第8話

「気にするな。まずはお前の身体を治せ。良くなったら勇者ギルドへ案内させよう。転生者の保護、および教育と生活の場を担う所だ。そこでこの世界を学び、いずれは勇者として世界を守護する戦士となる。転生者は皆、勇者に憧れるのであろう?」

「そんな。僕が勇者なんて」

「案ずるな。戦闘訓練を受けた上で、力量に合わせた低ランクからの仕事となる。よほどの事が無い限りは、お前の安全も保証されておる。だから何も心配などいらん」

「違います!」

 俯いたまま少年は初めてハッキリと言った。そうじゃないんですと、呟くようにして言うと、皇帝の目を真正面から見据えた。

「僕にはアナタに恩がある。だから、アナタの元で働かせて欲しいんです」

 赤の陽ざしが少年の顔を照らしあげる。真剣そのものの表情で、生半可な気持ちで言ったの訳では無さそうだ。皇帝は腕を組み、同時に足を組む。しばらく黙って考えていたが、重々しく口を開いた。

「ならばお前の価値を見せてみよ」

「え?」

「雇えと言った手前だ。お前自身に価値があると自負しての事であろう? ならば見せよ」

 少年は目を伏せる。そして思い出したのかのようにシーツの下に手を入れると、手のひらほどの大きさをした、板のような物を出した。

「これはスマホというもので、僕の世界の知識が詰まっています」

「知っておる」

 画面を光らせたまま少年の指が止まる。無言の時間が続いた後、皇帝は小さなため息をついた。

「転生者はお前一人だけでは無い。毎日何百、何千の人間が転生してくるのだ。お前と同じく、スマホとやらを手土産に、役職を付けろと要求してきた者を飽きるほど見ておる。連中はスマホの力を己が力と混同し、万能感に酔いしれておった。自身はただの無能であるのにな。改めて問うぞ、転生者よ。お前の価値を見せてみよ」

 遅々とした動作で少年はスマホをシーツの下に隠す。皇帝は口元をわずかに緩めると、少年の肩に手を置いた。

「それでよい。今はな。まずはこの世界を知ることだ。自分の価値に気づいた時、もう一度挑戦すると良い。有能な人材ならば、いつでもお前を歓迎しよう」

 皇帝は立ち上がって伸びをする。ゆったりとした袖は肩まで落ちて、腕と腹が無防備に露わとなる。少年は慌てて目を背けるも、長い髪の合間からそっと彼女を見上げた。

「さてと。私はそろそろ行くとしようか。お前のお陰でできた暇もそろそろ終わる。ところで、そうだ」

 皇帝は一冊の本を少年に見せる。さっき見つけた、最終幸福追求権、だった。

「この本は面白いか?」

「え、はい。面白かったと思います」

「どんな話だ?」

「えっと。労働も、カネも消えた幸福なはずの未来の日本で、自死する権利の最終幸福追求権を与えられた人達の話です」

「ほう。自死する権利を幸福追求の権利と呼ぶか。興味深い。作者は、まぁこの際誰でもいい」

 皇帝は話しながらも本の表紙を眺めまわす。それから背表紙を見てから、裏表紙へと移っていく。

「異世界文学は夏目漱石に江戸川乱歩と評価も高く、貴重でな。金貨三百で譲る気は無いか?」

「金貨三百」

「そうだ。それだけあれば向こう一年食うに困らん額だぞ。勇者ギルドに入ってからも、装備に消耗品とカネが掛かる。どうだ。魅力的だと思わんか?」

「五百なら」

「よし、乗った。直ちに用意させよう。補佐官! 聞いていたな。用意せよ」

 医務室の扉が開き、苦笑いしながら補佐官が入ってくる。お気づきでしたか、と彼が聞けば、当然だ、と答えた。

「この者の死因を尋ねた時から聞き耳を立てておっただろう。さぁ、早くカネを用意せよ」

「恐れ入ります皇帝陛下。しかし書物一つに金貨五百も出すとなると、財務大臣にはなんとお伝えいたしましょう」

「そんな事、帝国図書館への蔵書の確保とでも言っておけ。ごねるようなら私が直接赴いてやる。さぁ、早く行け」

 補佐官は頭を下げて医務室を出る。彼の後ろ姿を見送ると、呆然とした少年にふり返ると、皇帝は日本語で言った。

「今のが共通語だ。この世界の標準語となる。励めよ、転生者。学ぶべき事柄は多いぞ」

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