第26話 授業・皇国の成り立ち
朝――目を覚ますと、目の前にクラウスの寝顔があった。
艶やかな白銀の髪に、白い肌。これ以上ない位に整った顔立ち。睫毛も長い。
美を司る神様かな? って思う程の美しさについつい見惚れてしまう。
(そう言えば……ラインヴァイスにお願いされて、手を繋いで寝たんだっけ……)
ダグラスさんから許可を貰ってる、と言われた時、複雑な気持ちだった。
ダグラスさんがそこまで気にかけてくれているのが嬉しいし、実際そう言ってくれて肩の力が抜けたのは確かで。
でも魔力を注ぐのはハグ、キス、セックス。
いくら許可を貰っていると言われても、どれも「それじゃあ早速!」って気にはなれなくて。
別にまだ、耐えられない程じゃないしと思いつつ、クラウス達に心配かけてしまってるなら、そんな事言ってる場合じゃないのかな――って。
どうしようかって悩んでる時にクラウスの手が動いた。
それを見て体が強張ったのは覚えてる。それがクラウスを傷つけてしまったんだろう。
ラインヴァイスを顔に押し付けられた時に、ああ、手を繋ぐつもりだったのか――と謝ろうとしたら、クラウスはもう背を向けてしまってて。
『飛鳥、お願い! 手繋ぎだけ! それ以上の事させない! 約束する!!』
すごく撫で心地がいいラインヴァイスにそう説得されて。
手繋ぎなら、いいよね――とクラウスに手を差し出した時、クラウスは驚いた顔をして。
(それで、泣きそうな顔で握り返してくるクラウスに悪い事したなー……って思ってるうちに寝ちゃったのよね……)
手を繋いだ時点で体はだいぶ限界だったみたいで、心の不安が和らぐと溶けるように寝入ってしまった。
胸の辺りにいたはずのラインヴァイスは、いつの間にかクラウスのもう片方の手を敷布団代わりにしてぷすぷすと寝息を立てている。
クラウス達を起こさないようにそっと手を解いた後、ゆっくり身を起こして、窓際に立つ。
晴れた空から差し込む優しい陽射しが心地いい。
(……うん。大丈夫)
心の中の嫌な感じは落ち着いている。
少しずつ体に流れてきた純白の魔力は、三分の一もないけど、それでもだいぶ黒の魔力を抑えてくれているみたいだ。
一つ深呼吸した所でロイが足元に擦り寄って来た。しゃがんで背中に撫でると、ロイは嬉しそうに目を細める。
ただ、いつもなら尻尾をパタパタさせて嬉しさを全力で表現してくるのに、それがない。
細まった目は、何処か不安げに見える。
(……私が不安になると、皆を心配させてしまう……しっかり、しないと)
夜中のクラウスも、見てるこっちが心配になる位不安定だった。
ただ嘆いたり不安になったり思い詰めたりするだけじゃ、誰一人救えない。
逆に周囲の人を心配させてしまうだけ。
私には道が示されている。世界崩壊を防いで、これ以上犠牲者を出さないようにするっていう明確な償いの道が。
世界を守れば、多くの人を助けられる。自分の気持ちも楽になる。ダグラスさんも助けられる。クラウス達にも、心配かけずにすむ――良い事づくめだ。
亡くなった人達も、大切にしていた人達の未来が守られたら何人かは許してくれるかも知れない。
(……今まで、償いって他人に許される為のものだって思ってたけど……このどうしようもない感情を楽にする為のものなのかもしれない)
自分を責めるより、自分に何が出来るかを考えた方がずっと気が楽になる。
だからひとまずこの道を歩きながら、他にも自分が出来る事がないか考えよう。
(……不安に捉われてる場合じゃない。頑張ろ)
そう自分に言い聞かせられるくらいには、気持ちも体も落ち着いてきたみたいで。
昨日セリアから歴史と政治のお勉強を提案された時はちゃんと頭に入れられるか心配だったけど、この調子なら何とかなりそうだ。
立ち上がって思い切り背を伸ばした後、もう一度大きく深呼吸した。
「それでは、本日はレオンベルガー皇国についてお話しますね」
朝食を食べた後、セリアは私達を懐かしい場所に案内してくれた。この世界に召喚された時に、優里達と一緒に授業を受けた部屋だ。
あの時と違うのは、今回は前の席に座っている事。横にはクラウス、逆隣の床にはロイ、机の上にはラインヴァイスが乗ってる事。
そして何故か移動中からずっと白の防音障壁に包まれている事。
『人に聞かれたら困る話をする度に防音障壁張ったり消したりするの面倒だから』って言われたけど、外側の音も遮るタイプの障壁みたいで、自分達以外の音が一切入ってこないのが今いち馴染まない。
けど『こまめに張るより、ずっと張ってる方が楽なんだよね』って言われたら返す言葉もなく。
懐かしい場所と慣れない空間の中でセリアの授業が始まった。
「まず、皇国の成り立ちを簡潔に説明しますね。レオンベルガー皇国が建国される前、この地方は六つの王国に別れていました。俗に六王国時代と呼ばれた時代で、六王国時代は今より高い文明を誇っていたそうです」
セリアが言いながら黒板に地図らしきものを描いていく。
ここを選んだのは黒板があるからか――と思いながら見据えていると、その図に文字を付け加えだした。
用意していた翻訳眼鏡をかけると、覚えのある家名が浮かぶ。
西はラリマー、北はリアルガー、南はアイドクレース、東はリビアングラス。
そして中央部分に描かれた丸の上にダンビュライト、下にセレンディバイト。
後の二つはともかく、他の地方は今の公爵家の領土と全然変わらないように見える。
「お気づきになられたと思いますが、公爵家は六王国時代の王達の末裔です。かつて自分達が治めていた国の名が、そのまま家名になっているんです」
全ての国名を書き終えたところで、セリアがこちらを振り返った。
「アスカ様もご存じの通り、相反する色は本能的に対立します。その為、六王国時代は戦争が絶えなかったそうです。今よりずっと高度な文明の中で行われる戦争は、土地と民に深い傷を残しました。それは今なお『傷』として残っています」
「傷……皇国にもロットワイラーみたいに、魔力吸いあげ過ぎて枯れた土地があるって事?」
「枯れ果てた土地もありますし、かつて公爵領にあった大魔道具の影響で人が住めなくなってしまった土地もあります」
大魔道具――侯爵領にあるんだから公爵領にもあってもおかしくないとは思っていたけど。
「かつて……って事は、今は無いの?」
「はい。公爵領の大魔道具は六王国時代の戦争で全て破壊されたと伝えられています。しかし、その大魔道具が展開させた力は今なお衰えず……例えば天候を操る大魔道具によって千年越えてもずっと雨雲立ち込める湿原、逆に一切雨が降らない荒野など……皇国にはそういった特殊地帯がいくつも存在します」
剣と魔法のファンタジー世界にあって当たり前の特殊地帯――一回行ってみたい、と好奇心が疼くけど、それより疑問の方が勝る。
「それって……直せないの?」
「大魔道具は古代文明の遺物。復元するのが非常に難しく……研究自体はされているそうですが、未だ朗報は聞きません。とはいえ、場所によっては周囲に住み着いて観光業で生計を立てている民達も多くいるそうなので、元に戻せるとなっても戻すかどうか……」
確かに――千年以上もそういう地形のままで、それに何だかんだ対応できてるなら(これまで大丈夫だったんだし、このままで良くない?)って思っちゃいそう。
っていうか、間違いなく思う。
日本にも砂丘とか流氷とか、その土地ならではの自然が観光名物になってる場所がある訳で。
それらが無くなったら困る人は大勢出てくるだろう。
「……破壊されてるのに影響を及ぼし続けるのって、怖いわね」
「そうですね。古代文明の恐ろしいところは常人の手に収まりきらない英知が惜しみなく使われている事です。この国の魔道具の発展が厳しく制限されている理由の一つでもあります」
確かに、そんな前例があるなら厳しく取り締まるだろうな――とノートを広げて書き綴っている間にセリアの言葉が続く。
「土地も人も枯れ、終わりの見えない戦争に疲れ始めた王達の前に、不思議な魔力を持つ者――ラブラドライトが現れました」
聞き覚えのある単語に顔をあげる。
ラブラドライトは確か、ネーヴェや神官長の家名だったはず。という事は――
「ラブラドライトは各国の王達を仲介し、和解を提案しました。王達はそれを受け入れ、ラブラドライトを和平を結んだ立役者として崇め、彼に仕える事を決めたのです。こうしてレオンベルガー皇国が誕生し、ラブラドライトは初代皇帝となりました」
やっぱり――透明な魔力を不思議な魔力を表現するのも納得がいく。
透明な魔力で魔法陣とか防御壁とか作られても、全然分からないもの。
「ラブラドライトを頂点と定めた王達は公爵となり、自分の国をそのまま領土として保持し『相互不干渉』や『不可侵領域』など、いくつかの条約を締結させました」
条約――不干渉も不可侵も、同じように聞こえるけど――なんて疑問はセリアに見透かされていたようで、
「相互不干渉は言葉の通り、お互いに干渉しないという『条約』です。お互い好き勝手言い合ったり喧嘩になったりする割に大事にならないのは、この条約があるからです」
「なるほど……だから夫人達はあのギスギスした言い合いをじゃれ合い扱いするのね」
口喧嘩でどれだけ険悪になっても、その条約があるから相手の領地に侵略したり干渉するような事はしない、と。
「はい。会議やパーティーの最中に神器が飛びかったり、終わった後に近くの荒野で喧嘩が始まったり……それらに比べればあの程度の言い合いはじゃれ合いも同然です。初代公爵達は王の立場と引き換えにこの条約を結ぶ事で、国土と民を守ったのです」
会議やパーティーの最中に物騒な物が飛び交うなんて、ここは修羅の国かな? と思ったけど――公爵が茶会の最中に令嬢に物騒な槍を突きつけても大事にならない時点で間違いなく修羅の国だった。
暴力が全てを解決しかねない国に呆れつつ、またセリアに問いかける。
「……国土と民を守ったって事は、セレンディバイト家とダンビュライト家も領土持ってるの?」
これまでダグラスさんやクラウスから領土の話をされた事はないし、持ってるようにも見えない。
ダグラスさん、ロットワイラーを制圧した時『直接統治となると色々面倒臭いので』って属国扱いにして自分の領土にはしなかったらしいし。
私の質問にセリアはゆっくり首を横に振る。
「いいえ。その二家は建国時に国ごと皇家に献上したそうです。今、皇家が直接統治している土地はかつて二家が統治していたものです」
「へぇ……」
他の公爵達が国土も国民も保持してる中で国ごと献上してるんなら、何か特別な恩恵もらってても良さそうだけど――そう口に出す前にセリアの説明が続く。
「『不可侵領域』はその地方を治める皇家や公爵の許しなく踏み入ってはいけない『場所』の事です。一般的に『禁足地』と呼ばれ、そこに許可なく踏み入った者は何処の、どんな人間であれ問答無用で殺されます。リビアングラス領のキヴォトス山、リアルガー山脈の
『禁足地』とか『立ち入り禁止』と言われるとちょっと興味が湧いてしまう。
同時にこんな人間がいるから『踏み入ったら問答無用で殺すぞ』って脅してるんだろうなと納得してしまう。
「こうしてレオンベルガー皇国が建国された訳ですが……それまでの戦争の禍根が消えた訳ではありませんし、六人の王達皆が和解を心から受け入れていた訳ではありませんでした。曖昧な領境の争いや禁足地への侵入、外国対応、皇国に反旗を翻した公爵の対応など……問題が起こる度に『干渉してくる分、干渉して良し』『配下の非礼は配下の命をもって詫び、詫びられた者はそれ以上追及しない』『外国侵略禁止』『皇家に反逆した公爵の殺生条件及び殺生後の対処』など、様々な条約の追加や修正がなされて、今に至ります」
セリアの淡々とした説明で、一つ分かった事がある。
どうやらこの国は、私が思っていた以上に暴力で物事を解決する国らしい。
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