第16話
「ところで陛下、これほど壮麗な場でありながら、勇者は一人も居らぬのですね」
「あぁ、その事か」
皇帝は肉を呑み込み、自ら自分の杯に酒を注ぐと言った。
「酒は勇者ギルドが禁じておるとか。なんでも異世界の法に合わせて齢二十になるまで禁酒らしい。もったいないのう。酒の味を知らずして死ぬ者も多かろうに」
一口含む。口の中で噛むようにして香りを楽しみ、ゆっくり飲み込む。喉に残る焼けつくような感覚に思わず唸ると、お前もだぞ、と議員に言った。
晩餐会も佳境を迎えつつあった。
アップテンポな音楽の中、貴族たちが踊り狂う。弾けるような笑顔で、大勢の男女が手を取り合って、互いに体を密着させて、激しいステップを刻む。
より早く、より激しくと熱気が広間を支配していた時だった。
「遅くなってしまい申し訳ない。まだ宴は終わっていないな」
扉が大きく開け放たれて一人の男が入ってくる。外套をなびかせながら、颯爽と皇帝の前に歩み寄ると膝をつき頭を下げながら言った。
「お初にお目にかかります皇帝陛下。連合国より至る道中、馬が怪我をしてしまい夜分遅くとなってしまいました」
誰だコイツはと、目だけで議員に尋ねる。議員は小さくため息をつくと、短く、愚息にございます、と言った。
「陛下のお噂は連合にも広く知れ渡っております。神の如く才能を持ち、溢れんばかりの気品を纏い、聡明で、美しいと。しかし自分がこの目で直接お見受けしたところ、いずれの言葉も遠く及びませぬ。いかなる宝石よりも、いかなる草花よりも、陛下が最も美しい。是非、自分と踊って頂けませぬでしょうか」
あまりの事で返事に詰まる。議員の息子は図々しくも皇帝の手を取り立ち上がらせると、強引に広間の中央へと連れて自らの胸に抱き寄せた。
「わ、私は踊りなど」
「自分に身を委ねて下されば大丈夫です陛下。おい! 黒の勇者とドライアドの夜、を頼む」
軽やかでかつ明るい調子で、フルートがソロで先陣を切る。小鳥のさえずりを模したような音楽に、ピアノに太鼓が続く。議員の息子が曲に合わせて体を揺らす様子を見ながら、部屋の端では第七師団長が腕組みしつつ、指先で自身の腕を忙しなく叩いていた。
「陛下、ここから激しく行きますよ。三、二、一、それ」
ほとんどの楽器が一気に加わり、テンポが倍近くにまで上がる。議員の息子は大股で、緩急つけつつステップを踏んで、皇帝と共に回転する。縦横無尽にフロアを回り、堂々と見せつけるようにして踊る。
一方皇帝はと言えば、身長差も相まって着いていくだけでも必死であるのに、やたらと振り回すものだから何度も足がもつれた。実際、転んでいたはずだが議員の息子の手によって、なんとか支えられていた。
少しづつ、更に速度が増していく。観客からは素適だ、と悲鳴にも似た声が上がる。だが皇帝は息も絶え絶えで、激しく回る世界によって酷い酔いに襲われていた。
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