第9話

 肩まで湯船に沈み込み、朝日の映る水面を眺める。白い蒸気が立ち込める中、太陽は揺らぎ、純白の光をもたらす。

 きっと今頃、転生者は城を発っただろう。自由に動く許可を出したと、医者から報を受けたばかりであった。使いの者を一人付けて、勇者ギルドに案内するよう言いつけてある。

 何も気にする事など無い。

 ギルドに辿り着いてしまえば、身の安全も、生活も、教育もギルドが面倒見てくれる。そこから先は奴の道だ。私が気に病む必要は無い。

 皇帝は湯から上がり、浴場から出て身体を拭く。下着を着けると侍女達が現れ、皇帝の髪を布で包む。少々強めの香の中、正装に袖を通すと、首元を指で引っ張りながらぼやいた。

「この格好は好かん」

「御辛抱なさいませ、陛下」

 ひかえめに白粉を施し、唇には紅を塗る。侍女たちは皇帝自身も分らぬ程の化粧を、しつこく目元に施すと、満足そうに頷いた。

 髪に含んだ水を拭き取り、慣れた調子で結い上げる。つつましやかな髪留めで押さえ、首元にペンダントを着ける。そして皇族を示す狼の頭の紋が入った厚手の外套を纏い、腰に二本の剣を下げると、最後に線の細い銀の冠を載せた。

「お手を触れてはなりませんよ。せっかくの美しいお顔が崩れてしまいます」

「そうは言ってもだな。どうも目元が痛むのだ」

「あら大変。お化粧が入ってしまったのでしょうか」

 侍女は顔を近づけ目を覗きこむ。やがて何かに気づいたのか、化粧入れからピンセットを取り出すと、失礼しますと目元に触れた。

「陛下の長いおまつ毛が目に入っておりました。いかがでございましょう。まだ痛みますか?」

「うむ、随分良くなった」

「安心いたしました。もしもまた痛むようでしたら、お目をパチパチさせて下さいませ」

「パチパチ、だな」

「はい! パチパチ、にございます」

 皇帝は侍女を従え部屋を出る。侍女の間に近衛兵も加わって、揃って雨の音が鳴る回廊を行く。やがて装飾に満ちた扉の前に辿り着くと、衛兵が皇帝の為に扉を開けた。

「皇帝陛下の御臨場でございます」

 タペストリーに彫刻に、その他細工に満たされた絢爛華麗な謁見の間にて、外務大臣を始めとし、防衛大臣、財務大臣、執政補佐官に加え、騎士の称号を持つ者と第七、第八師団長が控えていた。全員揃って正装で、皇帝が現れると共に談笑が消え去った。

 近衛兵が隅に控えるのを待って、侍女が杖を持ってきた。頭に金属の透かしが彫られ、狼の頭部を描く。皇帝は杖を片手で受け取ると、音を立てて床に突いた。

 場に居る全員が膝をつく。

 騎士も師団長も侍女も、もちろん大臣達も。膝をつき、深く頭を下げる。もう一度杖を突いた時、真正面の大きな扉が開かれた。

 朝の日差しが注ぐ中、三人の影を筆頭に数名の召使に加え、護衛の兵士が入場してくる。頭を垂れた大臣達の間を、堂々とした足取りで皇帝の前まで進むと、召使と兵士が、次いで三人が膝を着いて頭を下げた。

「連合国議員、遠路はるばるご苦労であった。道中は大層な不便を強いられたであろう。貴公等の労に報いる為にも、本会談、実りある物としようぞ」

「皇帝陛下。会談に先立ちまして、心ばかりの品を献上致しとうございます。どうかお納めくださいませ」

 そう言って、召使に目配せをする。察したらしい召使は、細長い木箱の蓋を取ると、皇帝へと差し出した。

「雷の魔神の剣にございます」

 木箱の中には綿が詰められ、一本の古い剣が横たわる。見た所、相当古い代物らしく鞘は黒ずみ、汚れている。金属の柄は一度溶けて固まったのかのようで、鈍く光る金属が鞘口を覆い隠してしまっていた。

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