」

 理解が追いつかないが取り敢えず印象を悪くしないように相槌を打つ。

「それで唯のことを調べて欲しくて」

 家庭事情は家庭内で解決してほしいものだが……。

 しかし初仕事ゆえに追い返すのも気が引ける。


「分かりました。明日の学校で調べます」

「ありがとうございます、一応電話番号の交換を。あ、後、学校内で妹に不審がられると嫌なので学校では私に話しかけないようにお願いしていいですか? 何か分かりましたらこの番号にお願いします」


 電話番号を登録し合い、そんな頼みを受ける。こんなことで怖気付くから愛想を尽かされたのではと心で突っ込む。

「それでは」

「はい……では……」

 客人を外まで見送り頑張って笑みを作り続けた悠斗。

 扉の閉まる音を今か今かと待ち続けやがて司が居なくなると体にどっと負荷がかかったように感じた。

「なんか一気に疲れた」

 荷物を持って自室のベッドへ倒れ込みに向かった。






「どうだった」

 翌日の放課後部室へ集った一同、朝と昼に見張っていたがいい成果はなかったらしい。

 1年は1年にということでノアとあーちゃんに仕事を任せたが収穫がないことに落ち込みを見せる2人。

「でも、見てた感じだとあの子、元気がなかったの」

 あーちゃんがふと呟く。

 しかし人はいろいろ落ち込むためそれだけでどうとはいかない。


「取り敢えず依頼人待つか」


 何と、この日の朝に依頼箱を見ると一通だけ入っていた。今日の放課後に部室に行くと記してあるため待機中だ。

 なかなか来ないため悠斗以外はふざけたことを始めていた。その光景を見ているとノアとあーちゃんがかなり楽しそうにしていた。

 チャイムが鳴って20分ほど経った頃教室の扉が動く。

「失礼しまーす」

 エリカたちに向けていた視線を扉へと移す。

 声と共に室内に現れたのは――


「あっ‼︎」

 悠斗の声に入ってきた少女が驚きの声を上げて反応した。

「うわっ、何⁉︎」


 ポニーテールに束ねられた金髪を揺らす1年生、その顔は見覚えがある。しかも記憶に新しい人だ。

「1年4組の宮園唯さんか……」

 悠斗の呟きに入室した少女が鋭く反応する。

「はぁ⁉︎ アンタ何でアタシの名前知ってんの⁉︎ 変態⁉︎」

 初対面、且つ上級生に対しての容赦も弁えもない口調がとても目立った。

「失礼な人だね。いきなり変態とか」

 エリカが悠斗に同意を求めるように擦り寄る。

 悠斗も第一印象は同じだったが相手の反応も理解できる上に依頼人であるため口にも表情にも出さなかった。

 しかしエリカの失言に唯は反論をする。

「はぁ⁉︎ 意味わかんないし、事実言っただけじゃん」

 突然衝突が始まってしまう。

 ……エリカと唯の。


「悠くん変態じゃないも〜ん。それに例えそうだとしても悠くんは2年生だから、年上には敬意を払わないといけないんだよ〜」

 珍しくエリカがまともなことを言うので悠斗はついエリカを見つめてしまった。

「そんなこと言ったらアタシの兄さんは3年だし!」

「…………」

 エリカが沈黙する。論破された――わけではないことは当然だ。むしろその逆だ。

「それは全く関係ないだろ」

 突っ込みたかったのか白翼が口を挟む。

 白翼以外の部員全員が同時に激しくに頷く。

「とっ、とにかくっ! アタシ依頼人なんだけど! 客にそんな口聞いて言い訳」

「まぁ、それはそうだなこっちのもんが悪いな」

 エリカに反論させないために悠斗が詫びる。

 それにエリカは不服そうにしながらも黙っていた。逆に唯は愉悦の笑みをエリカに送っていたが、きっちりと耐えてくれたことは有り難い。


「えっと、依頼の内容は」

 司の件も含め嫌な予感を感じつつも早速本題に入る。

 探偵社と部活を立ち上げてしまった以上真面目に事態の収拾に尽力する他ない。

「……その……兄さんのことで……」

 内容に触れようとした途端唯の表情が曇る。

 司の証言は『唯に避けられている』だった。この少女からは兄さんに悪いことをしたけど仲直りできない、と言った旨の証言が聞かされると感じた悠斗。

 話の腰を折らないよう悠斗が相槌を打ちながら聞く。


「……それが……避けられてて……」


「…………?」


 一同が沈黙する。

「はい?」

 話が見えず問いかけのような声を漏らす悠斗。

 それを純粋な疑問と感じた唯が詳細を述べ始める。

「2日ほど前から兄さんに話しかけても無視されるの」

 悠斗がその説明を耳にした途端、疑問ができた。

兄妹きょうだいなんだろ? 家で話せないのか?」

 兄妹であれば家庭内で接する機会が多いはずだ、にも関わらず会話ができないとなるとかなり大きな問題だが。

「…………兄さん……2日とも家に帰って来てない……」

 室内に衝撃が走る。

 家を離れるほど緊迫した状態なら重大な問題かもしれない。

 話を進めるにつれて唯の表情が悪化していく。相当兄が心配らしい。様子から見てもこの表情はきっと本物だ。


「心当たりは――」

「無いわよ」

「そうか……」

 ここで悠斗は悩む。その兄が探偵社に依頼に来たことを話すかどうかだ。

 この状況、どちらかが嘘をついていないと成り立たないものだ。つまり目の前の少女の言葉が真実とも嘘ともとれる。

 まあ、どちらもが自意識過剰で被害妄想が過ぎるだけなのかもしれないが。


「でもその人、昨日――」

「ああああーーーーー」

「ふぁっ⁉︎」


 あーちゃんが開きかけた口を手で覆い隠す悠斗。一緒に大声をあげることで言葉も潰す。

 驚きのあまりに高音を上げるあーちゃんの顔は赤い。まるで悠斗があーちゃんに締め技をかけているようだった。

 そんなあーちゃんの耳元で話したくない旨を囁く。

 その光景を見て他3名も理解したらしい。

「あっ! ソウイエバ、オニイサンハ……チラッ。コノマエタシカ……チラッ」

 エリカが理解しながら口走る風を装う――理解しているから装う。

 棒読み且つ、あざといやり方だった。わざわざ必要のない振り向きの擬音を口で発する。

「……お前、その先言ったら帰宅後玄関に5時間正座させるからな」

「ぶーー」

 エリカの意図を理解し封じ込む。恐らくあーちゃんと同様の体制に持って行きたかったのだろう。あの体制を望むとは相当な変質者だが……。

 悠斗の冷たさに膨れる。

 エリカはよく頬を膨らませる所がリスのようだった。

「アタシの兄さん知ってんの?」

 当然流れで理解してしまう唯。

 必死に言い訳を考えるが浮かぶ言葉がなく屈してしまう。

「……はぁ……この前ちょっと話したんだ」

「へぇ、そう」

 食いついてくると予想していた悠斗は肩透かしを喰らった気分になる。

 しばらく唯は暗い雰囲気を出していた。


「話してみるか、お兄さんと。うまくここに呼び出すから」

 見兼ねた悠斗が唐突に切り出す。悠斗的にも話に発展があって欲しい。

「はあ⁉︎ どうやって呼び出すワケ」

「電話番号もらってる」

 驚き動揺する唯に携帯を取り出してアピールする。

「…………じゃあそうする」

 少し悩んだ結果呼び出すことが決定する。



 司を呼んで以降、唯はソワソワと落ち着かない様子を見せていたがドアのノックにバッと立ち上がった。


「…………唯…………」

 現れるのは当然司だ。

 真剣な面持ちながら不安な様子を隠している、悠斗にはそう見えた。


「…………兄さん…………」

 同質の表情で対面する唯。

 次第に距離を縮めやがて間近に迫る兄妹の顔。


 互いに何を話すか、どう切り出すかに迷っている。

 今までの態度をどう謝罪するか、この状況をどう説明するか悩んでいる――と1人以外は思っていた。


 その相違者は――

「……うあっ!………………」

 バチバチッ、という電気音と共に悲鳴を上げて少女が前のめりに倒れ込む。

「おい! 司先輩、何を!」

 犯人はその兄。司がスタンガンのショックを与えたせいで起きたものだ。


「フフッ、この娘は貰っていく」

 不適に笑う司の姿が次第に変化していく。

 身長、顔、体格、髪、四肢、あらゆる身体の部位が変形し別の人間へと変わってゆく。

「私は宮園司ではない」

 今までと大きく変化し高くなった背の男が宣言する。

 その声も体と同様今までとは違っていた。

 唯を抱え掌サイズの『何か』をポケットから取り出すと笑みを浮かべて声を上げる。


「さらばだ! テレポート……。なにっ⁉︎ テレポートっ!……何故だ!」

 『何か』を手にして叫ぶ男は顔を青くして動揺する。

「……その子を離せっ!」

 思考は追いつかないがとにかく人助けのため体を動かす悠斗。男を蹴り飛ばして唯を奪還する。

 威力は抑えたがそれなりの力に男が吹き飛ぶ。開け放たれていたドアを抜けて廊下の壁に激突する。『幸いにも』通行人や居残り人はおらず人目にはつかなかった。

「くそっ! テレポートっ!」

 再び声を上げた男はその場から消えてしまう。

「…………何だったんだ……」

 未だに追いつかない思考を整理しようと周りに問いかける悠斗。他の4名は既に理解が追いついているようだ。但し、一部の謎は解けていないらしいが。

「ありゃ擬態だな」

 白翼の言葉に悠斗以外が頷く。

 推察が一致しているらしい。

「一度触れたモノの特徴を記憶してそれをもとに変身する能力です。モノですから生き物でもその他でも可能です」

 ノアが加えて説明する。

「なるほど、そっちは分かった。けど今は唯ちゃんを」

 それだけで概ね理解した悠斗、その問題を一旦この場から除外して唯の覚醒を促す。

 大きく体を揺すり意識を呼び戻そうとする。

 しかし電気ショックは打たれたばかりで簡単には意識が戻らない。念のための呼吸を確認したが別段傷害は見られなかった。

「ノア、この子を家まで頼む、ここに居続けるのはよくない。教室の戸締りと部活の終了報告して俺たちも帰る」

 直ぐに首肯してその場から姿を消す2人。

 謎の空気と4人だけが教室に残る。


 悠斗たちも早々に家へと向かった。




           *****




 夕暮れの学校の一室。

 二人の教員が言葉を交わしていた。

 何故かカーテンを閉め、消灯している室内は人の顔を認識するのが難しかった。

「露無さん、いいんですか、神本さんに教えなくて」

 薄暗い視界の中に写るシルエットへ声をかける男性教諭。

「それは私が決めることではない。彼が……彼が決めることだからね」

 逃げようとする声を追う。


「彼……とは、神本さんですか、それとも……」


「……ああ、アルテラード・ミカエル様の意向により決定される」


 分かり切っていたことを再確認のように会話する。それだけでは意味がない。

「それでも……私は……せめて今日の、さっきの事態の詳細を話すべきだと思います」

 自分の主張に重きを置くような勢いで声を張る。

 相対する露無の靴音が室内に響く。

「詳細、とは君が使ったトリックのことかい。確かに君のおかげでここまで経過を見守れたが……。やはり彼の指示がなければ、私たちは動かない方が得策だろう」

 自身の首が飛ぶかもしれない行動は慎むべきだと暗示をかける。それを理解できるために歯軋りする教員。


「もう暫く経過を見守ってくれ……伊龍くん」

「…………分かりました。今日のような能力の使用は……」

「気にしなくていい。君を抜擢したのもそのためだ」


 露無が伊龍の肩を叩く。影として見えるその腕を視線で追う。


「…………はい」


 本日も意見を跳ね返された伊龍は、足取り重く第一教員室へと向かった。



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