十三・復活 その14

「……冗談ではないな?」

 低く言ってから、塚を含めて集まった五人に対して、探るような目つきになって首を巡らせた江藤。

「嘘ではありませんっ」

 黄色い声を上げたのは、千春だった。胸の前で組んだ白い手が、小刻みに震えている。

「僕達、見たんだ。二メートルぐらいある大男が、梨本のおじさんを殺して逃げるのを!」

 続く芹澤の主張に、表情を険しくした江藤。

「何だって? 梨本って、管理人のあの人が、死んだ?」

「それだけじゃないわ。堀田さんもよ」

 峰川が、相変わらず平淡な言い方で伝える。

「物置小屋の裏で、首を切られて」

「待て。ちょっと待て!」

 大声で周りのお喋りを制すると、江藤は鼻をひくつかせた。興奮した自分を、冷静な状態に戻そうと努力しているらしい。

「まず聞こう。死んだのは誰と誰だ? 梨本と堀田だけか?」

「いえ。それが、生島プロデューサーも……」

 塚が言った。おずおずという形容がぴたりとはまる話しぶりだ。

「生島さんまで! どうなってるんだ? 場所、場所はどこだ。どこで死んでたんだ、そいつらは!」

「伯父は、あの林の中です」

 千春が腕を上げて指し示した方向は、暗くて何も見えなかった。

 続いて、久山が普段とは別人のような、しっかりした物腰で説明を始めた。

「堀田さんは、さっきも言いましたけど、物置小屋のすぐ近くで、斧でやられたみたいです」

 今、彼ら彼女らのいる位置から、物置小屋は見通せない。

「生島プロデューサーは、あの端っこのバンガローの中で、やはり首を切り落とされて……」

 塚が顎で示したバンガローは、明かりが点けられたままであった。

「首がどうとか言ってるが、じゃあ、凶器はひょっとして……と言うか、当然、斧なんだな?」

 江藤の問いかけに、五人は「多分」とうなずく。

「そうか、ジュウザが現れたのか……。ん? 一人、いないんじゃないか?」

 きょろきょろ、頭を動かす江藤。

「はあ、従業員の吉河原がいないんですよ」

 塚が答えた。

「酔い潰れて、あのバンガローに寝ていたはずなんですがね」

「『あの』と言うからには、生島さんが死んでいたのと同じバンガローか?」

「そうです。私と生島さんとで、吉河原を運び、寝かし付けたから間違いありません。そのあと、私はさっさと引き上げて、生島さんがどうしていたのかは知りませんが」

「そうなのか……」

 鼻の辺りを覆う形で顔に手を当て、考える様子の江藤。

「現在、ジュウザらしき人影はどこに?」

 今度の問いかけには、誰もが首を水平方向に振った。

「……なあ、芹澤君に若海さん」

 と、二人へ向き直る江藤。芹澤達は、緊張した面持ちで黙ってうなずいた。

「吉河原は、本当は何者なんだ?」

「……何のことですか」

 遅れて反応した芹澤に、江藤は強い調子で応じた。

「電話を借りに行った際、梨本さんが独り言を言っているのを、たまたま聞いたんだ、私は。その内容は、『吉河原君も、もう少し芝居をしてくれんと、冷や汗ものだ』とかどうとかだったね。我々に挨拶したとき、彼は嘘を言ったようだ。何か知っているんなら、教えてくれ」

「……」

 口を閉ざしたまま、芹澤と千春は互いに顔を見合わせた。

「非常事態なんだぞっ。はっきり言えばだ、私は吉河原君も疑っているんだ」

「……つまんないことですよ」

 気取った態度で手の平を返し、芹澤はようやく喋り始めた。

「あいつは胸に大怪我を負って、川の中で倒れていたんだ。身なりもひどかったけど、梨本のおじさんは物好きにも助けてやった。怪我が完治したあとも、あいつが出て行かないのを不思議に思って、僕らはおじさんに改めて聞いてみたんだ。そしたら、吉河原は記憶喪失だって言った。記憶が戻るまで、ここに置いてやることにしたって」

「……記憶喪失だと? 本当か?」

 掴みかからんばかりの江藤。芹澤はその勢いを振り払うように横を向くと、ぼそっと答える。

「知りませんよ。おじさんが言っていた。それだけだっ」

「私が保証します。信じてください」

 千春が言い添えた。

「うーん……。今は、記憶喪失のことはどうでもいい。まず……時季だ。吉河原君が助けられたのは、いつだって?」

「確か……七月の末。バイトを始めた頃だから、間違いない」

 心持ち顎を上げ、思い出す風に答えた芹澤。

「そうなのか? じゃ、じゃあ、胸の傷だ。どんな傷だった? まさか、銃弾を受けた傷じゃなかったか?」

「そうです。吉河原を診た医者が、そんなことを言っていました」

「……何てこった」

 江藤は荒い息とともにつぶやくと、頭を抱えた。

「どうかしたんですか?」

 周りの誰彼となく、そんな声が起きる。

「やばいぞ、これは」

 顔を上げ、宣言するように江藤。

「みんな、落ち着いて聞いてくれ。ジュウザが現れたのは間違いないようだ。だが、そいつは山から下りてきたんじゃない。恐らく……吉河原こそ、ジュウザだったんだ」

 次の瞬間、辺りの空気が変質したような、そんな気配が起こった。誰も、すぐには何も言わない。

「吉河原が、ジュウザ、ですか」

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