十三・復活 その16
峰川はおかしそうに鼻を鳴らした。
「ジュウザに襲われたら、女二人じゃとても……」
「なーんだ。そんなこと心配してたの? 意外と久山さん、心配性なのね。計画を持ちかけたとき、すんなりと賛同してくれたから、もっと度胸が据わっているのかと思っていたのに」
「あのときと今では、状況が全く違います。私達も狙われる可能性があるんですよ。分かってるんですか?」
「狙われる? 誰に? ジュウザなんて、いやしないわよ。いたとしても、こんな麓まで下りてこない」
「吉河原っていう従業員が」
久山の台詞に被せるように、ほほほと笑う峰川。
「冗談よして。あなたまで江藤さんの珍説を支持するなんて。夕食のとき、あんなに酔っ払った男に、バッタも殺せやしないわ。決まってる」
「そうでしょうか。何か、嫌な予感がするんですよ、私」
眉間にしわを作り、久山は語尾を濁すように言った。
そのとき突然、近くの木々が葉擦れの音を立てた。見れば、黒尽くめの何者かが立っていた。手には光る物を携え、身の丈二メートルはありそうだった。
* *
借りた車の横を通り過ぎる折、ぎしぎしとかすかな音がした。
「……変だな」
江藤は、車の後部に回った。トランクがわずかに口を開けている。
「開けはしなかったんだが……元々、開いていたのかもしれない」
「何やってるんです、江藤さん?」
塚が、少し離れた位置に立ち止まっていた。両手をズボンのポケットに窮屈そうにねじ込み、猫背になっている。懐中電灯は、布地越しに握っているのだ。
「早く行きましょう。一人じゃ、心細くてたまらんです」
「ああ。すまない」
小走りで追い付く。
「峰川さん達、大丈夫ですかね」
「塚さん、それ、どういう意味だ?」
「いや、女性二人で平気かってことです」
「本人達がいいと言ったのだから、強制できまい」
仕方ないだろうと、肩をすくめる江藤。
「まだ九月だって言うのに、どうしてこんなに肌寒いんでしょうかねえ」
「塚さんも感じていたのか。実を言えば、私もなんだ。正確を期すと、ジュウザの犯行現場を見に行った頃から、どうも背筋に震えが来る感じだよ」
「ひょっとしたら、犠牲者達の怨念が……おんねん」
「古臭いぞ、それ」
こういうときでも妙な物言いをする塚に、半分呆れた様子の江藤は、懐中電灯の明かりをなるべく大きく、ゆっくりと振っていた。
「――ん?」
「ど、どうかしましたか」
「しっ。……見つけたかもしれん」
空いている手の人差し指を唇に当て、息を殺す。
「え? ま、ま、まさか」
どもる塚に、江藤は声を潜めて説明する。
「吉河原かどうかは分からん。人影のように見えたんだ」
「ど、どこ?」
「あっちの……何の木か知らんが、林の中だ。木陰から木陰へ、移るところだった」
懐中電灯をほんの少し揺らして、場所を示す。二人の立つ場所から、三十メートルもないだろう。
「今、その木陰に隠れてるんですか?」
喉仏を鳴らし、塚が聞いた。
「多分、動いていないはずだが……暗いから、断言できん」
江藤が慎重な口振りで答えた瞬間、彼の頬を風のような何かがかすめた。
と同時に、後方で起きる「ぎゃっ」という悲鳴。振り返れば、塚が仰向けに倒れており、その側には鉄製らしき細い棒が転がっていた。
「――ジュウザか!」
即座に棒を拾い上げた江藤。棒の表面のそこかしこに、ぬめりがあった。
「……血……だ」
唾を飲み込み、どうにか冷静さを保てたか、棒を剣道の竹刀のようにかまえる江藤。ただし、懐中電灯で片手がふさがっているため、もう片方の手のみで持たねばならない。いかにもバランスが悪い。
「どこだ……」
明かりをあちらこちらへ向けるが、敵らしき影は発見できない。
「おい、塚さん! 塚!」
委細かまわず、声を張り上げる江藤。
塚はうずくまったまま、顔を押さえていた。
「起きるんだ! 起きて、照らしてくれ! どこからやってくるか、分からんのだぞっ」
それでも反応のない塚に、江藤は蹴りを入れた。どこに当たったのか、硬い物同士のぶつかる音がした。
「おらあ、塚! 起きやがれ!」
江藤がのびたままの相棒を怒鳴りつけたとき、林の中のざわめきがことさら大きくなった。
「ひ……」
やがて、身長二メートルはありそうな人間が現れた。そいつは江藤が何らかの対処をしようとする間もなく、想像以上の身の軽さで迫ってきた。
「こいつが……ジュウザかっ?」
江藤のこの言葉が、犠牲者達の発した人間らしい声の最後となった。
* *
とうの昔に高くなった太陽の光を受け、輝く湖面。波の音がかすかにする。
「どうだ? 被害者の数、掴めたか?」
刑事の一人が、制服姿の警官をつかまえ、尋ねた。
「え、ええ。死んだのは九人で間違いないと思われます」
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