十三・復活 その15

 ようやく、久山が口を開いた。言い終わるとそのまま、呆けたみたいにぽかんと口を開けっ放しにした。

 他の、塚を除いた三人は、口元を押さえたり、両手で顔を覆ったりしている。

「ど、どういう根拠で……」

 塚が聞いた。

「今日、私が遅くなったのは、街まで行って来たからなんだ」

 説明を開始する江藤。熱弁と言ってよいだろう。

「ジュウザの事件現場を一つ見ただけで、体力的にも精神的にも疲れを覚えてね。だが、時間がいかにも中途半端だったから、一連の事件について、知りたくなったのだ。そこで急いで最寄りの街まで車を飛ばし、図書館や書店を回って、知識を仕入れてきた。物の本によるとだな、ジュウザの仕業とされる、言ってみればジュウザ第四の惨劇が七月末に起こっていた。詳しいことは省くが、緋野山と朱寿山の間付近を流れる川の岸辺で、一人が犠牲になっている。そいつは銃を持っていて、弾を撃っていた。現場を徹底的に捜索しても、弾丸はおろか、弾痕さえ見つからなかったということだ」

 一気に喋ると、一つ深呼吸をして、江藤はこんな謎かけをした。

「想像力をたくましくしてみてくれないか。もしも弾丸がジュウザに命中していたら? 撃たれたジュウザが川に転落したんじゃないか? 流されたジュウザは、どこにたどり着いたんだろうか?」

「……少なくとも」

 峰川が、言葉を区切りながら言った。

「少なくとも、身長という要素に関しては、吉河原とジュウザ、二人は二メートルクラスの大男。共通してます……ね」

「だろう?」

 分かってくれたか。そんな具合に、江藤は何度もうなずいた。

「これから、警察に連絡するとともに、吉河原を捜そうじゃないか」

「捜す、ですって?」

 男の塚が、悲鳴を上げた。

「通報だけにしときましょうや。さわらぬ神に祟りなし」

「何を言ってるんだ。このまま警察の到着を待っていたら、やられるかもしれない。先手を打って、奴を追いつめるんだよ。二人一組なら、負けやしない。相手を見つけたら場所の確認だけして、すぐに引き返すんだ」

 江藤の口調は、上司が部下へ命令するときのそれになっていた。


             *           *


 その事実を確かめると、江藤は机を殴りつけた。

「吉河原の仕業に、間違いなさそうだな」

「どうやら、そうらしいですね……」

 塚の手には、引きちぎられた電話線があった。

「線だけでなく、電話機までぶっ壊して行くとは、念が入ってやがる」

 机の上や床には、電話機のカバーが砕け、飛散していた。本体も、あちこちがへこんでいる。

「どうします? 車を飛ばして、警察を呼びに行きますか」

「……そうしたいところだが、すでに他の四人を吉河原捜索に行かせちまった。失敗だった。あの四人を放って、車で行くような真似はできない。せめて約束の一時間が経って、皆が戻って来てから事情を説明し、誰が警察に知らせに行くか決めたいと思う」

「そうですね……」

 塚の声は、いくらかがっかりしたような響きを含んでいた。


             *           *


 大型の懐中電灯を足下に置き、湖を背にする形で、二人は腰を下ろしていた。

「行人はどう思う?」

「……変だなって」

 固い表情を千春へ向けると、芹澤はそのまま続けた。

「梨本を殺したのは、俺達だ。だが、他に二人も死んでいる」

「私達じゃないわ」

「分かってるさ。誰がやったのかって考えると……」

 口ごもる芹澤。千春から視線を逸らし、地面に向けた。

「ジュウザが本当に現れたのかしら」

「まさか、と言いたいところだけど、断言はできないよな。……他にも犠牲者が出るようだと、俺達のやったこと、正直に話した方が」

「嫌よっ」

 鋭く、刺すような千春の声。

 芹澤が再度顔を向けると、彼女の視線も刺すように鋭かった。

「絶対に秘密。誰にも言っちゃだめ」

「しかし」

「よく考えなさいよ。本当にジュウザが現れたとしたって、何か不都合あるかしら? かえって、いいじゃない。ジュウザが死体の山を築いてくれたら、私達の下した天誅も埋もれて、見分けつかなくなるわ」

「それもそうか……」

 納得できたらしく、芹澤は笑った。

 吉河原捜索を放り出した二人が、強く抱き合ったそのときである。

 不意に、手近の茂みから何者かが現れた。手には光る物を携え、身長は裕に二メートルを越えているようだった。


             *           *


 それぞれ懐中電灯を手に、草地を歩く二人がいた。

「江藤さんも、案外、頭悪いのね」

 口に片手を当て、さもおかしそうに、声を殺して笑う峰川。懐中電灯の照らす丸く黄色い円が、細かく揺れていた。

「ジュウザが、あの大男の従業員だなんて!」

「そう言い切れるんでしょうか……」

 対照的に、暗い、不安げな口振りで言う久山は、しきりに首を捻っている。

「きゃはは。あなたまで、何言い出すのよ。馬鹿馬鹿しい。堀田真奈美を殺したのは、私達よ」

「ですが……他に二人も死んでいます。一体、誰が」

 もっともな意見を述べる久山。

「さあね。大方、私達と同じことを考えた奴がいたんじゃなあい? 梨本っていう人は知らないけれど、生島さんは裏表があって、恨みを買っていたかもしれないわね」

「ねえ、峰川さん。やはり、男の人と組んだ方がよかったんじゃないですか?」

「どうして? あなたと組まないと、こうして話ができないじゃないの。あの女をやっつけた話が」

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