人魚の涙 14
吸血鬼は塵になり、風に吹き飛ばされていく。
後には、何も残らなかった。
「……ふう」
竜胆の後ろに隠れていた銀二が息を吐いた。
「終わったようだな……」
吸血鬼は、死んだ。
そして。
「……あれ? 私、今まで、何を」
正気に戻り、呆然と立ち尽くすカヨ。
「嬢ちゃん!」
嬉しそうにカヨの手を握った銀二の顔が、驚きに歪んだ。
カヨの手首から先が、捥げたのである。
銀二の手の中にあるカヨの右手首が、海風に吹かれてさらさらと崩れていく。あの吸血鬼と同じようにカヨの身体もまた、崩れ始めていた。
ぽかんとした顔のまま、ゆっくりと灰になっていく。
「えっ……」
助けを求めるように伸ばした左の指先も塵になる。
誰もが驚きに立ち尽くす中、唐突に小雪の声が響いた。
「竜胆さん!」
『カヨを祠へ連れてこい! 早う!』
人魚の声も。
竜胆が動いた。カヨを抱え上げ、跳ぶ。
地面と一緒に凍りついていた両足首から下が捥げるのも構わず祠へとひた走る。すでにカヨの両腕両脚は灰となって消えていた。
祠の扉を開け放つと、中から大量の水が溢れ出した。
清冽な雪解け水である。
一度吸血鬼の下僕となった人魚は、既に知っていた。吸血鬼の眷属となった人間は、本体の吸血鬼の死に引きずられることを。
だから小雪を祠へと呼び寄せた。
雪女の力で、渇きの封を解いてもらったのだ。
狭い祠の中で水が縦横無尽に荒れ狂っている。
竜胆は迷わずその中へ飛び込んだ。
人魚を封印していた木箱が大量の水を吸い込み……弾け飛ぶ!
「間に合った!」
姿を現したのは、上半身は人間、下半身は鱗に覆われた魚の姿をした美しい女。この祠に封じられていた人魚である。
人魚は、今や胸部と頭部だけになり竜胆に抱かれているカヨを、その美しい瞳で捉え……四度、瞬きした。
「死なせは、せぬ」
人魚の瞳から大粒の涙が一滴溢れ、宙に浮いた。
輝く真珠のようなそれは脈打ちながら人魚の掌の上で弾み――カヨの胸に飛び込んだ。
かっ、と祠が白い光で満ちる。
全身を清涼な水に浸されたような感覚が押し寄せ、カヨの意識はそこで途切れた。
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