人魚の涙 13
全身全霊の刺突が竜胆の心臓へと奔る。
次の瞬間、細剣の
「これで……!」
貫いていた。そのはずだった。
あるはずの手応えを一切感じなかったことに気づき、吸血鬼が愕然とする。
竜胆が見せつけるようにして左手を掲げ、開いた。
握り込まれていた剣身がぽとりと地面に落ちた。
細剣の鋒が竜胆の肉体に達するより早く、竜胆の左手が剣身を丸ごと掴み折ったのだ。刃を失い、握りと護拳のみになった剣は竜胆の胸元に当たる。
それは端から見れば、確かに剣が竜胆の心臓を貫き通しているように見えた。
「俺の間合いだ」
吸血鬼の腹を、竜胆の拳が高らかに打ち据える。斜め下へ抉り込むような殴打は、吹き飛んで背後へ威力を逃すことさえ許さない。
「がっ……」
吸血鬼が血を吐いて、転がった。
「俺の依頼人を吸血鬼なんぞにしやがって」
「う……うああ!」
吸血鬼は闇雲に腕を振り回し、爪で竜胆を切り裂こうとするが、当たらない。
爪が届く前に竜胆の蹴りが炸裂し、吸血鬼の側頭部をまたもや地面に五寸ほど減り込ませた。
「ぐうっ」
地面に己の顔を型取りしながらも跳ね起きた吸血鬼のその顔に、今度は竜胆の掌打が迫る。端から見れば、竜胆の掌に吸血鬼が自ら当たりに行ったように見えただろう。相手の勢いを上乗せした掌打は吸血鬼の顔面を正確に捉え、吹き飛ばした。
片方の牙が折れ飛んで、近くの木の幹に突き刺さる。
錐揉み回転しながら地面を転がっていった吸血鬼は、もはや立ち上がる力もなく地面を掻く。
夜を支配する一族とまで言われた吸血鬼も、竜胆にかかっては赤子同然の扱いであった。
「竜胆!」
息を切らして走ってきた銀二が、竜胆に薄汚れた杭を手渡した。
「さっきあいつを聞いたんだ……殺すには日光に当てるかこの杭で心臓を貫くといい」
苦しみに歪んでいた吸血鬼の顔が、今度は恐怖に引き歪んだ。やっとの思いで引き抜いて、洞窟の奥深くに埋めたはずの聖杭が、なぜ。
「こいつの心臓は右にある。以前は左胸に杭を打たれたから心臓を外れて生き延びられたらしい。間違えんなよ、右だぞ」
「わかった」
竜胆が杭を構え、腰を落とす。
心を読むサトリという妖怪の恐ろしさを、吸血鬼は改めて思い知った。
小さな島国の低級な妖魔たちなど、取るに足りない存在だと思っていた。
封印されて弱っていた人魚が簡単に彼の力に屈したことも、その思い込みを後押ししたのだ。
そして、気づいたときにはもう遅い。
「やめ……」
逃げ出そうとした吸血鬼と回り込んだ竜胆が、闇の中で交差する。
竜胆の手に握られた杭は、狙い違わず吸血鬼の心臓を貫いていた。
「うぐ……」
吸血鬼の喉から苦鳴が漏れる。杭を打たれた胸から全身にかけて、白いひび割れが広がっていく。
喉をかきむしる指先はぼろぼろと崩れ落ちていき、灰になって消える。
吸血鬼の全身が
「curse...you...」
それが最期の言葉となった。
からん……と軽い音を立て、杭が地面に落ちた。
積み重なった灰を海風が吹き飛ばしていく。
後には、何も残らなかった。
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