十三・復活 その10

「うーん」

 梨本は唸り、腕を組んだ。

「どうした? 怖じ気づいたか」

「そんなんじゃあ、ないさね。ただなあ、この歳になって、また人の命をどうこうしようとは思ってもいなかった……。それだけだ」

「分かってるじゃない」

 立てた親指を突き出す生島。

「あのロケのとき、梨本さんがうまく処理してくれたからこそ、問題が大きくならずに済んだんだもんな。今でも感謝しているよ、ほんと」

「あんときは、俺もやばかったから。だが、今度はちいっとばかし、複雑な心境だ。何しろ、俺が助けた命を、これからまた断ち切ることになるかもしれねえってのは……寝覚めが悪くなりそうだ」

「簡単じゃないか。助けなかったと思えばいい」

 揉み手をしながらあっさり言った生島に、梨本はうなずいた。ししししと音を立てて笑い合う。

「しかしよお、本当に殺したとしたら、あとが面倒だぜ。記憶喪失で身元不明ってことになるだろうからその辺はいいとしても、前のときほど都合のいい状況じゃねえ。事故死に見せかける訳にはいかん」

「何を言ってるんだい、梨本さん。お誂え向きの状況が、目の前に転がってる」

「何だって」

「こういうときに限って言えば、殺人鬼様々だよな。分かるだろ、私の言いたいこと?」

 目で合図を送る生島に、梨本はいくらか時間を取り、やがてうなずいた。

「なるほどな」

 我が意を得たりとばかり、生島もうなずき、さらに言葉を重ねた。

「だから、教えてもらいたんだ。緋野山の殺人鬼がどんな風にして殺してきたかを、なるべく正確に。あんたなら、そこそこ詳しいはずだぜ」

「分かった。一応、新聞やら週刊誌やらを引っ張り出してみるよ。今夜までにやるんだろう?」

「それがいい。自然な形で酒を飲ませるには……うむ、私らのバーベキューの席に、吉河原を呼ぼうじゃないか。梨本さんが『従業員の慰労会も併せてやるぞ』とでも言ってくれりゃ、自然だろ」

「そうだな。生島さんのご厚意で、と言い添えてやるよ」

 再び、へらへらと笑い合うテレビプロデューサーとキャンプ場管理人だった。

「さあて、そろそろ夕飯の準備を始めないといけねえ」


             *           *


「釣れましたか?」

 ボートを引き寄せ、綱をもやいながら尋ねる芹澤。

「うーん、こんなもんなのかな」

 塚は即座に答えた。傾けたバケツには、小物が数匹。

 芹澤はそのバケツを始めとする塚達の荷物を先に取り、それから客を降ろす。

「フィッシングポイントの地図は、あまり役に立たなかったみたいですね。すみません」

「いやいや。気にしなくていいよ。船を漕ぐのが面倒になって、移動する気力が出なかったものでねえ」

「歳なんじゃない?」

 先を歩いていた堀田が、からかうように言う。

「人間、誰しも歳はあります」

 澄まして応じた塚は、釣り上げた魚を示しながら、

「これ、食えるかな?」

 と、芹澤に聞いた。

「ええ。大きさ、これくらいあれば充分です。夕食のとき、別の金網を用意しましょうか」

「そうだね、頼むね」

 何かに納得したかのように、しきりと首を振る塚。

「他の人達は何をしているか、分かる?」

 堀田が聞いた。

「さあ……僕はボート小屋の周りにばかりいたので」

「そう? だけど、千春っていう女の子が、来てたみたいじゃない。あの子、何か言ってなかった?」

「いえ、別に。それより……見てたんですか」

 非難がましく、芹澤は口を尖らせた。

「見えたのよ。たまたまね」

「はあ」

「ふふ、うまくやってる?」

「……」

 芹澤が黙っていると、堀田はからかうような笑みのまま、塚とともにボート小屋から離れて行った。

「そっちこそ」

 悔しげに、芹澤は口の中で叫んだ。


             *           *


「やるとしたら、やっぱり、真夜中がいいと思う訳」

「ですよねえ」

 得意げに話す峰川に、久山が相づちを打った。

「多分、あの女、塚さんに会いにテントを出て行くと思うの。だからね、私達も眠ったふりをして、そのままやり過ごすのよ」

「分かります。出て行ってから、起き出すんですよね。こっそりあとをつけて、塚さんとどこで会うかを確認する。塚さんを巻き込みたくないんだったら、堀田さんがまた一人になるまで、待てばいいんですよ。そして私達はあの人の行く手を遮り、思い切りなじってやって、それから……ですね」

 嬉々として筋書きを作っていく久山。

「さすが放送作家、分かってらっしゃるわ。それで、どうやって殺そうか」

 相手の意見を引き出そうとしてか、峰川がお追従みたく誉め讃える。

「当然、警察に疑われるようなことがあってはいけない」

「あ、それに関しては、いい考えがあるんです」

 久山は眼鏡のずれを直し、改めてかけた。

「何? 聞かせてくれる?」

 興味深そうな問いかけ方をする峰川へ、久山はことさらに胸を張った。そして、にぃと笑う。

「はい。困ったときのジュウザ頼み、これが一番でしょう」

「……ははあん。分かったわ。グッドアイディア」

 峰川は片手を差し出した。その手を握り返す久山。

「本当に久山さんて、名放送作家だわ」

「有名タレントにお誉めいただき、感に堪えません」

 軽口を叩き合い、笑い出した二人だったが、不意に起こった物音に、ぴたりと静かになった。

「……どうやら、獲物が上陸したようだわ」

 互いにうなずく。

「この話、食事が終わるまでお預けね」


             *           *

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