第27話 授業・王から受け継ぐ気質


 感情的な話さえ抜きにすれば、問題事が起きた時に最低限の手間と犠牲で片をつけるやり方は理にかなっている。


 こういう話を聞く度に(やっぱりこの世界、価値観合わないわ――)と思うけど、理解はできるようになってきた。


「……つまり、昨日の茶会でダグラスさんがクリスティーヌ嬢を殺してても『公爵を不快にさせた非礼を命で詫びただけ』と大きな問題にならなかったって事?」

「そうですね。そもそもアスカ様への非礼はダグラス様とクラウス様への非礼も同然……周囲から悲鳴があがったり『茶会を血で汚すな』と苦言をていする方はいらっしゃったかも知れませんが、問題にはならなかったでしょう」


 私が予想していた答えをそのまま答えるセリアは、首を傾げて言葉を続ける。


「こういった事情がありますので貴族も民も『公爵に対して無礼を働いてはいけない』と物心つく前から教えられているはずなのですが、何故クリスティーヌ嬢はあんな暴挙に出たのか……」

「それは……私は公爵じゃなくて異世界人ツヴェルフだから、じゃない?」

「普通のツヴェルフならともかく、寵愛を受けてるのが丸わかりな公爵夫人に対してそんな屁理屈通用しませんよ。追及し辛い嫌味を浴びせかけて言い逃れられるのは侯爵家まで……ダグラス様が仰っていた通り、公爵は不快にさせた時点で一切言い訳が通用しません」 

「……それは僕も疑問に思ってた。まさか会話を公爵が盗み聞いてるとは思ってなかったにしても、茶会の後で飛鳥が僕やダグラスに泣きつく可能性を全然考えてなかったのかな……?」


 言われてみれば――私が言い付ける可能性を考えてなかったのはおかしい。


「ダグラス様は社交場においてはとても紳士的な方ですし、ダンビュライト家は殺生も争いも好まない事で有名です。なのでアスカ様がお二方に言いつけてもせいぜい警告される程度だろうと甘く見ていたか、あるいはアスカ様がか……」


 パーティーでそつなく振る舞う紳士的なダグラスさんは本当に穏やかで、カッコいい。

 あれがダグラスさんの素だと思って甘く見ていた可能性は十分ある。


 だけどもし、後者だとしたら、という事になる。

 そうだったら思ってた以上に根深い物になりそうだ。


「……謝罪は手紙に綴ってもらうようにして本当に良かったですね、アスカ様」


 セリアの微笑みに軽く頷く。

 本当に、とっさの思いつきだったけど言って良かった。散々な目に合ったけど、茶会に出た目的を果たせた事は嬉しい。


「それにアスカ様が多くの公爵から強い関心を向けられている事が周知された今、くだらない嫉妬心でアスカ様を陥れようとする者はいなくなったでしょう。アスカ様に殺意を持つような不届き者も協力者を集める事が一層難しくなりました」

「でも、油断はできない。飛鳥を利用しようと近づいてくる奴らも心配だ。飛鳥を一人で行動させないようにしないと」

「業務時間内は私にお任せください。業務時間外と休憩時間はクラウス様にお願いします」


 二人の微妙なやりとりに何と返せばいいのか分からない。

 迂闊に『大丈夫よ』なんて言ったら二人から説教されるのが目に見えてる。


 それに一人で行動したら誘拐されたり絡まれたりは物語でもよくある話。

 この世界に来た時よりは身を守る技も術も身についてきたけど、一人であちこちうろつけるレベルじゃない事もよく分かってる。


 何より、ロットワイラーの研究所――一人になってしまった時の心細さとあの死がすぐ近くにある感覚は、忘れたくても忘れられない。


「ありがとう……私、二人がいてくれて本当に心強いわ」

「飛鳥……」


 二人への感謝を込めたお礼に対して、クラウスはちょっと困ったように微笑った。

 セリアみたいにもっと嬉しそうに微笑んでくれると思っていた分、その表情の陰りが妙に引っかかる。


「どうしたの、クラウス……顔暗いけど、何か悩み事?」

「えっ!? あっ、いや、何でもないよ!」

「そう……悩みがあったら何でも言ってね……って言っても、多分話聞く位しか出来ないんだけど」

「……それで十分だよ。ありがとう、飛鳥。飛鳥も、誰かから嫌な事言われたり、嫌な事があったりしたら、僕に言ってね?」

「ええ。酷い事言われた時は言うわ」


 笑顔で返したつもりだけど、クラウスは納得できなかったらしい。少し眉を寄せて私を見つめる。


「酷い事だけじゃなくて。嫌味とか悪口とか嫌がらせとかクスクス笑うのとか、そういうの全部」

「心配してくれるのは嬉しいけど……嫌味くらいは聞き流せるわよ」


 仮に言いつけて、言った側がクリスティーヌ嬢やあの卓の令嬢達のように気の毒な程に血の気が引かせる事を想像してしまうと、余程の事を言われない限り言いつける気になれない。


「アスカ様……もしアスカ様が男に言いつけない性格を見抜かれているのだとしたら、逆手を取ってこれからはどんどん男に言いつけていくべきです。された事を報告するのは卑怯でも何でもありません」

「そうだよ。言いつけないで黙ってたら『こいつには何してもいい』って思われちゃうよ。後で大事になった時に『報告しなかった方も悪い』ってなっちゃうよ?」


 確かに、酷い事されてるのに黙ってたら相手がどんどんエスカレートしていくのはよくある話。

 そういう意味では早めに対処しておいた方が、お互いにとっていいのかも知れないけど――


「大丈夫です、クラウス様に言いつける分にはアスカ様が恐れているような事にはなりませんから」

「うん。僕はダグラスみたいに脅したりしない。穏便に解決するから」

「わ……分かった。穏便に解決してくれるなら……」


 二人の説得力しかない説得の波に頷くしかない。

 とはいえ、クスクス笑うのまで言いつけるのは被害妄想としか思えないから、それだけは流しておこう。


 私が頷くとセリアも安心したようで、また黒板に向き合って何か書き出した。


「皇国の成り立ちと条約についてはこの辺にして、次は公爵の気質についてお話しますね」

「気質?」

「はい。皇国が建国されて千年以上過ぎますが、今でも公爵達は『王』時代の気質を強く受け継いでいる、と言われています。今後公爵を怒らせない為にも、この気質は知っておいた方がいいと思います」


 今教えられた事で結構頭がいっぱいいっぱいなんだけど――と思うものの、 公爵を怒らせない為、と言われるといっぱいいっぱいだろうと詰め込まざるを得ない。


 昨日、静かに怒っていたヴィクトール卿はカルロス卿がなだめてくれたけど、もしあの場にカルロス卿がいなかったらどうなっていただろう? もし彼の怒りの対象が私がだったらどうなるだろう?


 私は命では償えない。命で償った、あるいは償おうとした時点でダグラスさんが激怒するのは容易に想像できる。

 私が他の公爵を怒らせた時点で、戦争が始まる――公爵の逆鱗が分かるなら絶対に知っておきたい。

 

 一つ息をついて、新たなページに<公爵の特徴>と記したところでセリアの説明が始まった。


「まず、分かりやすいのはラリマー家ですね。家に対して強い誇りを持っています。そして『我が家に忠誠を誓い、貢献する者のみ守る』と民に公言する程徹底した専制主義……まさに王と呼ぶにふさわしい一族です」


 そう言えば昨日、ヴィクトール卿は『ラリマー家を侮辱する者には、それ相応の罰を』と言っていた。自分や家を侮辱される事がよっぽど許せないらしい。


 風貌こそ清潔感漂う穏やかな紳士だけど、あの他者を黙らせる冷ややかな覇気はセリアが言う通り、帝王と言い表しても過言じゃない位の威圧感があった。

 

「逆にリビアングラス家は自らが頂点に立ってはいるものの、貴族も民も重視する共和主義です。そして共和の為のルール……法を何より重視します」


 政治の難しい話は分からないけど、個人が国のあらゆる事を決めてしまえる『専制』、逆に個人ではなく集団で投票したり多数決とったりして決めるのが『共和』くらいの違いは知ってる。


 専制と共和、同じ国の中でこうも主義が違ってて成り立つのかな――


(……ああ、だから『相互不干渉』があるのか)


 主義も思想も相容れない人達が仲良く手を取り合って国を作る――なんて無理だと確信してたから「お互い干渉しない」なんて条約を作ったんだろうな、と納得する。

 

「次にリアルガー家です。リアルガー家も貴族も民も一緒に生きる、という共和主義こそリビアングラス家と同じですが、性質は結構違います。リビアングラス家が法を制定して仲間と理想の国を作ろうとする指導者ならば、リアルガー家はとにかく家族や仲間を守る事に命を懸ける守護者……と言えば伝わるでしょうか?」

「……リビアングラス家はより良い国になるように色々頑張ってるけど、リアルガー家は大切なものが守れれば細かい事はいいんだよ、って感じ?」

「はい。そして頭ではなく感情で動く面も強く、法を犯す事もしばしばです」


 (こんな言い方だと怒られるかな?)ってくらいざっくりした返答にセリアは笑顔で頷いてくれた。

 

「そして昨日の『ロイド公子を通して自分と繋がって何の得があるの?』というアスカ様の疑問はここに関わってきます。私情を抜きにしても、守護者としては複数の公爵の心を射止めているアスカ様を放置しておけないのです」

「確かに……ヴィガリスタの再来とまで言われる私を細かい事にはできないわよね」


 公爵を誑かして、世界を崩壊の危機に陥れたベイリディア・ヴィガリスタ――改めて自分の立場を考えると正直、再来と言われても反論できない。


「飛鳥は公侯爵誑かして世界を救う、逆ヴィガリスタなのに……」


 クラウスの微妙なフォローにちょっと空気が冷えるのを感じた後、セリアの咳払いが響く。


「ですが相互不干渉がある為、よその公爵夫人であるアスカ様が何をしてようとリアルガー公は口しか出せません。ですが話が変わってきます。何かあった際にアスカ様を保護する位の権限は持てるでしょう」

「……処刑するとかじゃないの?」

「実際は大いに私情が混ざっていますから。リアルガー公からすればアスカ様も保護の対象です。またダグラス様やクラウス様がアスカ様にやらかしたり、アイドクレース家が良からぬ動きを見せた時に、ある程度の権限は持っておきたいのでしょう」

「強い人とは戦いたい、気に入った人は守りたい……話には聞いてたけど赤系統の気質の人達って、すごく分かりやすいんだね」


 感心したようにうなずくクラウスの横で(確か似たような気質の異世界があったな――)とカルロス卿の奥さんをぼんやり思い浮かべる。

 価値観が合って、意気投合できる似たもの夫婦――ちょっと、羨ましい。

 

「さて、では次はアイドクレース……と言いたい所ですが、来客のようですね」


 セリアの視線を追うように入り口を振り返ると、木箱を抱えたリチャードが立っていた。

 クラウスが防音障壁を解くと、申し訳なさそうに入って来る。


「すみません、取り込み中のところ……本日届いたクラウス様宛ての手紙です」


 リチャードは謝りながら木箱を机に置くと、一番上に乗っている薄紫色の封筒をクラウスに差し出した。


「マリアライト女侯爵からの手紙です。『至急』の印が押されているので早めに目を通された方がよろしいかと」

「マリアライト? 何でまた……」


 封筒を手に取ったクラウスが封筒から一枚の便箋を取り出す。中に入っていたのはその一枚だけみたいだ。 


「……私、不味い事しちゃったかしら?」


 心当たりは思いっきりある。

 マリアライト女侯爵の息子で、マリーの元婚約者で、今なおマリーを気にかけているらしいフレデリック公子。


 もし本当にフレデリック公子がマリーを想ってたとしたら、マリーと子作りできるチャンスを私が台無しにしてしまったのだ。

 結果的にマリアライト女侯爵から恨まれていても全然おかしくない。


「いえ、不味い事をしていたとしても、昨日の今日で手紙が届くのは早すぎます……この手紙は昨日の事とは全く関係ないかと」


 私の不安を正しく推測したらしいセリアの言葉に安堵する。

 とはいえ、何が書いてあるのか――しばらく見守っているとクラウスが困惑の表情で顔をあげた。


「……僕の力を見込んで相談したい事があるから、至急マリアライト邸まで来て欲しいって」


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