十三・復活 その8

「よくご存知で。ご存知ついでに、これも知ってるんじゃない?」

 いたずらっぽく、意地悪げな笑みを鮮明にすると、峰川は再び足を伸ばした。

「何ですか」

「私も塚さんの女の一人だったってこと」

「ああ、そうですかぁ」

 驚きも何もなく、平静に受け止めた様子の久山。

 彼女の顔を、峰川は覗き込んだ。

「ひょっとして……あなたも?」

「そうですよお」

 久山はこともなげに、あっさり認めた。相変わらずの気怠い喋り方のせいで、真実味に乏しい。が、引き続いて彼女の口から出た言葉が補足する。

「塚さんの右の脇腹には、目立つほくろがあるんですよね。それに、歯磨き粉はC社の物に限るって。なかったら塩で磨く」

「よく分かったわ。……ねえ、久山さん」

 現実を租借するようにゆっくりうなずくと、久山に微笑みかけた峰川。

「身近に元の男がいて、しかも、他の女とべたべたしているなんて、精神衛生上悪くなくて?」

「気にはなりますよ、こんな私でも」

 座ったまま、背筋を伸ばすと、久山は胸を叩く格好をした。

「仕事に支障を来さない?」

「少なからず。物書きは神経が繊細にできてますから」

「そうかしら? 塚さんや堀田真奈美は物書きでも、とても図太く見えるわ」

「あのお二人は例外です……私が例外だったりして」

「ふふ。タレントも結構、繊細なのよね」

 二人は含み笑いをした。

 それを収めると、峰川が口を開く。

「そこで相談なんだけれど、私達二人の今後のために、行動を起こさない?」

「行動? 奥さんに密告でもしますか」

「だめ。それだと塚さんがダメージ負うだけで、女の方は痛くもかゆくもないじゃない。私はねえ、塚さんはともかく、堀田真奈美にだけは思い知らせてやりたいの」

「じゃあ、どうします」

 ゲームの進め方でも尋ねるような調子の久山。

「――いなくなってもらいましょ」

 峰川が微妙なアクセントでそう発言すると、久山は口を一瞬すぼめ、それから、ふんふんと小刻みにうなずいた。


             *           *


 たーん――たーん――。

 薪割りの音が単調に、しかし心地よく響いていた。

 連なるバンガローの裏手に踏み込んだ生島は、交渉ごとに欠かせない笑顔を作り、吉河原を訪ねた。

「ちょっといいかな」

「……」

 斧を持つ手を止め、振り返った吉河原。足下には相当数の薪が転がっているにも関わらず、ほとんど汗をかいていない。

「吉河原君。時間をもらえるだろうか」

「……いいですよ」

 ぼそりと返事し、吉河原はおもむろに斧を振りかぶった。土台である大木の根っこに、斧が突き立つ。

「そこらの切れ端を椅子にしてください」

「あ、ああ」

 斧の使い方に見入っていた様子の生島は、我に返った体で応じた。

「煙草、吸っていいかな?」

「ええ」

「君は?」

 腰を下ろし、立ったままの相手に煙草を差し出す。

 吉河原は首を横に振った。

「何の話でしょう」

「うーん、それなんだが」

 火を着け、一口吸い込むと、大きく煙を吐き出した生島。どう切り出すべきか逡巡している節が見受けられる。

 煙草を挟んだ手を軽く持ち上げ、切り出した。

「吉河原君。君は、どういういきさつで、ここで働くようになったんだい?」

「……どうしてそんなことを」

「なに、私は何度かここに来ているんだが、今年来てみたら、以前見かけなかった顔がいる。それが君なんだが、私としちゃあ、気になってね」

「ただのバイトです」

 ぶっきらぼうに答え、生島を見下ろす風に首を前に傾ける吉河原。

「バイトなら、普段は何をしているんだい? 千春ちゃん達みたいに、学生なのかな?」

「ええ、まあ」

「すまないが、学生証を見せてくれないだろうか」

「……今、ここには」

 吉河原は首を振った。

「どこかにあるんだ? 持って来てくれる?」

「それは」

 相手が言い淀む隙をつくように、生島はいきなり立ち上がった。

「あのねえ、吉河原君。悪いんだけど、実は梨本さんに聞いたんだよ」

 短くなった煙草を落とすと、踏みつけた。それをしばらく続ける。

「聞いた、とは」

「君が梨本さんと知り合ったきっかけ、聞いちゃったんだよね」

 足の動きをやめると、生島は吉河原へ目を向けた。

「……」

「そんな、にらまないで、安心してくれよ」

 両手を胸の高さに揃え、相手を制するポーズを取った生島。

 吉河原の鋭い視線は終わらなかったが、生島は続けた。

「いい話を持って来たんだ。まあ、これは君が希望すればの話なんだが」

 と、国外脱出の件を持ちかけた。

 だが、吉河原は何も言おうとしない。

「まあ、この計画を起こすには、前金としていくらか。それから首尾よく出られたときには、成功報酬をもらいたいんだが……どうだね」

 吉河原は背中を向けた。

「おい、君」

「俺は今のままでいい」

 斧を再び持つと、そのまま薪割りに復帰する吉河原。

「記憶喪失なんだろ? 不安じゃないのか? 何のためか分からない金を持って、誰かに狙われているかもしれない」

「今は安全だ。危なくなったときにお願いしますよ」

「……だめか。やれやれ」

 生島は唾を吐き捨てると、地面を蹴っ飛ばした。

 薪が次々とできあがっていく。

「では、この話は終わりにしよう。忘れてくれよ。それでだ、もう一つの話を聞いてもらいたい」

「……」

「君が持っているお宝を見せてくれないかな。一目でいいから」

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