十三・復活 その7
「ごまかすなよ。例として言っただけ。可能性がゼロとは言えんだろうが。そういう危険な要素をだな、完全……はまあ無理としても九割方排除したあとなら、どうぞ勝手に雇ってくれ。だが、今の状況は感心できない」
「どうかする気かい? 警察に通報するか」
梨本は、半眼でにらむような表情をなしていた。
「さあて。そうしたいところだが、その前に一つだけ聞かせてくれ」
生島は目を逸らさず、淡々と続けた。
「梨本さん、あんた、どうしてあの男を助けた? いや、助けたのは怪我人だったからだな。そのあと、匿ってやってるのはどうしてなんだね? あいつの希望を聞き入れてやったのには、何か訳があるんじゃないか。そう私はにらんだんだがね」
「……」
無言の梨本に、生島は軽い調子で付け加えた。
「訳ありなのは、吉河原だけじゃなく、梨本さんも同様らしいね」
そして相手の肩に手を乗せる。
「なあ、あんたと私の仲じゃないか。話してくれよ」
「生島さんを信用しない訳じゃないが……」
顔を背ける梨本。
生島は、ことさら快活な声を上げた。
「なあに、さっきはつい、道徳者ぶって説教を垂れてしまったが、本当の私がそういう人間じゃないってのは、あんたがよく知っているはずだよ。もしもやばい裏があって、ばらさないでくれって言うのなら、誰にも話さない。約束する。ただ、おこぼれに預かりたいね」
「おこぼれ? そんな物、あるかどうか、分からんだろう」
「ある。嗅覚も衰えてないつもりだよ」
自分の鼻を指差すと、生島はさらに鼻をひくつかせた。
「……吉河原が、ある程度、記憶喪失だってのは、事実のようなんだ。怪我のせいでな」
「お、話す気にようやくなったかい。さすが、梨本さん。そうこなくちゃな」
「絶対に他言無用だぜ」
梨本は、笑顔になっていた。秘密を打ち明けられる相手が見つかり、案外、嬉しいのかもしれない。
生島が強く、ゆっくりうなずくと、梨本は舌で唇をひとなめしてから話し始めた。
「吉河原隆介は、大金を持っていたんだよ」
「ほう、大金をね」
生島も唇をなめた。こちらは、舌なめずりと表するのがふさわしい。
「いくらだ?」
「いや、具体的な金額は分からない。黄金。金の延べ棒ってやつだよ」
梨本の返答に、生島は口を丸くした。
「ほほう、ゴールドのインゴットと来たか。何キロぐらいだ?」
「分からん」
「何だ。結局、分からんのじゃないか」
「吉河原が隠してしまったからな。それに、まだどこかに隠しているようでもある」
「ふむ。金の価値が下落しているとは言え、かなりの物だろうな。一つでいい、見せてくれないか? 受け取ってんだろ?」
「見せてやりたいのは山々だが、簡単には出せない。俺も吉河原に倣って、隠したんだよ。こんなぼろっちい小屋に置いておけるかい」
「それもそうだな。うん、使い勝手が悪いのが問題だが、ぜひ、おこぼれにありつきたいもんだ」
「問題は他にもあってな。何の金だか、分からないんだよ」
「……出所不明なのか?」
しかめっ面をする生島。
「吉河原自身、覚えとらんようなんだな、これが。だから、ほとぼりが冷めるのを待つと言っても、いつまで辛抱すればいいのやら」
「なるほど。何やかやと制約があるな。さておき、私もおこぼれに与るために、吉河原君のために何ができるだろう」
「さあて」
梨本は顎に手を当て、考える体だ。やがて口を開く。
「国外逃亡の手筈をつけてやるなんて、できるか?」
「うーん、どうだろうねえ。ドラマ班だけでは難しいか……な」
返事はあやふやにし、逆に質問する生島。
「吉河原は日本脱出を望んでいるのか?」
「いや、知らん。ばれなきゃ、ここに居着いていいと考えとるかもな」
「じゃあ、だめだよな」
肩をすくめると、生島は声量を落とした。自然と二人の額は近くなった。
「いい考えがある」
「何だ、生島さん?」
「私とあんたの二人で、金を山分けってのはどうだろうね」
管理人小屋の中に、静寂が訪れた。
* *
テントに潜り込むと、峰川と久山はたわいない占いに興じていた。が、それにも飽きたらしく、一人は大きく伸びをし、もう一人は足を投げ出した。
「峰川さん、ボートに乗りませんかぁ?」
「漕げないわよ」
凝ったのか、首をぐるりと回す峰川。
「あなたは漕げるの?」
「いいえ。わざわざ手漕ぎに乗らなくていいですよ。ペダルのやつもあったみたいですから、それで」
久山の言葉に、峰川は困ったように眉を寄せた。口元にかすかな笑みを漂わせながら、両足を引き寄せると膝を抱き、その上に顎を乗せる。赤系統のスラックスが緑がかって、黒く見えていた。
「あのね、久山さん。実を言うと、湖に出たくないんだな、私。少なくとも今はね」
「……堀田さんが出ているから、ですね」
「そ、男連れで」
と、長髪をなで上げる仕種をした峰川。ショートヘアの彼女だから、当然、その手にかかる髪は何もない。
「こんな風にして、男を誘ってるのよ、あの人」
「塚さん、家族持ちですよお」
「だけどね、愛妻家では決してない。知ってるんでしょ、久山さんだって」
「え? ええ、まあ」
ばつが悪そうに口をつぐむと、久山は声なく笑った。
「愛妻家どころか、愛人を取っ替え引っ替えしてるって噂ですね」
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