十三・復活 その9

 吉河原は斧を振り下ろすと同時に、ぼそぼそと言った。

「そのことは、梨本さんから聞いているはず」

「ああ、見せてくれないってのは聞いたよ。だがね、金を持っていると聞いて、全部でどれだけあるのか知りたくなるのが人情ってもんだ。違うかなあ?」

「そんな気持ち、分からないね」

「頼むよ。VTRに収めようって訳じゃないんだからさ」

 薪割りに没頭し、もはや答えなくなった吉河原。

「どうしてもだめかね」

 生島は大げさなまでに、首を捻った。

「しょうがないな。出直してくるよ。梨本さんと相談して、またいい話を持ってくるから」

 生島の呼びかけに答えることなく、吉河原は斧を奮い続けた。


             *           *


「第三のジュウザ事件、現場が……ここか」

 借りた車から降り立つと、思わずつぶやいた江藤。

 次の瞬間、身をすくめた。

「……寒々しいとはこのことだな」

 足を踏み出す。落ちていた小枝を踏みつけ、音をさせた。

 彼の正面には、大きめの山小屋が建っていた。ちょっとした山荘と言って差し支えないだろう。茶色を主調とした外観は、なかなか手入れされているようだが、現在、使用されている気配はない。

「惨劇の痕跡そのものは、ほとんど残っていないらしいな」

 何故かしら震えながら、またつぶやく江藤。喋っていないと、一人でいる心細さが顔を出すのかもしれない。何と言っても、ここはかつてジュウザが現れた場所なのだから。

「ここから上は、車じゃ無理なんだな……」

 登山道へ、上半身だけ振り返った。

「レンタカー屋のにいちゃんが言うには、第一の現場には、惨劇の跡がありありと残っているそうだから、行ってもいいんだが……時間がな」

 腕時計を一瞬だけかざしてから、江藤はまた身を震わせ、首をすくめた。

「うう、何でこんな寒い感じがする? ここまで来て、見ずに帰るのは心残りのはずなんだが……」

 江藤は強く頭を振ると、まだ迷っているらしく、その場で足踏みを始めた。


             *           *


 ボート小屋の中はムードも何もなかったが、二人は全く気にしていないようである。

「絆を強くするためにね」

 千春はそう言って、芹澤に身を預けてきた。

 強く抱きしめてから、愛撫する。

 芹澤は千春を初めて味わった。

「……あいつも」

 途中、思わず口走る。

「あいつも、こんな風にしたのか――?」

 千春から返事はなかった。聞こえなかったのか、敢えて無視したのか。どちらなのか、分からない。

「行人。行人」

 代わりなのか、名を呼んだ千春。

「千春?」

「これでもう……決まりよ」

 千春はうつろな目でウィンクした。

 力強くうなずくと、芹澤はさらに決意を固めるため、声に出す。

「分かってるさ」

 床板が、ぎぃと短く鳴った。

「おまえのために、そして俺のためにも、あいつを殺してやるよ」

 芹澤の囁くような言葉に、千春は安心したらしい。最高の笑顔を見せていた。


             *           *


 生島から首尾を聞かされ、梨本は「やっぱりな」とため息をついた。

「分かってたんだ。頼んで、口を割るようなら、とっくの昔に俺が成功していたさね」

「案外、しぶとい感じだな」

 生島は、大げさに肩をすくめた。役者ではないものの、テレビドラマ制作者という職業から考えると、あまりにも芝居っぽいその仕種。

「本当に彼、記憶がないのか」

「どういう意味だい?」

「吉河原は正常。何もかも分かってて、全てを見極め、コントロールしてるんじゃないかってことだ」

「何のために……」

 首を傾げる梨本。

「その方が都合がいいんじゃないかな。身を隠すには、やっぱ、ここは最高かもしれんよ。それに、梨本さん。あんたの人のよさもな」

「ははっ、面白い冗談だ。吉河原君に金をせびった俺が、いい人だって?」

「金さえ渡せば何でもしてくれるってのは、ありがたいことだぜ」

「ふん。それで、どうするんだい、敏腕プロデューサーさんよぉ?」

 指差してくる梨本に、生島は思案顔をしてみせた。

「それなんだが……脅して、金の隠し場所を吐かせようと思っている。ただ、あいつ、図体がでかいからな。うまくやらんと、逆にやられちまう」

「本気なんだな……。何か考えはあるのかね」

「眠り薬かアルコールで潰してから自由を奪い、目を覚ましたところを脅すしかないだろうな」

「眠り薬なんて、持ってない」

 管理人はお手上げの格好をする。

 それに対して、生島はにやりと笑った。これもわざとらしい。

「風邪薬ならあるだろう?」

「そりゃ、もちろん」

「そいつと酒をいっぺんにやれば、急速に効くんだ。それで行こう。ああっと、酒に強いのか、吉河原は?」

「いや、普通ってところかなあ」

「なら、いい。ほっとした」

 生島は本当に胸をなで下ろしていた。

「脅しても口を割らないときは、どうするね? 一旦始めたら、後戻りできないからよ、これってやつは」

「命と引き替えにはしないだろう。殺すと脅せばいい」

「いや、だからね、生島さん。それでも吐かないときの話をしてるんだ。あの吉河原君はどこか得体の知れないところがあるから、俺達の予想が及ばない状況も考えられるんじゃないかと思う」

「ふん、予想してるじゃないか」

 威勢よく答えたものの、顎に手を当て、しばし考える仕種を見せた生島。

「梨本さんの言う通り、後戻りできない。これは……腹を括らないとだめだな。どうせ口を割らせたとしても、生かせておくのは難しい相談だ。いいな?」


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