第15話

春輝と沙耶は日が沈んだあと、夜の散歩に出た。商店街の中華料理店で食事をして、春輝は店の鍵をかけ忘れたことに気づき、ふたりでスナックに向かった。

店の近くに来た時に、秀一の姿が見えた。彼は中に入っていく。

「何してるんだろ、秀一のやつ」

ふたりで店の中に入ると、秀一の姿はそこになかった。

「あの歪みに触ったのかな」

春輝が言うと、沙耶は彼に歪みに触ろうと伝えたがっているようだった。


通り魔に遭ったあの日に戻ると、沙耶は春輝に言った。

「昨日、秀一が歩道橋で人と揉み合ってるのを見たの。『親父』ってそう言ってた。お父さんは歩道橋から落ちて、秀一はそこから逃げて……」

すぐには話が飲み込めず、頭がこんがらがる感じだった。


前日の夕刻、仕事を終え家に帰った秀一は、妹が静かに泣いているのを見つけた。

「サキ、どうしたんだ?お前が泣くなんて珍しいじゃないか、兄ちゃんに話してみろ」

「お父さんが、私に無理やり……」

話を聞くと、サキは父親に組み伏せられ、性暴力を受けたということがわかった。

許せない。

父親は先ほど、家を出て行ったようだった。

秀一は家を飛び出し、歩道橋の上で向かいから歩いてくる父親を見つけた。 

「なんだ?文句のあるって顔だな」

父親は秀一を睨みつけた。

「親父、あんたは赦さない」

ふたりは取っ組み合い、揉み合ってそのはずみで秀一の父は歩道橋から落ちた。下の道路からいやな音が跳ね返ってくる。

手すりから下を見ると、父親の身体の周りが血液で囲まれているのが見えた。

肩で息をしながら秀一は複雑で苦い思いと、微かな安堵の気持ちを感じていた。

車は一台も道を走っていない。誰にも見られなかったか、不安に思う。

歩道橋の階段を、人が上がってくる音がした。秀一はその通行人と視線を交え、踵を返してそこから逃げた。

家に向かってしばらく歩いていると、サキの姿があった。秀一を心配して探しに出てきたらしい。

「腹減ってないか?何か食べて帰ろうか」

ふたりはファミレスに入り、注文をした。

店内の照明は彼を少し安心させたが、さすがに食欲は出なかった。

「サキ、もうお父さんに暴力を振るわれることはないからな」

サキは嬉しそうに頷き、デザートのパフェを無邪気につついた。

サキを連れ店を出て、ふたりで家路につき、角を曲がると、家の前に警察車両が見えた。

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