『第二部』 第十四話 希少種


 4月14日日曜日。


 昨日は土曜日ながら学校があったが悪くない1日だったと感じる少年。平日に休みが入る関係で土曜に授業が回ったのだ。

「……あの校長は気になるな」

 昨日の入学申請の時に面会した学校長の顔を思い出し、小さく呟く悠斗。

 理解のできない事態ばかり続いたため疲労も多く自室でゆったりと過ごしているにもかかわらず、無意識のうちに疲労の根源を増やし始める。

 しかしすぐに頭を振りそんな考えを一蹴。

 折角の日曜日、是非とも満喫させてもらう。

 そうは問屋が卸さない……となった方が面白いが別段問題は発生しなかったため、有意義な休日を過ごすことができた。

 平穏の素晴らしさを痛感した悠斗だったが次の日の学校を想像して再び憂鬱な気分へ戻った。




 月曜日の昼、悠斗は第一職員室の伊龍のもとへ足を向けていた。土曜の帰りに出た探偵部の部活設立申請だ。

 足を進めながら何故自分が申請に向かわなければならないのか不満に思った。他が案外乗り気だったためそれに免じて許しを出すが、やはり面倒なものは面倒だ。

 指定の挨拶で室内に入り先生を呼ぶ。目が合うと逆に伊龍に呼ばれデスクの前まで寄った。

「部活を設立しようと思いまして申請に来ました」

 生きているのか分からないような視線を受けながら、悠斗は申請用紙を提出する。

 用紙に目を通しいつもの視線が悠斗を捕らえた。

「探偵部と言うのは何を……するんだ」

「学校で起きている問題を解決する部です」

 読んだ通りの部活動名だと言うのに、何故か質問される。

 それともこれで何かを試しているのだろうか。


「そう……か、いいだろう。顧問は」


「えっ⁉︎」


 容易く降りる許可に声が出る悠斗。その声に複数の教師の視線が移るがすぐに散らばって行く。

「どうした」

 自身が根源だと言うことを理解していない伊龍が悠斗に疑問をかける。

「いや、いいんですか? こんな得体の知れない部活動を承認してしまって……」

「神本……が持ってきたんだろ。それに学校に貢献できる部活動になるかも知れないからな、構わんさ。それで顧問は」

 ある程度理解の及ぶ説得だったが……やはりこの学校は特殊だ、と改めて認識した悠斗。

「顧問は決まってません」

 なんの意図もなくただ純粋に事実を伝えた悠斗。

「だろうな、私が引き受けよう活動は君たちが自由にしなさい。部室は……教室でいいだろう」

 部活の話を受けてからそのつもりでいたのか次々と話を進めていく伊龍。その姿に呆然と立ち尽くす悠斗には声が届いているのか怪しい。

「は、はぁ…………」

 伊龍の適応力に逆に適応できない悠斗は小さく相槌を打ち、話を終える。

 そして職員室を出て結果報告へと教室へ戻りながら呟く。

「なんなんだ……この学校は……」




 そしてその日の課程も終了し最後のチャイムが訪れる。

 荷造りを始めない悠斗を不思議に思った健祉が近づく。

「悠斗、帰らないのか?」

 健祉の言葉には疑問よりも驚きの方が強く現れていた。

「ああ、部活だ」

「部活⁉︎ 悠斗が⁉︎」

 先よりも激しい動揺を見せながら叫ぶ。

 ギリギリ悠斗と転校生の関係を塞ぎ込んでいる今、あまり迂闊な発言をしたくない悠斗は誤魔化そうとする。


「まあ色々と――」

「お兄ちゃん!」


 そこへ無情にもノアが現れた。


「お兄ちゃん?」

 健祉を含め多くの生徒が疑問を浮かべる。

 今日よりこの場が部活動の場になることは伊龍によって伝達済みなため、さっさと去れと思っていた悠斗。

 期待外れなことにノアがかなり早めに到着してしまった。

 ノアに見つからないよう息を潜め、身を潜める。ノアは悠斗を探してキョロキョロとしているが今見つかるわけにはいかない。

 まだバレていない、なんとかなる。そんな淡い期待は一瞬で崩された。

「おい悠斗来たぞー」

「お邪魔しますなのー」

 名前はダメだ。終わった。

 いくら悠斗がクラスに関わっていなくとも、いくら進級直後と言えども一部の人間は神本悠斗というフルネームを知っている。

 残ったクラスメイトの視線が悠斗へ集中する。


 ひそひそと聞こえる言葉はそれぞれだ。「悠斗って神本だよな」「お兄ちゃんって神本のことか?」「あの子たちって転校生じゃね?」「あの人たちどんな関係なのかな?」などなど、言葉は尽きない。


 しかし、健祉はしばらく無言で白翼とあーちゃんを見つめていた。

「……他クラスの転校生だよな? 何でここに……。しかも悠斗って……」

 他の視線もあるが言う他ないだろうと決心する悠斗。

「えっと……今日からこの教室を借りて部活をすることになった、探偵部の部員だ……。よろしく……」

 悠斗の言葉を聞き終えたクラスメイトがどっと騒ぎ出す。

 ハーレムを羨ましがる男子、エリカに好意を寄せていたもの、悠斗に好意を寄せていたもの、悠斗の今までを知っているもの、何も知らず唯々驚いているもの。三者三様の反応が犇く教室に5人が集う。

「みんな! もし何かあったらこの部をよろしく。何でも解決しちゃうから宣伝もよろしくね」

 この機を見逃すまいと宣伝を始めるエリカ。一部からは声が上がっている。

 状況を飲み込めない他クラス3名は首を傾げ教室内に足を踏み入れる。3人ともクラスの男女に次々声をかけられ戸惑っていたが見事な対応を見せ人を散らしてくれた。

 おそらく明日数名から尋問を受けるだろうが、その時は頑張ろうと心に決める悠斗。


 殆どの生徒が散っていく中健祉だけが残っていた。

「福田、帰らないのか」

 当然そこはツッコミを入れる。

 健祉がいては異世界系統の会話ができない。邪魔とまでは言わないがいない方が助かる。人を巻き込みたくないから。

「ちょっと色々気になってな、1日残っててもいいか?」

 何が気になるのか誰にも見当がつかなかった。

「俺はいいが……お前らは……」

 この聴き方は大体の確率で許可が下りる形だ。ここも例外なく全員が頷く。

 それに対して健祉はお礼を言うと端の方の席に荷物を置いて腰掛けた。本当に観察して帰るらしい。


「ンンッ、ちょっと予想外だが、取り敢えず最初の部活は何をするか、考えてきたか?」


 一度咳払いをすると、気を取り直して全力で健祉を無視する。他もそれに合わせていつものように振る舞う。

「私考えてきたよ〜。探偵所の名前考えよ」

 かなりいい案を持ってきてくれた。

「いいですねそれ。私何も浮かばなくて」

 ノアの賛同を受け黒金姉妹もそれに続いて首肯する。

「どんなのがいいかな〜」

 楽しそうに椅子を揺らすエリカ。こんな事で楽しそうにできる人を見て悠斗は嫉妬してしまう。

「もう神本探偵所でよくね」

「よくねぇよ」

 白翼が適当な命名をする。真っ先に反対したのは悠斗。自分の苗字が入った会社?を立てたくない。

 そもそもこんな事で決まるようではこの会議を開く意義が消えてしまう。


「SOS団とか」

「どこのSF小説だ」

「極東魔術昼寝結社の夏、とか」

「誰も厨二病じゃないぞ」

「武装探偵社?」

「誰も文豪の名前持ってねぇよ」

「じゃあ、えっと……」

「ネタ切れ早いな」


 エリカが頑張ってふざけていたが早々に尽きてしまう。

 もしかするとしばらく束縛されるかも知れない。


 そのまま1時間ほどの無駄を費やしやっとのことで名前が確定する。

「それじゃあ結局探偵部ののままに決まりました〜」

 パラパラと拍手が起こる。結局他の名前を付けないのなら今使用した無駄な1時間は何だったのかとため息が出る。

「今日はこれでおしまいですか?」

 ノアの質問を悠斗が拾った。

「ああ、明日以降は依頼が来るまで仕事なしだな」

 依頼の受付は全て教室前の依頼回収ボックスに届くようになっており、毎日朝と放課後に確認することも決定している。

 帰り支度を終え悠斗は未だに残っている健祉に近寄る。

「気になることは大丈夫か」

 いつもとは逆の形の光景に少し違和感を覚える2人。

 悠斗の質問には答えず健祉が立ち上がる。

「じゃあな、邪魔して悪かった」

 いつもの表情、態度で別れを告げ帰宅する。

 その背を首を傾げつつ見送り悠斗たちも教室を後にする。


「今日はスーパー寄って帰るから先帰っててくれ」

 校門を抜けたところで悠斗が切り出す。

「え〜私も行くよ〜」

 エリカが擦り寄る。無理やり引き剥がしてノアに押し付けると少しだけ離れる。

「ノア、こいつ頼む」

 これにより以前のように無駄な人員を省く。


 変わりのように白翼とあーちゃんを誘う悠斗。

「白翼とあーちゃん一緒に行かないか?」


 それに対しエリカとノアは不満げな顔を、白翼とあーちゃんは不思議そうな顔をする。

「はあ、でもオレたちを目立たせたくないみたいなことお前も言ってたろ」

「そうなの、私たちが外に出て見つかったらよくないの」

 拒否とは違うが純粋に不思議らしい。

 2人の意思は同じで流石姉妹であった。こんなこと姉妹でなくても以心伝心できるとは思うが。

「でもずっと屋内よりも偶に外出した方がいいし、気分転換だよ、な」

 圧に負けた、とかではなく「確かに」と応える2名。

 しばらく悠斗の家に居るならこの辺りの地形に関してある程度の知識を持っておくべきとも考えたのだ。

「てことで2人とも頼むよ。ストーキングしたら……な」

 目でノアとエリカに訴える。

 基本、ストーカーは意識しなければ気付けれないが悠斗は能力的に可能である。

 それを理解しているからこそ2人も無茶できない。

「じゃ、こっちだ」

 白翼とあーちゃんを連れて店へと向かう。

 後ろではノアとエリカがひらひらと手を振っていた。



「で……何を企んでんだ」

 角を曲がり人の気配が消えたあたりで白翼が口を開く。

「何も企んでないって、単なるの買い物だよ」

 初対面の時のような警戒心で声をかけられ苦笑する悠斗。

 あーちゃんは首を捻って2人を見ていた。この子はよく首を捻るがその仕草が年齢不相応に幼く見える。

 店に着いたところで悠斗が前回と同じような質問をする。

「今日の飯何がいい?」

 前回とは言えど一緒に来たのは別の2人なため記憶にあるのは悠斗だけだ。


 不審そうに悠斗の背を見ながら応える白翼。


「何でもいい」

「…………」


 以前から悠斗にあった疑問はなおも継続中だった。


 大体の人間はオーラや匂いと言ったものを感じ取れるが白翼は特殊で何故か覇気、オーラと言った特有の『何か』が見当たらない。

 能力の存在する世界は上下関係がハッキリしていることが多いため、白翼の能力値が悠斗より高いのかもしれないと考えついた。それが適切な判決かは別として……。


「私は悠斗さんの手料理が好きなの」

 こう言う場では誰しも遠慮するものなのか……。

 エリカは例外だが、他3人は自身の意見を述べない。言ってくれた方が助かると思いつつも今回も自己決定して会計を済ませた。


 その帰宅路。


「なあ、白翼は何で捕まってたんだ」

 悠斗が以前の話を持ち出す。

「それは前言ったろ」

 白翼が断ち切るように応えるが悠斗は幾つか腑に落ちない点があった。

「殺処分が本来の目的ならわざわざ面倒且つ危険な拘束をせずに殺すはずだ。生かす理由があったんだろ」

 悠斗の指摘は的を射ていた。本当に殺害する目的で拘束したのだとすると余りに手間な行為である。白翼を使ってあーちゃんをおびき寄せるという作戦なら納得できるが。

 その発言に2人は黙って目配せをする。話すかどうかを。

 つまり理由があるということ。


「……お姉ちゃん……」


 あーちゃんが白翼の袖を引く。話したがっているのだ。

 親切にもここまで世話をしてくれた上家まで借りている。この場にいつ問題が降り注ぐか分からない以上情報を共有しておくべきだと思っている。


「……オレの能力がな……ちょっと希少なんだよ」


 躊躇いがちに白状する。

 表情を変えずに悠斗が追加で質問をする。

「それでどうして生かしておくんだ、能力は奪えるものなのか?」

 異世界常識の無い悠斗にとっては単純な疑問だったが白翼がため息をつき、それにあーちゃんがくすっと笑う。


「能力は魔法、ってのは知ってるだろ。そのエネルギーを魔法石に注入して貯めておくと能力のない人もその能力が使えるんだよ。それには能力者の協力が必須だからオレを残しておいたわけだ、分かったか」

「お、おう」


 微妙な理解力だが圧力に屈し答えてしまう。

 この話について詳しくはエリカにでも聞いておくことにする。恐らく彼女なら悠斗にわかりやすく、根絶丁寧に教えてくれるはずだ。

「私も同じだから私たちは捕まったらおしまいじゃないの。でも私は絶対に捕まらないから関係ないの」

 自信満々に笑うあーちゃんに首を傾げている悠斗を見て白翼が補足説明する。

「あーちゃんの本気は能力的に近づけないんだよ、誰も。敵勢力もお前も、もちろんオレも」

 その告白に一人息を飲む悠斗。

 白翼の希少な能力、誰も近づけないようなあーちゃんの能力。一体どんな姉妹かと驚愕する。


「……お前らの……能力は……?」


 恐る恐る口を動かす悠斗。

 それに白翼は一度笑う。

「機会があればな」

 その機が来ないことを願いつつ、来ることを願望に持ち始めた悠斗であった。


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